ついに新型コロナ感染者が出たラオスとミャンマー。習近平「一帯一路」ラオスへの「進軍」

中国と国境を接しているにもかかわらず、ラオスとミャンマーの両国ではASEAN(東南アジア諸国連合)の他の国々と違って感染者ゼロの状態が続いていた。なぜ感染者ゼロが続くのか。首を傾げ続けるしかなかった。
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中国の王外相
Xinhua News Agency via Getty Images

世界屈指の医学部を持つアメリカのジョンズ・ホプキンス大学に付属する「CSSE」(システム科学工学センター)が、アメリカCDC(疾病管理予防センター)やWHO(世界保健機関)の発表に基づいて、「新型コロナウイルス感染マップ」を公表している。各国・地域別の感染者・治癒者、それに死者の数が図表化されているだけであり、専門用語を多用したような小難しい解説などは一切ない。無機質極まりないと言えばそれまでだが、日本のメディアで常態化している煽情的で感情過多な報道では到底伝えることが出来そうにない、切実で悲劇的な被害状況を、文字通り“分秒刻み”で知ることが出来る。

 

ラオスが発表した初の感染者

事実の持つ重みを改めて痛感するばかりだ。「新型コロナウイルス感染マップ」の確認を日課にするようになってから2カ月ほどになるが、中国と国境を接しているにもかかわらず、ラオスとミャンマーの両国ではASEAN(東南アジア諸国連合)の他の国々と違って感染者ゼロの状態が続いていた。

両国の経済事情から判断して、共に清潔で衛生的な生活環境は望むべくもなく、医療環境が整っているとも決して思えない。 

加えるに、“中国の衛星国”と化しているだけに、ラオスやミャンマー側の主導による厳格な国境管理は期待できないだろう。ルーツを同じくする民族が、国境を挟んで複雑に入り組んで居住し、日常的に往来している状況からしても、合法・非合法にかかわらず中国からの流入者が絶えないと考えられる。そんな両国で、なぜ感染者ゼロが続くのか。首を傾げ続けるしかなかった。

だが3月23日、ミャンマーが2名の感染を発表し、3月24日にはラオス保健省からラオス初の新型コロナ感染者確認が発表されるに及んで、ナゾの一部が解けたようだ。 

同時に新たな疑問も湧く。なぜ長期に亘って感染例がみられなかったのか。それとも発表を差し控えていたのか。 ラオス保健省によれば、感染者の2人はラオス国籍保持者で、1人はツアーガイドとして観光客を案内しながらラオス北部を旅行している女性だ。残る1人は男性で、ホテル業務研修のためにタイ滞在経験を持つ。 目下のところ、2人は共にヴィエンチャンで隔離・治療されており、病状は安定している。感染が疑われる131人は継続して検査中――とのことだ。 

なお現時点(4月2日16:00)の「新型コロナウイルス感染マップ」を見ると、ラオスにおける感染者は10。9日間で5倍以上増えたことになる。

 

タイ紙が報じていた感染者の噂

武漢市での感染が危機的状況を迎え、ASEAN各国政府が初期対応を執り始めた頃の1月27日、中国・昆明市政府当局は1月28日午前零時を期し、昆明とラオスの主要都市(フアイサイ、ルアンプラバン、ヴィエンチャン)を結ぶ国際公路の閉鎖を発表した。

この措置によって陸路による両国の往来が遮断されたことになる。

同じ1月27日、在ヴィエンチャン中国大使館は、ラオスのブンコーン・シアヴォン保健大臣の談話として、以下を伝えていた。

(1)ラオス国内では新型コロナ感染者は発見されていない。

(2)中国人旅行者及び中国からの帰国者に検査を実施しているが、感染の疑いはみられない。

(3)ラオスは空港、国境関門で検温などを実施している。

当時、タイの華字紙が「ヴィエンチャン第150病院(「友誼病院」)に新型コロナ感染者が入院しているとの噂が、ラオスの華人社会に広がっている」と報じたことがある。その後に関連報道がみられなかったことから、この噂の真偽は不明だった。

昆明市当局による両国間の陸路封鎖からラオス政府が2人の感染者の存在を発表した3月24日まで、50日ほどが経過している。

新型コロナの潜伏期間は2週間程度とされているから、女性ツアーガイドが感染したのは3月10日前後と判断できそうだ。

ツアーガイドは3月9日から11日までヨーロッパの団体客を案内していたそうだ。その後、カンボジアへ移動した団体客の中から感染者が出ているというから、彼らから感染したのはほぼ間違いないだろう。

 

早々に再開された大型インフラ工事

とはいえ、目下のラオスの経済開発が中国主導で動いている以上、中国の存在は無視できそうにない。

それというのも、新型コロナの感染が武漢市を中心に爆発的に拡大したことから一時中断していたラオス国内での大型インフラ工事が、2月に入った段階で早々に再開されているからである。

工事現場での感染防止態勢は整えられたと伝えられるが、背景には工事中断の長期化を回避したい、つまり完成を急ぎたいという中国側の思惑を痛感する。

たとえば「雲南省建設投資控股集団有限公司」(雲南建設集団)の動きを見ると、ヴィエンチャンから北上し、ルアンナムターを経て磨憨で中国入りし、景洪を経て昆明に至る高速鉄道の第1期工事(113キロ余)が2月10日に、次いで2月18日には同集団がヴィエンチャン市政府と共同開発中の総合経済開発区の建設が、共に再開されている。

中国の新聞社は「2月18日昆明発」として「感染防止工作を施したうえで、休暇なしの工事続行という春節以前の決定に沿って作業が進められる」と伝えているが、はたして突貫工事の現場で感染防止対策は確保されたのか。大いに疑問だ。

また、習近平政権が掲げる「一帯一路」の東南アジア大陸部における中核プロジェクト「泛亜鉄路(中線)」のラオス国内部分(「中老昆万鉄路」)は、ルアンプラバン省で2本の鉄橋工事を含む基本土木工事が終わった。

同省とヴィエンチャン省の間に跨る山岳地帯で建設が進められていた同路線最長トンネル(9384メートル)も、予定工期を7カ月ほど早めて昨年12月27日には完成している。

 

「一帯一路」を持ち出す“鈍感力”

2月20日、ヴィエンチャンで開催された「瀾滄江=メコン川流域協力外相会議」(第5回)に出席した中国の王毅国務委員兼外相は、ラオスを軸に貿易と産業協力を推進する「陸海新通道」(陸と海を繋ぐ新アクセス)構想を掲げ、流域6カ国の協力による経済発展促進を力説していた。

流域諸国を「一帯一路」と連携させることで、流域経済を中国中西部の大市場のみならず、中央アジアからヨーロッパ市場に結び付けようというのだ。

武漢市を震源とする新型コロナ問題が国際化し、中国への逆風が吹き出している時期だったというのに、相も変わらず「一帯一路」を持ち出す“鈍感力”に呆れ果てるしかないが、一面では習政権の強い執念を痛感する。

2月28日、雲南省商務庁は昆明駐在の関係諸国領事館を含む内外関係機関と協議のうえ、雲南省とラオス、ミャンマー、ヴェトナムの間に設置された19の国境関門における通商業務を全面再開している。

3月3日、同商務庁は、2日の取扱が総量ベースで昨年1日平均の132%強、金額ベースで122%強を示したと発表した。

『新華社』は「3月15日ヴィエンチャン発」として、「同鉄道の電気系統を担当する中鉄武漢電気化局は、2021年12月の全線開通をメドに作業を進めている。『一帯一路』とラオスが掲げる戦略(「変陸鎖国為陸聯国=内陸閉鎖国を陸路で他国と繋げる」)を一体化させることで、中国との国境からヴィエンチャンまでの全長414キロが時速160キロの高速鉄道で結ばれることになる」と伝えた。

それにしても、中鉄武漢電気化局の「武漢」の2文字が気になるところだ。

3月27日、工事を担当する中国国家鉄路集団はヴィエンチャン近郊でレール設置工事の開始を明らかにした。次いで29日、中国政府は417万人民元相当の機材・医薬品を含む支援物資と共に12人の医療チームをヴィエンチャンに送り込んだ。31日には中鉄武漢電気化局は、「中老昆万鉄路」の運行に関する一連の電気・指令・安全系統の工事を開始している。

 

外交攻勢に転じようとする狙い

髪の毛の700分の1の大きさしかないと伝えられる新型コロナの想像を絶するほどの破壊力は、ヒト・モノ・カネの国境を越えた自由な移動を前提として成り立ってきたグローバル時代が招き寄せてしまった悲劇でもあるだろう。

新型コロナ問題の今後の推移によっては、習政権は世界的規模での「一帯一路」――それはまた「全球化」で表される中国版グローバル化でもある――の停滞、後退、あるいは再考を迫られることになるかもしれない。

だが、3月27日の日本記者クラブにおける孔鉉佑駐日中国大使による、

「(習主席の訪日は)最もいいタイミングと環境の中で実現したい。(両国間の)意思疎通を図っている」

との発言からは、新型コロナを国内的に強引に抑え込む一方で、感染の爆発的拡大に苦慮する欧米諸国の虚を衝いて外交攻勢に転じようとする習政権の狙いが、浮かび上がって来るようだ。

そのことを痛感させられるラオスにおける最近の中国の動きからも、「一帯一路」に懸ける習政権の意図を見誤るべきではないだろう。歴史的に見ても、“熱帯への進軍”は彼らの悲願だからだ。


樋泉克夫  愛知県立大学名誉教授。1947年生れ。香港中文大学新亜研究所、中央大学大学院博士課程を経て、外務省専門調査員として在タイ日本大使館勤務(83―85年、88―92年)。98年から愛知県立大学教授を務め、2011年から2017年4月まで愛知大学教授。『「死体」が語る中国文化』(新潮選書)のほか、華僑・華人論、京劇史に関する著書・論文多数。

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 (2020年4月4日フォーサイトより転載)