「パッシフローラ」
「チェリーポム」
はたまた「ベーシック・インスティンクツ」?
まるで新しいリップカラーのネーミングと勘違いしそうだが、実はこれ、すべてアメリカのレストラン・バーで実在するノンアル・カクテルの名前だ。
アメリカの都市部にはアルコールを一切扱わないSober Barと呼ばれる「ノンアルバー」も続々とオープンしており、普通のバーやレストランでもノンアルの選択肢が増えている。
以前から「バージンカクテル」や「モクテル」と呼ばれるノンアルカクテルは存在していたが、それらは、甘いジュースやソーダを混ぜてちょっとカクテルっぽくあしらったものがほとんど。しかし最近では、ノンアル蒸留酒も市場に出回り、お酒独特の複雑で奥行きの深いフレーバーを実現している。
では実際、どんなお味なのだろうか?
ノンアル・カクテルを提供する数あるバーの1つ、アメリカ・ロサンゼルスにあるバー『Employees Only』で、ノンアル・カクテルを飲んでみた。
このバーでは、2019年からノンアル・カクテルを提供しており、ノンアル蒸留酒「Seedlip」を使ったカクテルも提供している。
ソフトドリンク以外のノンアル・カクテルのメニューは3種類。名前だけでは想像が難しいので、実際に飲んでみた。
『四川フィズ』:パイナップル酢やターメリック、そしてスパイス風味のノンアル蒸留酒などからなる。
感想:パイナップルとスパイスの香りが印象的。
『ベーシック・インスティンクツ』:ブラックベリーピュレやジンジャービールなどを使っている。
感想:生姜が効いており、舌にピリッと刺激的。
「ジュニパー&トニック」:ハーブ風味のノンアル蒸留酒とタイバジル酢、ゆずトニック、タイムなどを使ったもの。
感想:ドライでビターな、洗練した味。
カクテルの材料を見ただけでも、複雑な風味のレイヤーが想像できるが、特にノンアル蒸留酒が入っているものは、実に様々なフレーバーが見事に絡みあい、洗練されたカクテルに仕上がっている。
日本でメジャーなノンアルコール飲料が主に炭酸水と果汁や香料から作られているのに対し、ノンアル蒸留酒は、蒸留酒を製造するのと同じような手法でハーブやスパイスを蒸留して作られる。今では世界中で多くの種類が販売されており、ノンアル・カクテルを作る際、ウォッカやジンのような役割を果たしている。
実際に同バーで使用されている「Seedlip」自体の味はどのようなものなのか?ストレートで少し味見してみると、ハーブを使った「ガーデン」は、もはやガーデンというよりなぜかきゅうりのようなグリーンな味(実際はエンドウ豆やハーブが使われている)で少し酸味がある。「スパイス」は、なんのスパイスの匂いか特定できないが(実際はカーダモンなど)、とても不思議な香りが口の中に広がる。共に色は透明だ。通常はストレートで飲むのではなく、トニックやジンジャーエールと混ぜたり、カクテルベースとして使う飲み方が推奨されている。
奥深い香りと風味は、お酒が入っていないのに、なぜかなんとなくほろ酔い気分になる。そして、ノンアルにも関わらずバーで違和感を感じず、ちびちびしながら「クール感」が味わえる。
ここでバーテンダーをしているパトリック・ウェセティス氏は、これらのノンアル・カクテルの売れ行きは好調で、毎晩注文が入ると話す。
「ミレニアル世代を中心に、でも年齢や性別問わず、健康志向の人たちが選択肢として選んでいます」
加えて、「バーテンダー業界では薬物やアルコール依存症に陥る人もおり、このような選択肢ができたことはリスペクトを得ている」と語った。
普段はアルコールベースで作っているカクテルをアルコール無しで作るのは難しいそうだ。しかし、ノンアル蒸留酒などが出来たことにより、もっとクリエイティブにカクテルを作れるようになったという。
「バーに来るけど飲まない、という人も、スパークリングウォーターなど以外にも選択肢が増え、今まで以上に社交が楽しめるようになったのではないでしょうか」
近年アメリカでは、ノンアルコールドリンクが注目されている。従来のソーダやソフトドリンクに加え、様々な風味のスパークリングウォーターやコンブチャ (きのこ紅茶)など、アルコールの代替となるノンアル・低アルドリンクの選択肢が広がり、人気を得ている。
実際、アメリカでは若者を中心に「アルコール離れ」が進んでおり、逆にお酒を減らす、もしくは、あえて飲まないライフスタイルを選択する「Sober Curious(ソバーキュリアス)」というムーブメントも広まっている。飲み過ぎやすい年末の後の1月、1カ月間お酒を断つ「Dry January(ドライ・ジャニュアリー)」などの取り組みも存在する。
調査会社ニールセンの2019年の調べによると、アメリカのミレニアル世代の6割以上がお酒の消費量を減らそうとしている、と答えている。また、アメリカのノンアル飲料市場は2018年だけで、11億ドル(約1200億円)の売上を記録した。
その背景には、特に若者の間に広がる「健康志向」による影響が大きいようだ。
※2. 同取材は2019年秋に行われました。同バーは2020年5月1日現在、新型コロナウイルス感染拡大の影響で店内サービスは中止しており、デリバリーとテイクアウトのみ営業しています。