香川県議会で3月18日、「ネット・ゲーム依存症対策条例」が可決、成立した。18歳未満のゲームプレイ時間について上限を盛り込んだことで全国的な議論になったこの条例は、4月1日に施行される。
条例には県が依存症対策を推進すること、ゲームを開発する事業者にも協力を求める内容も盛られているが、最も議論になったのは、ゲーム時間の目安が盛られた部分だ。18歳未満の子どもを対象に、依存症につながるようなゲーム利用は、平日は60分、休日は90分までとする「目安」を設けた。(1月20日の素案では「基準」としていたが、「目安」と変更している)また、使用する時間帯に関しても、中学生は午後9時まで、高校生などは午後10時までとした。保護者はこの目安を「遵守させるよう努めなければならない」としている。罰則規定はない。
利用時間の上限が盛られていることに対しては、保護者などから賛成の声が上がる一方、「行政が個人の趣味に介入するのは行き過ぎ」「ゲームで救われる子もいる」などの批判も出ていたことに加え、パブリックコメントを募る期間が短いなどの進め方を疑問視する声も上がっている。
なぜ行政が個人の娯楽に介入するような条例を制定する必要があるのか。条例の制定に関わった医師や疑問を投げかける専門家、団体に話を聞いた。
「親がコントロールするのは難しい。行政が目安を設けるべき」
今回の条例制定に関わり、インターネット依存に関する外来も行なっている国立病院機構久里浜医療センターの樋口進院長はまず、「ゲーム依存は行動の行き過ぎとそれに付随する問題がセットになっているもの。ゲームのやりすぎだけでは依存とは言えない」と説明。外来に訪れるのも、インターネットやスマートフォンではなく、ゲームに依存する人がほとんどだという。ゲーム障害=ゲーム依存は、世界保健機関(WHO)が新たな依存症として認定している。
樋口院長によると、WHOによるゲーム障害の定義を整理すると下記のような状態。
・プレイ時間などをコントロールできない
・ゲームが生活の中心になっている
・学校や仕事などの社会生活に問題が出ている
・問題が出ているのに続ける
・これらが12カ月以上続く(重症の場合はのぞく)
同センターに訪れるゲーム依存症者は男性が多く、7割が未成年者。研究が始まって日が浅いものの、依存しやすい危険要因としてはゲームを始める年齢が早いことや仕様時間が長いこと、友人が少ないこと、衝動性が高いことなどが挙げられるという。逆になりづらい要因としては、自己評価が高いことやクラスに溶け込んでいることなど、現実社会で自己実現している度合いが高いことが挙げられるという。
その上で、「ゲーム依存の大きな問題は、子どもたちが一番影響を受けるということ」と指摘する。外来に来る子どもたちの中には、学校に行けなくなったり卒業できなくなったりするケースもあり、依存に近い状態になると物に当たったり、家族に暴力を振るうということも珍しくないという。こうした現状から、「長時間ゲームをやらない方がいいという認識はあっても、どこまで減らすべきか分からないという人が多い。罰則も設けていないので、目安を示すことは重要」と話す。
条例に反対する人からは「行政が規制するのではなく、家庭でルールを作るべきだ」という声もある。これに対しては「従順な子どもの家庭はいいが、思春期の子どもを親がコントロールするのは非常に難しい」と指摘。オンラインゲームでは、仲間が続けていると付き合わざるを得ないという状況があるとし、条例で目安を設けることで学校や家庭が指導しやすくなるという利点があるとする。「お酒やタバコなど体に害を及ぼす可能性があるものは、厚労省が摂取の目安を公表しているが、ゲームにはそれがない。私は行政が目安を示すべきだと考えます」と繰り返した。
ゲーム依存の背景には他の原因があることも
一方で、「ゲーム依存は他の疾患との関わりも知られており、鬱やADHD(注意欠陥・多動性障害)は相関関係があるという研究結果がある」とし、そしてその疾患の背景には、学校生活がうまくいかないなどの原因が隠れていることもあるという。樋口院長は「もちろん依存の背景には何があるのかを考え、解決することも大切」と述べ、背景に対人関係や生きづらさがあるならば、それを改善することも重視しているとした。さらに「ゲームの良い面ももちろんある」とした上で、「何事もバランスが大切ですが、子どもたち自身で自分がやっていることのリスクを判断するのは難しい」と条例の正当性を強調した。
「依存症対策」という名を借りたスマホ・ゲーム規制では
一方大阪大学非常勤講師で社会学と精神医学が専門の井出草平さんは、「多くの方が言われているように、行政が家庭のことに口出しをするということ、さらに、依存症の予防として効果があるかどうか分からないのに、時間的な『目安』を一律で県民に課すというのは問題があるのではないでしょうか」と指摘する。
香川県議会によると、条例は久里浜医療センターが行なった調査で、ゲームの使用時間が1時間を超えると成績の低下が顕著になること、県教育委員会が実施した調査で、スマホの使用時間が1時間を超えると正答率が低くなったことを根拠にしている。ただ井出さんによると、ゲームの使用時間を制限するとゲーム依存になりにくくなるという研究結果はないという。
井出さんは、条例に賛成する人を含めて話を聞いていると、「ゲーム依存」として想定されているものが、本来の意味での「依存状態」とまでは言えないことが多いと感じているという。食事中にスマホやゲームをしている、というような状態を指して「ゲーム依存」と捉えている人も多く、議論の前提に差が生まれているという。
「食事中のゲーム使用、というような状況は時間制限をすることで止められるかもしれないが、条例は『依存症対策』ということになっている。エビデンスがないのに、『依存症対策』として時間の目安まで設けた条例を作るというのは、依存症という名を借りたスマホ、ゲーム規制ではないか」と疑問を抱いているという。
「背景にある不登校やメンタルヘルスの問題に目を向けるべき」
井出さんはひきこもりや不登校に関する研究を行う中で多くのゲームに関する問題を抱える人を見てきたという。ゲーム依存は他の疾患を伴ったり、学校での人間関係がうまくいかないなどの社会的な要因が合わさることが多いとし、井出さんは「ことさらゲーム依存だけを取り出して対策をするのではなく、前兆である不登校などの生活上の問題、メンタルヘルスの問題をチェックしていくことが、本当の意味でゲーム依存の可能性がある子どもたちへの対策になるのではないか」と指摘する。「ゲーム依存」という部分だけを取り出して対策することで、その背後にある問題や、重症者への対応・対策がおざなりになるのではないかという懸念があるという。
さらに、ゲーム業界側の努力も求めた。ゲーム業界は、子どもがゲームをやりすぎないように親がプレイ時間や課金の可否などを設定するペアレンタルコントロールに取り組んでいるものの「こうした取り組みについての周知が不十分。特にスマホのゲームアプリを開発している企業には、もっと力を入れてほしい」と話している。
「とにかく不透明」議会の進め方に批判も
問題視されているのは、条例の内容だけではない。採決までの過程にも批判が集まっている。
メディアの規制に関わる法案に対し、情報収集や意見発信を行っているコンテンツ文化研究会の代表・杉野直也さんは、議会の委員会で一般には非公開、議事録もない中で検討されてきたこの条例に疑問を抱き、入手した資料をウェブサイトで公開している。
杉野さんは「依存症の方がいて、医療に繋げる、繋がりやすい環境を作るということは必要」とした上で、「今回の条例に関しては、しっかりとした調査や検討が行われているとは言えない」と指摘。「まず、ゲーム依存に関する条例なのに、ゲーム業界関係者への聴取がない。ゲームを規制しようというのに、当事者に話を聞かないというのはおかしいでしょう」と問題点を挙げた。
県議会はこの条例の素案に対するパブリックコメントを県民と全国の事業者を対象に募ったが、通常1ヶ月以上の期間を半分の2週間に設定。パブリックコメントの詳しい内容が県のウェブサイトに公開されたのは採決の前日である3月17日で、その5日前に行われた委員会でも、議員には当日に資料が渡された。議員でさえパブリックコメントの全文を見ることはできず、これに対して一部の議員が「パブリックコメントの結果の公開を求める申入れ」を行なった。しかし県議会側は採決の終わった後、3月18日の午後以降、委員のみに閲覧を許可すると回答。こうした一連の流れについても、杉野さんは問題視する。
「総じて閉じられた中での議論になっています。パブリックコメントを募る期間の短さも本当に意見を聞く気があるのだろうかと感じます。とにかく不透明です」
条例は4月に施行される。香川県での動きを受けて、秋田県大館市でも同様の条例が検討されているという報道もあり、杉野さんは「新たに検討する自治体が出てくることは批判しませんが、しっかりと議論が行われ、本当に問題解決に繋がる施策にすることが大切だと考えています」としている。