緊急事態宣言は「1週間遅い」。WHO上級顧問、日本の対応を批判【新型コロナウイルス】

「本当なら先週4月1日が緊急事態宣言を出す最後のチャンスだったが、それを逃してしまった」
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急速に拡大する新型コロナウイルス感染を阻止するため、安倍晋三首相は4月7日、緊急事態宣言を発令する予定だ。 

公衆衛生や感染症対策に詳しく、WHOのテドロス事務局長の上級顧問を務める渋谷健司氏は、日本の動きに対して「遅すぎるくらいだ」と厳しい視線を送る。

「東京は感染爆発の初期にある」と警告する渋谷氏に話を聞いた。

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渋谷健司氏
提供

「4月1日が最後のチャンスだった」

ーー東京の状況をどうご覧になりますか?

東京は感染爆発の初期に当たると見ています。コロナの怖いところは、あるところを超えると、指数関数的に感染が広がること。海外の状況を見ても、「陽性者が1日2桁なら大丈夫」と思っていると、1〜2週間で爆発が起こっています。

東京は、このままいけば急激に感染者が増えるでしょう。本当なら先週4月1日が緊急事態宣言を出す最後のチャンスだったが、それを逃してしまった。できれば都市封鎖くらいのことをやらないと、東京に関してはもう手遅れかもしれません。

未曾有の危機、と言ってもいいと思います。パンデミックの危機的状況においては、「想定外」を想定できるかどうかが鍵になります。

 

「検査すべきか否か」議論しているのは日本だけ

 ーー日本のPCR検査の件数は海外とは桁違いに少ない状況です。「日本政府が検査を広範囲に実施しないことで、正確な感染状況が把握できていない」という指摘もあります。どう思われますか?

日本の新型コロナ対策は、クラスター対策が中心だったため、検査数を抑制することになりました。初期の対応としては間違っていなかったと思います。でも、もうそれだけでは限界を迎えています。

クラスター対策は、感染拡大の初期や北海道のように限定された地域では効果がありますが、感染経路を追う(トレース)のが難しい東京・大阪・福岡などの都市部で同じことをやろうとしたのは失敗でした。

WHOは、加盟国に対して一貫して、必要なのは「検査と感染者の隔離」だと主張してきました。それが感染症対策の基本原則です。

検査をするべきかしないべきかで議論しているのは日本だけ。海外では議論にすらなりません。検査と隔離。それをやるかやらないかが、明暗を分けます。

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オーストラリア・シドニーのドライブスルー検査の様子
Mark Metcalfe via Getty Images

ーー院内感染も問題になっています。これまでも、医療従事者からは強い危機感が示されていました。

今、日本で問題なのは、感染爆発の前に医療崩壊が起こり始めていることです。

検査をしないから、検査されてない人が病院に来てしまう。クラスター対策という初期の成功体験に固執し、検査数を絞ったことが、今の院内感染を引き起こしています。

すぐにでも検査を拡充する必要があります。医療従事者を検査し、防護服で守らなくてはなりません。

ロックダウンは恐怖ではない

ーー日本でも緊急事態宣言がまもなく発令されます。海外ほどの強制力はありませんが、この先どんな生活になるのでしょうか。

私が住んでいるイギリスでは、ロックダウンして2週間がたちました。

ジョギングなどの運動はできますし、スーパーや薬局に買い物に出かけることもできます。友人を訪ねることはできないけれど、家で本を読んだり料理をしたり…。核爆発が起きるわけではないのです。ロックダウンは恐怖ではありません。

ロンドンでは毎週金曜日の夜8時、医療従事者、スーパーの店員や警察官に対して国民全体で拍手しようというイベントあります。連帯を感じる瞬間です。

「保育園も学童も閉めるべきだ」

ーー子どもについてはどうでしょうか?小中高等学校や大学では休校措置をとる自治体が多いのですが、学童保育や保育園は開いているところが大半です。

まだ初期の3月2日から学校を封鎖したのはほとんど効果がなかったと思います。

ロックダウンの弊害は学校に行けないことです。特に、日本ではICT化が進んでいないのが致命的。子どもたちが意味なく教育の機会を奪われることは避けなくてはいけなかった。

ただ、東京では今こそ学校を閉じないといけない。「午前中だけ登校」「登校時間を分散」など、中途半端なことはやめたほうがいい。医療従事者の子どものケア体制などを整えたうえで、学童や保育園など屋内で大人数の子どもが集まる場所は全部閉めるべきです。

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ロックダウンしたスペイン・ウエスカ
Alvaro Calvo via Getty Images

中国と日本「レベルが違う」

ーー新型コロナウイルスは中国の武漢市で感染爆発しましたが、当時はどこか対岸の火事のように感じていた国も少なくありませんでした。

中国からWHOに報告があったのは2019年12月です。本当は11月から動きがあったようですが、透明性と情報公開に難があり、初動が遅れたのは事実です。中国が世界に公表した時にはすでに武漢で感染爆発が起きていました。ただ、その後の中国の介入はすさまじかったと思います。

中国は日本と異なり、SARSなど感染症対策の圧倒的なノウハウの蓄積があったため、医療対応も迅速でしたし、施設も豊富。機動力もありました。PCR検査も徹底的にやって、感染者をどんどん隔離していった。結果的に、2月頭に収束が始まりました。

中国の様子を見ていたのに、欧米は対策が遅れました。中国は非常に現代的な感染症対策を行い、遺伝子とアプリとビッグデータという近代的なサイエンスの力を見せつけた。レポートも多数出しています。残念ながら、日本とはレベルが違う。日本は検査もあまりせず、トレースも人海戦術。まるで竹槍戦法のようだと感じていました。

 

政治化されたパンデミック

ーーWHOには、初期対応が遅れたとして「中国に肩入れしている」などの批判もありました。

残念ながら、今回のパンデミックほど、政治化されたものはなかったというのが私の印象です。

アメリカは大統領選挙や米中対立、日本は東京オリンピック・パラリンピック、イギリスはブレグジット……。

各国が抱える政治的な背景が壁となり、本来なら国際協調で力を合わせて感染症対策をやらなくてはいけないのに、各国が独自に動いてしまった。その点で、WHOがスケープゴートとして批判されたという面もあるのではないかと思っています。

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WHOのテドロス事務局長
AFP PHOTO / CHRISTOPHER BLACK / WHO

「長期戦の覚悟を」

ーー今後の見通しについて、教えてください。

今、感染の抑え込みに成功した中国やシンガポールで恐れているのは、第二波の感染爆発。

気をつけなければならないのは、本当に感染が収束するには、国民の70%が罹患して免疫を持つようになることが必要です。第一波で抑えたから終わり、というわけではないのです。

アフリカなどの開発途上国で感染が始まったらどうなるのか、まだ議論になっていません。この冬にかけて、また一山くるかもしれません。

ワクチンの開発が先か、自然に7割の人間が罹患して抗体を獲得するのが先かーー。

いずれにせよ、数週間で終わると思ったら大間違いです。長期戦を覚悟しなくてはなりません。いずれかの段階で「ウイルスと共生しないといけない」という方向に転換することになるのではないでしょうか。