平成生まれのオタク女性4人によるサークル“劇団雌猫”さんが、2019年11月に『誰になんと言われようと、これが私の恋愛です』(双葉社)を上梓した。収録されている15篇の匿名エッセイからは、多様な恋愛の姿、そして結婚観がうかびあがる。今回、劇団雌猫メンバーの一人である、ひらりささんに話を聞いた。
恋愛も結婚も、いろいろな形があっていいんじゃない?
――本書では匿名で15名の女性たちが、様々なジャンルの「推し」と実際の恋愛について綴っておられます。今回、恋愛の体験談を募集するに至ったのは、どのような経緯や動機があったのでしょうか?
劇団雌猫では『悪友』という同人誌を出していて、第一弾では「浪費」をテーマにしました。5万部を突破したデビュー書籍『浪費図鑑』(小学館)はこれをベースにしています。『誰になんと言われようと、これが私の恋愛です』は、同人誌のvol.2にあたる『恋愛』が原型になったものです。でも実は、同人誌を出してから今回の書籍刊行までは2年ぐらい間が空いているんです。その間に、世の中の価値観もさらにアップデートされた部分もあったかなと感じています。
同人誌刊行当時は、“腐女子だけど婚活しよう”とか“出会い系や結婚相談所でこんな面白い人がいた”みたいな、オタク女性がリアル恋愛にコミットしないといけないと思いながらもできなくて、でもこういうふうに面白がっちゃう……みたいな書籍やコンテンツが多かったというのが私の所感なんですが、近頃は、結婚という形にとらわれない動きがもっと増えた気がしています。友達と「30歳になって独身だったら一緒に暮らそうよ」みたいな話をしあうというのは、昔から軽口としてはありましたが、現実的にやろうみたいな話がみられるようになってきたなと。
ただ一方で、劇団雌猫のメンバーたちも30歳を迎え、周りで結婚する人が増えてきました。同人誌を出した時は『恋愛』にフォーカスして、“恋愛にもいろいろな形があっていいんじゃない?”という切り口にしていましたが、書籍の方は恋愛だけじゃなくて結婚の多様性も見える構成にしたいと思って作りました。
――そうした変化を感じて『結婚ってなんですか?』という章が設けられているんですね。また、テーマになっている「オタクの恋愛と結婚」は、一般的な恋愛や結婚とはこういうものなのだという、共通認識があるからこそ、比較が成立し得るものだと思います。本の中に出てくるオタクの方たちにとって、その従来の恋愛、結婚はどんなものだと思いますか?
価値観としては、オタク女子の中にも普通一定の年齢になると人は結婚するものという意識があるからこそ、結婚相談所ネタとか、オタクだけど婚活してみた、みたいなネタが流行るのかなと思っています。仕事や結婚など、人間には、これに打ち込むべきだろうライフイベントがある、とオタクもうっすら思っている。でもオタクにはそういうもの以外にも“推しているモノ”があり、それに時間もお金も気持ちも使いたいという揺れ動きがあることで、もともと刷り込まれていた恋愛や結婚にまつわる規範も揺らいでいる部分があるというのが面白いんじゃないでしょうか。
例えば私は同性婚に関心を持ち、ムーブメントを応援したいと思っていますが、そのきっかけはBL(ボーイズラブ)が好きなことだったんです。「自分が同性愛をコンテンツとして消費してはいるけれど、そのぶん現実ともしっかり向き合うべきではないか。もっと知識をつけて、多様性について学びたい」と思い、現実のニュースも追いかけるようになりました。オタクとして好きなものによって自分の社会に対しての価値観を考えるというのはBLと同性愛だとわかりやすいとは思うんですが、他にも色々あるんじゃないでしょうか。
恋愛コンテンツによって作られる、好みや思考
――ひらりささんはBLがご専門なんですか?
専門、というと研究してるみたいですが(笑)。中学の時からずっとBLが好きでした。
――BLを読んできたことが、恋愛観にも影響を及ぼしていると感じますか?
キラキラした女子になれない、とか、作中の恋愛には興味があるけど自分の恋愛には興味ない、みたいな、自分と同じような方が一定数いるコミュニティだとは思います。ただBLを読みすぎてそうなったのか、そういう人間だからBLを読んでいるのかは自分でもわからないところがありますね。
そういえば私の場合、もともと少女漫画を大量に読んでいて、中でも「花とゆめ」で連載していた『フルーツバスケット』が大好きでした。先日小学校のタイムカプセルを開けたら、中に『フルーツバスケット』のマウスパッドを入れていて。「私、こんなに好きだったんだ」と衝撃を受けたほど(笑)。『フルーツバスケット』 は、心に傷を持った男の子を女の子が助けてあげるセラピー系の内容を多く含んでいるんです。たまに「この人を助けられるのは私しかいない!」的な恋愛に走ってしまうのには、その影響がある気がしなくもない……と責任転嫁しています(笑)。
恋愛コンテンツを摂取していると、登場人物の葛藤を描く上で、屈折した人間が出てくることはままあります。作品が悪いわけではないのは強調したいのですが、屈折してるけどかっこいい……みたいなコンテンツにばかり接していると、現実のコミュニケーションで一人よがりになってしまうことも、なくはないだろうなと、自分の経験では身にしみています。
コンテンツによって作られてしまった好みからの脱却、顔だけではなくて性格とか、恋愛の過程とかを含めて、思考が作られてしまうのは絶対にある。コンテンツによって自分の中に作られた価値観とうまく切り分けられるかどうかで、オタクであっても恋愛が得意かどうかは全然違うんじゃないかなと思います。
――たしかに思春期の頃って恋愛コンテンツが現実にも転用できるのかと思うけど、なんだかうまくいかないという経験をしますよね。でもそれがコンテンツだからなんだ、と分かるまでが大変ですよね。
現実では男の子のほうから『おまえ面白いやつだな』なんて言われて突然恋愛が始まるみたいなことは絶対にないので(笑)、自分からアプローチしないといけないとか。
異性でも同性でも、何もしないで恋人ができることはないですよね。フィクション上でも、キャラクターが相手の心を動かしたから展開が起きているわけで……。私は20代の半ばくらいまで「告白」というものがどうにもできなくて、バレンタイン近辺に映画を見た帰りにチョコレートを渡すだけ渡し、「じゃあ!」って帰って、そのあとホワイトデーに返事がなかったのに対して、勝手にめちゃくちゃ落ち込むということがありました。今にして思えば、本当に返事が聞きたいなら言葉で確認をするべきであって、すごく中途半端にチョコだけ渡して去って相手のせいにするのは本当によくないんですが(笑)。
「結婚しないといけないから結婚するのは、ストレスがかかる
――私は普段、事件のルポルタージュの記事を書いていることもあり、高齢者に取材をすることが頻繁にあるのですが、聞いてみると、その世代はお見合い結婚が多いんです。結婚が恋愛のゴールというのが常識となったのは、もしかしたらつい最近の……自由恋愛をして結婚という流れが一般的になった団塊世代ぐらいからのことなのかなと感じています。
私の親の世代は、恋愛結婚が増えてきた頃だと思います。でも私の親のように離婚をしている夫婦もいる。その一方で、さらにその上の世代は、お見合いで結婚してもその後、仲良くしている人も多いですよね。
私たちは恋愛のプロでもないので、今回の書籍ではいわゆるオタクのみなさんの話を聞かせていただきました。私も恋愛コラムが大好きだった時期がありますし、恋愛相談もそれぞれの生き方が見えて面白いと思うんですが、周りに言われて自分の道を決めたり、何か正解がある時代でもないのかなと思っていて。
恋愛コラムをめちゃくちゃ読んでいる時期に、並行して占いにもよく行っていたんですが、お金を払ってコラムを読んだり占ってもらったりしても、私はアドバイス通りに動けないんですね。これは大半の占い好きがそうじゃないかと思っています。それは回答が正しくないわけではなくて、結局皆自分のしたいようにしかできないんだろうなと。それでもやっぱり、他の人はこういう風にしているよという話がいっぱい聞けることは、自分がとれる選択肢をひろげたり、価値観を変えていったりする上で意味があるのかなと思っています。
――同世代の方々に対しては、従来の恋愛の価値観に囚われないでほしい、結婚に焦らなくてもいいよ、という気持ちもありますか?
そうですね、親世代を見ていても『結婚しないといけないから結婚する』のは、すごくストレスがかかることだと思うので。もちろんその価値観がその方にとってすごく大切なら一度してみてもいいと思うんです。自分の価値観も変わるし、それで何かが解決することもあるかもないかもしれないし。
大学でも男性自体は多い空間だったんですが、私は彼氏がそんなにできなくて。とりあえず彼氏を作らなきゃと思って、友達とかと付き合ってみるけどなんか違うとこじれて別れることがすごく多かった。
そもそも私は女子校育ちゆえに、女友達と仲良くしていたいタイプ。でも周りがどんどん彼氏を作っているから、このままだと寂しくなってしまう。そういう価値観と、皆と話題を合わせたい、『自分も皆と同じように彼氏を作らないと』みたいな気持ちになっていたのが、よくなかったといまは思います。
今回の本の中では、“推し”の話と現実の恋愛の話をフラットに紹介するよう心がけました。もはや恋愛も結婚も『趣味』だなと私は思っています。もちろん出生率の低下などが言われている昨今の現実もありますが、別に出生率のために結婚したり、子供を生んでいる人はいないでしょうし。社会問題的な観点から政府が何かしらの支援をすべきだという話はあるにしても、一人ひとりはもう、個人の選択で結婚したり子供を生んだりしているわけですよね。結婚してもしなくても楽しく生きていくうえで、まずは、互いの趣味をリスペクトするように、お互いのスタンスを尊重することが、第一歩じゃないかと思っています。
それはオタクか、オタクじゃないかと同じように。
(編集:榊原すずみ)
『誰になんと言われようと、これが私の恋愛です』
劇団雌猫 著 双葉社刊 1200円+税