“我慢をしない娘”は、専業主婦を選ぶしかなかった母親世代が育てた。上野千鶴子×田房永子が語るフェミニズム

「私はずっと、お母さんの性格や個性の問題だと思っていたんです。でもその背景には、世代や社会の問題があったんですよね」(田房永子)
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(左から)上野千鶴子さん、田房永子さん
Hanae Abe

「社会には、あからさまな性差別が横行している。東大もその一つ」

2019年春、東京大学の入学式。女性学のパイオニアである社会学者の上野千鶴子名誉教授による祝辞が大きな話題を呼んだ 

上野さんの話を聞いて、漫画家の田房永子さんは「フェミニズムって自分たちの話をしていたんだ」と気づいたという。 

1月中旬、2人の共著『上野先生、フェミニズムについてゼロから教えてください』(大和書房)出版記念トークイベントが東京・マルノウチリーディングスタイルで開催された。 

最年少の参加者は17歳の男子高専生。立ち見まで出た大盛況の会場でくり広げられたトークの様子をレポートする。 

上野千鶴子(うえの・ちづこ)

1948年富山県生まれ。社会学者。東京大学名誉教授。認定NPO法人ウィメンズアクションネットワーク(WAN)理事長。専門学校、短大、大学、大学院、社会人教育などの高等教育機関で、40年間、教育と研究に従事。著書に『家父長制と資本制』(岩波現代文庫)、『おひとりさまの老後』(文春文庫)、『女ぎらい』(朝日文庫)、『ケアの社会学』(太田出版)など多数。

 

田房永子(たぶさ・えいこ)

1978年東京都生まれ。漫画家、ライター。母からの過干渉に悩み、その確執と葛藤を描いたコミックエッセイ『母がしんどい』(KADOKAWA/中経出版)がベストセラーに。主な著書に『ママだって、人間』(河出書房新社)、『キレる私をやめたい~夫をグーで殴る妻をやめるまで~』(竹書房)、『「男の子の育て方」を真剣に考えてたら夫とのセックスが週3回になりました』(大和書房)など。

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上野先生、フェミニズムについてゼロから教えてください!』(上野千鶴子・田房永子)
Jun Tsuboike

 

フェミニズムって自分たちの話だったんだ

田房: 2019年の上野さんの東大祝辞に対する世間の反響がすごかったじゃないですか。私のまわりでも、それまでフェミニズムの話をしたことがなかった友達が、グループLINEでその話題を出してきたりして。「フェミニズムって、私たちの話をしていたんだね!」と言っていて、「そうだよ~!」ってうれしかったです。

上野:じゃあ、それまではそう思っていなかった?

田房:はい。その友達は思っていなかったみたいです。フェミニズムは普通に暮らしている女性の話をしている、ということを知っている人と知らない人に分かれている。敷居の高い学問のひとつだと思っている人も多いです。

上野:そう聞くとジェンダー学研究者としては「伝わらなくてすいません」ってなるしかないですね。

私にとって、あのスピーチで話した内容は当たり前のこと、昔からずっと言っていることを、場所を変えて言っただけ。気を付けたのは、予備知識も何もない“18歳の子ども”に伝わる日本語で話そうという点だけです。

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Hanae Abe

母世代の苦しみを理解することで癒やされた 

田房:私は今、41歳なんですけど、『母がしんどい』という、過干渉な母との確執や葛藤と描いた漫画を発表したら、「私も母と同じことをされて育ちました」という女性たちからたくさん感想をいただいたんですね。

私はずっと、お母さんの性格や個性の問題だと思っていたんです。

でもその背景には、世代や社会の問題があったんですよね。

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Hanae Abe

もちろん同じ世代だからみんな過干渉な母親になった、という話ではありませんが、私たちの母世代=団塊世代の女性たちは、一様に社会から粗末に扱われ、家事や育児や介護を押し付けられていた。

私たちの時代の母親たちの狂気の背景に、そういうことがあったんじゃないか、と思っていました。上野さんから当時の女性達のお話を聞けて、やっぱりそうだったんだ、となぜかホッとしました。

母親世代の苦しみを理解すること。それは私にとってすごく癒やしになりましたね。

上野:「個人的なことは政治的なこと」というフェミの標語はまさにそれですよね。                                                 

私たちの世代って、男女共学の戦後教育の中で平等を建前で育ってきたのよ。「結婚相手は見合いじゃなくて恋愛で選ぶんだ」とか言って頑張って、結婚してみたら「男は稼げ、女は家庭」という枠にまんまとはめられた。だから「騙された」感がすごく強い。

田房:それは私たちの世代も結構そうです。結婚していざ子育てを始めたら、家事や育児の負担が妻側に偏りがち、という家庭はまだまだ多い。

ただ、今のロスジェネ世代と違って、団塊世代の母たちは家庭内でしかエネルギーを爆発させられなかったじゃないですか。子どもにエネルギーを注ぎ込むことでしか爆発できなかった。 

上野:団塊世代の母親たち、家庭に閉じ込められてエネルギーの行き場を失った彼女たちの選択肢は、3つあったと私は思っています。 

ひとつは家で爆発させること。もうひとつは不倫。不倫でガス抜きしながら家庭を保たせていた。3つめは地域活動。生協の活動とかボランティアね。そういうことをすれば、外に出歩く機会も増えるから。

田房:私は母から「手に職を持て」「結婚して子を産め」の両方をずっと言われて育ってきたんです。私と同世代で同じようなことを言われている女性、すごく多いんです。

これって「私たちのようになるな」と「私たちのようになれ」という(反対の)メッセージを同時に出されているのと同じじゃないですか。

上野:そう、だから今子育てしている娘たちは股裂き状態になっていますよね。

私たちのような経済的に自立できない専業主婦にはなるな、でも結婚して出産して私たちのようにちゃんと母になれよ、というメッセージだからね。

どちらか片方しか選べなかったのが、私たち団塊世代なんです。仕事をやるんなら結婚は選べない。それは仕方がないことだった。

だから私の母は、私を恨んでいましたよ。私が結婚も出産もしなかったから。自分の人生を否定されたように感じたんでしょうね。

田房:娘の生き方で、自分を証明するみたいな感じがあるんですね。 

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(C)田房永子 『上野先生、フェミニズムについてゼロから教えてください!』(大和書房)本文より

上野:田房さんは、今子育て中でしょう? 子どもの生き方で、自分の生き方を判定されているっていう感じはある?

田房:いや、まだ全然わかんないです。でも、お母さん世代の人たちが私たちの中に呪いとして蒔いた爆弾の種は、ちゃんと私たちの世代で今爆発してるっていう感じはしますね。

上野:芽を吹いて、ちゃんと花開いた感じでしょう。母の呪いの中には、母の怨念があるわけだから。

私の出発点は、主婦研究なの。主婦を研究対象にする研究者。10年かけて主婦って何だ、何をする人なんだっていう研究をしたら、奥が深かったのよ。

夫から「誰のお金で食わせてもらってると思うんだ」と言われたときに、妻がちゃんと言い返せるための論理的な根拠を私はずっと研究していたんですね。そういう意味では、私は母のリベンジ戦をやったんだ、と思いました。

 

テレビがつくった“田嶋陽子”像

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当日はマルノウチリーディングスタイル開店以来、最多の参加者が集まった。最年少は母親と一緒に来た17歳の男子高専生。
Hanae Abe

上野:ところで、田房さんはなんで結婚したの?

田房:うーん、私は結婚って「当たり前にするもの」だとずっと思っていました。

上野:『負け犬の遠吠え』を書いた酒井順子さんが今50代でしょう。あの世代からお一人様が増えてきたでしょ。私もお一人様だけど、後ろを見たらぞろぞろついてきていた。田房さんたちは、その後の世代でしょう? それでも結婚は当たり前だと思っていた?

田房:思っていました。というか「負け犬」って言葉がめっちゃ怖かったんですよ。『負け犬の遠吠え』は読んでなかったんですけど、ネガティブにしか思えなかったんです。 

勝ち負けっていう言葉は強いじゃないですか。どっちかしかない、みたいな。本当(の意味)は広まっている意味と全然違うってこともわかるんですが

上野:あの本を読んだら、実際は負け感なんて何もないけどね。でも“負け犬”も呪いになったのね。じゃあ「男に選ばれない私は価値がない」みたいに思ってた?

田房:私自身はバリバリ思ってました。「思っている」という意識もないくらいの大前提でした。周りもそうだったと思う。そうじゃない人もいるかもですけど。 

上野:個人差なのか、世代差なのか、文化差なのか。私たちの世代は「男に選ばれないお前に価値がない」だけじゃなくて、「男に選ばれないと食っていけない」という両方の呪いを生きてきたともいえる。 

それに対して、「私の価値くらい自分でつくる」「男に与えてもらわなくてもいい」と言ったのがリブやフェミだったんだけど、下の世代にはそのメッセージがまったく伝わっていなかった。それは田房さんとの対談を通じて知ったショックなことでしたね。 

田房:そうですね…。私が中高生の頃って、そういうメッセージは世の中に感じなかったです。

今はCMや広告にプラスサイズの女性が素敵にかわいく登場しますけど、当時はティーン向けのシャンプーのCMには華奢で細長い女の子しか出てこなくて、「実際に使うのは私みたいな太った女子中学生なのになんなんだよ」って思ってました。

フェミニズムに実は触れていた、という時間は『ビートたけしのTVタックル』(1989年放送開始、当時の番組名は『どーする?!TVタックル』)の田嶋陽子さんが喋っているときしかなかったんじゃないかと思います。

今思うと、次世代の女性たちのためにすごくいいことを田嶋さんは言ってくれていたってわかる。でも子どもの私には全然わからなかった。テレビというみんなが共有する大きなメディアでつくられた「カリカリしてるおばさん」みたいな認識しか残らなかった。

20歳のときに友達になった子が、フェミニズムの本をたくさん読んでいて、でも「フェミニストは自称しない」と言っていました。「男にモテなくなるから」って。私たちの世代はつい最近までそんな感じだった。

上野:フェミニズムを言ったりやったりすると、いじられ、叩かれ、ひどい目に遭うっていうことを学習して、「もうあそこには近づかないでおこう」みたいな感じになったってことね。本当の田嶋さんはすごくモテてる人なのに。

あの当時、メディアをつくっているのはおっさんばかりだったからね。今は現場に女性が随分増えたから、もうあんな番組は作れないと思うけど。

 

テレビのお笑いが変わった

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Hanae Abe

田房:今はテレビもめちゃくちゃ変わったと思います。特にお笑いの世界の変化がすごい。

私、年末年始のお笑い番組を毎年見ているんですが、ネタ自体がすごく変わった。

以前はミソジニーがひどかったです。2年ほど前までは「こんな変な女いるよね」っていう、自意識過剰な女とか高飛車な女の模倣する芸が定番でした。女性芸人のほとんどがそれをやるくらいの多さでした。そういった女をバカにする模倣芸が得意な男性芸人が、今年の年末には全然違うネタをやっていてビックリしました。

お笑いって一番大衆に近いじゃないですか。一般の人の感覚に近くないと、やっていけない商売。だからあの人たちの芸って、すごく時代を反映していると思うんです。そこが大きく変わってきていることに、今年はびっくりしました。

上野:それは芸人さんたちが世代交代して変わっていったの?

田房:それもあるし、ずっと活躍している人も、変わってきた。

上野:じゃあ時流に敏感なんだ。変節したのね。マーケットに合わせて。

田房:お客さんが笑わなくなったらすぐやめるしどんどんアップデートして変えていく、そうじゃないとテレビに出ていられないからなんだと思う。それでもあんなふうに柔軟に変われるってすごいなと思いますね。

上野:変化は私も感じています。自分をフェミニストと名乗ることにためらいがない若い世代がたくさん出てきている。こんなことって日本史上初めてよ。歴史的快挙ですよ。

田房:わー! 本当は政治家が一番、大衆や時代に合わせて柔軟に変わっていかなきゃいけないのにな。

 

(取材・文:阿部花恵 編集:笹川かおり)