薬物事件で逮捕された高知東生さんと一緒に、依存症のことや「失敗」との向き合い方を考えるイベントを2月22日に開いた。
もともとワークショップなどを織り交ぜたトークイベントを予定していたが、新型コロナウイルス感染拡大の影響で、急きょ観客を入れずにTwitterでのLIVE配信に切り替えた。
50人規模だったイベントが、27万という視聴数にまで広がり、結果的にたくさんの人に届けることができた。
猛威を振るう新型コロナは思わぬ影響も生み出している。
必要に迫られ企業のリモートワーク(在宅勤務)が広まり、働き方を見直すきっかけにもなっているように、イベント界にとっても一つの分岐点だ。
自宅で過ごす時間が増えたことで、教育からエンタメまで「オンラインコンテンツ」の注目度が高まっている。
ハフポストも試みたLIVE配信は、単に中止を避ける「解決策」だけではなく、今後のイベントのあり方を変え、選択肢の一つとなる可能性も感じさせた。
開催4日前。中止かLIVE配信か
LIVE配信に切り替える決断をしたのは、イベントの4日前だった。
天皇誕生日を含む3連休の直前、大型クルーズ船ダイヤモンド・プリンセス号を中心に感染者が広がり始めた時期だ。
「ここまで準備して中止か...」そんな風に頭をよぎったが、ハフポストがTwitterのLIVE番組「ハフライブ」を配信していたことが、ヒントになった。
「LIVE配信したらどう?」
編集部からの提案で、そこから「イベントづくり」が始まった。Twitter側との調整や、LIVE配信するため撮影クルーを急きょ手配した。番組のように作り込む時間もない。でもイベントのLIVE感は残したい。
そこで、意識したことは3つ。
・「番組」ではなく、イベントのLIVE配信をする
・イベントをそのまま「LIVE配信」するのではなく、視聴者とのインタラクティブな形にする
・オンラインだからできる「補足」を加え、「アーカイブ」にする
つまり、番組とイベントの「間」のようなコンテンツを配信し、配信後は「資料」として残すということだった。
イベント後も伸びた視聴数
イベントのLIVE感が配信で伝わるよう、台本は用意せず(用意する時間もなかった)、大枠の流れやトークテーマを記した進行表に沿って進めた。
冒頭の公開インタビューも、逮捕のこと、回復の努力や思いについて、編集や切り取りがされていない高知さんの生の言葉と表情で語ってもらった。
詳しい内容は、ファシリテーターを務めたジャーナリスト石戸諭さんのこちらの記事を参照してもらいたい。
スマホで視聴されることを意識して、会場の大型スクリーンにスライドを映すのはやめ、スライドの一部をLIVE配信画面に差し込む形に変更した。
「インタラクティブ」な仕掛けとして、質疑応答をTwitterのLIVE配信アプリ「ペリスコープ」上のコメント欄に委ねた。事前に募った質問に加えて、視聴者が書き込んだコメントをその場でピックアップ。LIVE配信画面にテロップで表示させた。それをファシリテーターの石戸さんが読み上げ、高知さんたちに答えてもらい会話を広げていった。
「補足」については、トークテーマや会話の展開に応じて、関連記事や情報サイトのリンクを視聴者に共有した。例えば高知さんが回復について話すシーンで、他社の高知さんへのインタビュー記事のリンクをコメント欄に投稿。啓発の一環として、依存症に悩む人への相談窓口を一覧したハフポスト記事のリンクも共有した。(この相談窓口は、薬物について取り上げたハフポスト記事の末尾に掲載している)
作り込んだ番組やリアルのイベントともちょっと違って、視聴者とコミュニケーションをとりながらイベントを作り上げる形にした。
イベント後も3、4万ほど視聴数が伸び、3月5日時点で約31万。「アーカイブ」としての役割も果たしている。
イベントをどんな人に届けるのか
当日は、急ピッチで進めた準備不足もたたり、VTRがうまく配信されないといった失敗もあった。依存症回復の現場で用いられる「言いっ放し聞きっぱなし」ミーティングのデモンストレーションも中止を余儀なくされた。
ただ、どんな人に届けるかと考えた時、LIVE配信に切り替えてよかったことがある。
一つは、イベントに参加しづらい人に届くこと。
ハフポストはこれまでさまざまなイベントを開いてきたが、ほぼ全てがオフィスのある東京での開催。
ハフポストに限らず、リアルのイベントは東京などの大都市に集中しがちで、それ以外の地域の人たちが参加しづらいという難点がある。その点、TwitterのLIVE配信は、ネットがあればどこに住んでいても視聴することができる。
もう一つは、依存症のことが届きにくい「カジュアル」な人たちにも幅広く見てもらえること。
今回のイベントでは、「依存症」の当事者やその家族らはもちろん、依存症が「自分ごと」ではない多くの人たちにも届けたいと考えていた。
そうした「マジョリティ」の人たちを巻き込むことで、社会の依存症への理解が広がり、現状を変えるきっかけになるはずだからだ。
イベントの参加者が、高知さんの言葉を通じて、「彼ら」(当事者)と「私たち」(当事者以外の人)というボーダーを外して、背景にある生きづらさを想像してみる。そんなことを持ち帰ってほしいと願っていた。
このどちらの人たちにも、届けることができたのではないかと思う。
それは、27万という視聴数だけでなく、寄せられたたくさんのコメントにも表れていた。
「依存わかったときほっとした」という当事者と思われる人のコメントや、「繋がってないと駄目何だな・・・」と高知さんの言葉で気づく人。
さらに「イベントが中止になって配信になったからこそ見て知ることができた」という声もあった。
観客を呼べなかったのは残念だったし、登壇者やチケットを購入してくれた人にも申し訳ない気持ちもある(チケット代は払い戻ししました)。でも代わりに、薬物依存症や高知さんを言葉を通じて「失敗」との向き合い方を考えるという目的は、より達成できたようにも思う。
政府が大規模イベントの開催自粛を要請し、著名アーティストのコンサートなどが中止を余儀なくされる一方、無観客にしてLIVE配信する動きも広がっている。
さらに音楽制作ユニット「M.S.S Project」(MSSP)は3月4日、東京公演を無観客のYouTubeLIVE配信に切り替え、視聴者が送金できる「投げ銭」機能を使った。1億円超が集まったと報じられており、音楽イベントの新たな収益モデルとして注目されるかもしれない。
私たちのイベントの撮影をお願いしたクルーも「イベントの代替配信はすごく需要を感じている」と振り返っていた。
このタイミングで、LIVE配信で自分たちのイベントを開催できたのは、情報発信を生業とする立場として可能性を感じる体験だった。
「自分が隠していることや恥を価値に変えてくれた」
イベント中の高知さんの話で、特に印象的だったのが「自助グループが、自分が隠していることや恥を価値に変えてくれた」という言葉だ。
高知さんは、イベントに登壇した依存症支援に取り組む田中紀子さんから、芸能人の自助グループの場をセッティングされた。そこで、同じように依存症に苦しむ人たちと気持ちを分かち合えたおかげで「自分のこんな経験が誰かの役に立つ」と感じたのだという。
そこから、自分の苦しみや生きづらさを振り返ることで依存を克服する「回復プログラム」を通じて、「自分の残りの人生を生き直したいと思えるようになった」と力を込めた。
高知さんにとって大きなストレスの一つは、メディアが生み出していた。「家庭を支えたい」という本人の気持ちと、報道で一方的に植え付けられた「養われている」というイメージのギャップに苦しんだという。
依存の原因を紐解いていくと、その人なりの生きづらさやストレスにたどり着く。生きづらさが必ずしも依存につながるわけではないが、そのひとつひとつは誰もが抱えるものだったりもするだろう。
依存症の啓発のため、現在は自分の経験を語る講演活動をしている高知さん。
「自分の経験がだれかの役に立ってほしい」と思えたのは、そう思わせてくれる居場所を見つけることができたからだと振り返る。
そんな高知さんの姿勢や言葉は、例え過ちを犯しても、笑って、また生き直すことができると示している。
この記事には違法薬物についての記載があります。
違法薬物の使用は犯罪である反面、薬物依存症という病気の可能性もあります。
医療機関や相談機関を利用することで回復可能な病気です。
現在依存症で悩む方には、警察以外での相談窓口も多く存在しています。