2種類しかないパン屋、ランチ限定100食のステーキ店。それでも消費者に愛されるビジネスの共通点

どこで何を買っても大差ない時代。だからこそ、お客さん側は「選ぶ理由」が欲しい。
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『ほどよい量をつくる』(甲斐かおり)
Kai Kaori/Kanako Takahashi

「つくりすぎない。働きすぎない。それでもやっていける」

フリーライター・甲斐かおりさんの新著『ほどよい量をつくる』の帯には、地に足の着いた言葉がそう静かに主張している。 

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『ほどよい量をつくる』(甲斐かおり)

では具体的に、どのような商売のスタイルや働き方を目指せばいいのだろう。

たしかに、みんなが同じものを欲しがる時代は終わった。

消費の傾向も仕事のあり方も、大きく変化している。 

そんな時代の変化を受けて、アパレルから飲食、農業、メーカー、出版まで、日本各地で新しい試みを始める人や企業が続々現れている。

多くの人に支持される新たなビジネスの創業者は、どんな価値観を持ち、事業と向き合っているのか。各地を取材する甲斐かおりさんに話を聞いた。

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甲斐かおりさん
Kanako Takahashi

 

甲斐かおり(かい・かおり)

フリーライター、地域ジャーナリスト。長崎県生まれ。会社員を経て、2010年に独立。日本各地を取材し、食やものづくり、地域コミュニティ、農業などの分野で大量生産・大量消費から離れた価値観で生きる人々の活動を取材する。

 

パンは2種類。長野の山奥にある「わざわざ」

――『ほどよい量をつくる』では、創意工夫を重ねて今までにない仕事を成立させている、さまざまな企業や人が紹介されていますね。

小規模の商い、というわけではなく、ある程度しっかりと会社として売上の数字を出しているローカル・プレイヤーの方々も意識的に選んで紹介しています。 

――タイトルの「ほどよい量」とは?

「それぞれの規模に合わせた適正な量」という意味合いです。

たとえば、「パンと日用品の店 わざわざ」の平田はる香さんの営む「わざわざ」は長野県の山奥、田畑に囲まれた、店名通りわざわざ足を運ばないと訪れようがないようなお店です。

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Kai Kaori

最初は20種類近くのパンを揃えていたそうですが、多くのお客さんが訪れるようになって現在は、薪窯で焼いたカンパーニュと角食パン。この2種類のパンだけに絞り込み、実店舗とECサイトで販売しています。

オーナーの平田さんは、持続可能な商売として成り立たせていくために、種類を絞り、品質を上げたんですね。そうすることで、スタッフの働く環境を整えながら、ある程度量産できる仕組みをつくりあげた。 

ここ最近ではECサイトの売上が飛躍的に伸び、2018年の売上は2.68億円になっています。

 

「売上ってそんなに必要ですか?」京都の佰食屋

――「飲食業界は、長時間労働が当たり前」の風潮もあります。でも、工夫次第で売り方や働き方を変えることはできる、と。

そうですね。京都で国産牛のステーキを提供する「佰食屋(ひゃくしょくや)」もそうした工夫をしている会社です。

「佰食屋」はランチのみの営業で、店名の通り、百食しか提供しないと最初から上限を決めている。

素材にこだわり、メニューには自信がある。仮にやり方を変えれば200食売れることはわかっていても、やらない。自分たちの首を絞めることになるから。

それよりも、家族で一緒に夜ごはんを食べる時間を大事にしている。 

――本書にあった「売上って、それほど上げる必要がありますか?」という「佰食屋」オーナーの言葉が印象的でした。 

今までの社会では、利益を得ることばかりにみんな頭を使ってきましたよね。でもそのベクトルを変えることで、短い時間で生産性を上げることに注力できる。 

新しい事業のあり方を実践している皆さんに共通しているのは、「潔さ」だなと感じました。

やりたい形、実現したいビジョンがあるから、それ以外は捨てる。

(売上や成長のためなら)「やってもやっても(終わりがない)」が当たり前になっている風潮で、それを実践していくには覚悟と勇気がいることだと思います。

飲食業界だけではありません。

福岡県の「筒井時正玩具花火製造所」では、日本製のオリジナル線香花火、40本入りのセットを1万円で売り出して、セレクトショップや雑貨屋にも販路が広がりました。

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Kai Kaori

そこの三代目の筒井良太さん、今日子さん夫妻に取材したときに印象に残ったのが、「花火問屋なのに、花火をやったことがない人がいるんですよ」というお話です。 

その問屋さんは、値段と数でしか花火を選んでいなかった。

「つくり手」と「買う人」の間に、何重にも人や会社が入っていて、ものを機能と価格だけで選ぶようになっている。

同じような話は、縫製工場を取材したときにも聞きました。 

同じつくり手同士の間でも、縫製工場と生地屋さんとまったく接触がなかったり。アパレルの企画会社から仕様書が送られてきて、その通りに作業するだけだと。

そういう会社がたくさんあって。それが今までの「当たり前」だったから。

つくる人、卸す人、届ける人、売る人。

分業化が進みすぎた結果、それぞれの持ち場のことしか考えないで済む人が大勢いるんです。大きな産業になり細分化され、川上から川下までが分断されている。

 

「起業しやすいから移住する」という選択

 ――都市部ではなく、地方でそういう動きが同時多発的に生まれている印象を受けます。

それはきっと既存の仕組みが機能しなくなり始めているからだと思います。 

すでにできあがっている大きな仕組みを壊すのは難しいですが、その仕組みの外側で新しい試みをしよう、という人たちが地方へ向かっている気がします。

「以前、自然が好きなわけじゃないけど、起業しやすい環境が揃っているから地方に移住しました」という方もいらっしゃいました。プレイヤーが少ない分、活躍する余地があるということです。 

それに、よそから地方に入って来られた、もしくは一度(東京など都市部に)出ていったけど地元に戻って来られた方々は、発信力を持っている場合が多いですよね。

よそから地域にやってきた方々と、地元にずっと住んでいて「この町をなんとかしなきゃ」と強い地元愛を持っている方々が、お互いを補い合いながらチームを組んでいるケースもよく見ます。

 

企業のウソは透けて見える。消費者も変わった

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Kanako Takahashi

――地方発のユニークな試みが続々生まれている。同時に、買い手側の意識も変わってきているように感じます。

それはすごく感じますね。 

やっぱりSNSやインターネットの普及で「(プロセスが)見えるようになった」のが大きいと思います。CSR(企業の社会的責任)の名の下に綺麗事を並べても、ウソがすぐに透けて見える時代になってしまった。

お客さんがすごく賢くなっているんだと思います。

人通りが多い場所だから間違いない、このブランドを扱えばみんな来る。そういう風な今までのやり方が、もう通用しなくなってきた。

いいもの、ユニークな試みをやっている店であれば、どんな辺鄙な場所であっても、感度の高いお客さんはちゃんと自分で探して、足を運ぶ時代になっています。

もうひとつ、そういった変化の背景には、お客さんが「生っぽいもの」を求めるようになったことも関係していると聞きました。 

――「生っぽい」とは?

福岡県に「宝島染工」という天然染に特化した工房があるんです。

染の受注仕事を行いながらオリジナルブランド服も展開している工房なのですが、代表の大籠千春さんが「野菜を直売所で買うのと同じように、服も、より生っぽいものを求める人が増えているように感じます」と取材時にお話してくださったんですね。

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宝島染工
Kai Kaori

服を作っていらっしゃる方から「生っぽい」という言葉が出たことが新鮮でした。その感覚はわかる気がしたんですね。

お客さんが、もう平坦な売り場に飽きてきているのではないかと。 

今ってある意味、どこで何を買ってもそう大差ないですよね。

だからこそ、お客さん側は「選ぶ理由」が欲しい。 

つくり手側のこだわりや、サステナブルなことを頑張っている姿勢、どんな場所でどんな風につくられているか、といったプロセス。そういう情報を企業側がオープンに発信することが、お客さんに買う理由を提示してあげることに繋がっている。

――甲斐さん自身も、取材を通じて多様な人や企業に出会ったことで、フリーランスとしての意識や働き方の変化はありましたか。

媒体のカラーや世の中のニーズに合わせることよりも、「自分をしっかりさせる」ことのほうが大事なんだな、と思うようになりました。

本で取材させてもらった人たちは、「クライアントやマーケットがこうだから、こうものを作りました」じゃないんですね。

皆さん、「自分たちはこういうことを大事だと思っているから、こういう商品を作りました。どうですか?」という発信をされている。

――ビジネスを通じて、思想や価値観を届けている。

流行に自分たちを合わせるのではなく、「こういう世界になってほしいから、これが大事だと思う」という発想・提案ができるプレイヤーが多くなっていると感じます。

書き手としても、そういったライティングができるほうが、この先は強いんじゃないかな、と思うようになりました。それが実践できているとはまだまだ思っていませんが。

(取材・文:阿部花恵   編集:笹川かおり)