SDGsで企業がイノベーションを起こせる理由

人気ドラマでも取り上げられたSDGsはなぜ重要なのか。「SDGs経営」の第一人者である笹谷秀光氏に話を聞いた。
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「SDGs経営」の第一人者であり、『Q&A SDGs経営』(日本経済出版社)の著者である笹谷秀光氏
西田香織/HUFFPOST JAPAN

去年から今年にかけて、SDGsという言葉が日本でもようやく一般的になってきた。ニュースで話題になることが増え、『義母と娘のブルース』などの人気ドラマでも題材として扱われるようになっている。

今、企業ではSDGsを経営に取り入れ、企業の価値を高めようという「SDGs経営」の動きが高まっている。なぜ必要なのか?どのように推進していけばいいのか? 日本における「SDGs経営」の第一人者で、「発信型三方よし」という日本型SDGsを提唱している笹谷秀光氏に聞いた。


なぜSDGsを経営に取り入れなければならないのか?

――なぜこれからの時代、日本企業は「SDGs経営」に「取り組まねばならない」あるいは「取り組まなければ取り残されてしまう」のだろうか。

そもそもSDGsは2015年9月に開催された「国連持続可能な開発サミット」で193カ国の合意のもと決められたとても重たい決定です。日本では、経団連や経産省などが旗振りをし、大手企業を中心にビジネスの本業の中でSDGsに取り組む企業が増えています。経産省は企業の経営戦略へのSDGsの組み込みを推進していますし、経団連は「SDGs特設サイト」で企業が本業を通じて取り組んでいるSDGsの取り組みを積極的に紹介しています。

日本ではトヨタ自動車をはじめ、東京海上日動、大成建設、セイコーエプソン、住友化学、世界では、ユニリーバ、ネスレ、エリクソンといったトップ企業が積極的に「SDGs経営」に取り組み、高い成果を上げています。

するとSDGsに取り組まなければ、「SDGs経営」を実践する大手企業と取り引きしづらくなってしまいます。事実、今「SDGs経営」に積極的な企業では、国内外の取引先がSDGsに反する行為をしていないか厳しくチェックし始めているところです。すなわち、トヨタの取引先である部品メーカーなどが、慌ててSDGsに取り組むという状況が生まれているわけです。

それに加えて、学校でもSDGs教育が加速しています。「SDGsネイティブ」であるミレニアル世代の存在感が、投資家・従業員・消費者として増してくる中、「SDGs経営」を推進することが、投資・人材・顧客獲得において重要なカギとなってくるのです。

「SDGsなんて、ビジネスに取り入れている場合じゃない」なんていつまでも言っていると、いつの間にかステークホルダーや世論などから取り残されてしまうことになりますよ。

 

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笹谷さんの著書『Q&A SDGs経営』(日本経済出版社)
西田香織/HUFFPOST JAPAN

 

ビジネス目線でSDGsに取り組めばイノベーションが生まれる

――ビジネスと社会貢献はなかなか直結しないような気がするが、SDGsに「本業で」取り組むのはなぜか。

これこそ経営陣やリーダー層から最も多い質問です。現場のリーダーは目の前の業績を上げることに必死で、「なぜその上SDGsにまで取り組まねばならないのか」と考える人が確かに多いんです。

2018年度のグローバル・コンパクト・ネットワーク・ジャパンの調査によれば、SDGsの認知度は、経営陣で約6割。しかし中間管理職で18%、従業員では17%、関連会社などのステークホルダーに至ってはほんの4%にすぎません。

経営層と現場の間にあるこの大きな壁を取り払うためには、2つのヒントがあります。

1つは、SDGsの目標9「産業と技術革新の基盤をつくろう」という項目をうまく利用することです。企業が本業に本気で取り組むと、確実にイノベーションが起こって社会の変革に繋がります。例えば、2003年からいち早くCSRに取り組んできた住友化学ではマラリアを媒介する蚊に刺されるのを防ぐ「オリセット®ネット」という蚊帳を開発しました。トヨタの燃料電池自動車「mirai(ミライ)」も、本業である自動車開発の領域で「究極のエコカー」をつくろうと真剣に取り組んだからこそ生まれたイノベーションです。つまり、これからの社会のことを考えた新時代の製品を開発するということは、企業にとってイノベーションの芽になるということなんです。

2つ目のヒントは、日々のノルマに追われ、何のために働いているのか見失いがちな社員に、自社の活動が「世のため、人のため」になっているという実感を持たせることです。そうすれば、ソーシャルグッドな活動を好むミレニアル世代、ポストミレニアル世代などの若手のモチベーション向上に繋がります。これから少子化が進み、若手採用はどんどん難しくなる中、SDGsに取り組む姿勢を示す企業には、より良い人材が集まるようになるでしょう。

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笹谷秀光氏
西田香織/Huffpost Japan

 

「三方よし」を世界へ向けて発信しよう

――ESG(Enviroment、Social、Governance:環境・社会・企業統治に配慮している企業を重視・選別して行なう投資)やCSV(クリエイティング・シェアード・バリュー)などのSDGsに関連する横文字が多いのも広まりにくい要因の一つでは?

確かにその側面はあるかもしれませんね。SDGsを理解するだけで精一杯なのに、これ以上難しい横文字が出てきてはたまらないという意見はよくわかります。

ならばまずは、難しくとらえるのをいったんやめてみてはどうでしょうか。実はSDGsは日本企業が古来取り組んできた「三方よし」という商売の考え方を応用すればいいだけで、それほど難しくないものなんです。

「三方よし」とは、元は近江商人の「自分よし、相手よし、世間よし」(自社・取引先・社会のすべてがWin-Winになること)という考え方がベースになっています。それに、「子孫のことも考えましょう」という要素を加えると、持続可能性という概念になり、これは「持続可能な開発目標」であるSDGsの考え方と相通ずるものがあります。

ただ、これからの時代の「三方よし」は、良いことをした時に隠してしまわずどんどん発信することがポイント。それが、日本のSDGsにおける大きな課題です。

つまりこれまで美徳とされてきた日本人的な謙虚さは、SDGs経営を実践する上では必要ありません。江戸時代から脈々と受け継がれてきた日本特有の商売に対する考え方に、グローバルレベルで戦える発信力を身につければいい。そうすれば日本のSDGsは世界で張り合えるだけの誇れるものになるでしょう。事実、日本は2019年版の『SDGsインデックス&ダッシュボード』というSDGsの達成状況を分析するレポートで世界15位と、人口1億人以上の国では1位の位置につけています。

SDGsの5原則(「普遍性」「包摂性」「参画型」「統合性」「透明性と説明責任」)の中にははっきりと「透明性と説明責任」という言葉が入っています。良いことは発信して、透明性と説明責任を担保すべきです。

自主的に取り組むものだという点も、日本人にとっては取り組みづらいのかも知れません。日本は昔から護送船団方式で、上から一斉にルールを決めて義務化しない限り取り組まないカルチャーがありました。しかし、SDGsはあくまでも「やれる人がやれるところから取り組みましょう」という自主性に委ねられた世界。すると、34歳の女性首相が誕生するような北欧のSDGs先進諸国とは圧倒的な差が開いてしまうんです。

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笹谷秀光氏
西田香織/HUFFPOST JAPAN

 

「SDGsウォッシュ」にならないためには?

――今、SDGsという言葉がバズワードのように盛り上がっているが、「SDGsウォッシュ」と呼ばれるような一過性の取り組みになったり、単なるパフォーマンスや一部の企業の営利目的のために使い捨てられて終わりになったりしないだろうか。

確かにかつて「先進国が発展途上国の援助をする」という形で社会貢献活動を行っていた頃は、収益が上がった時にしか活動しないため、なかなか継続的な支援になりませんでした。

しかしSDGsは投資家からの投資や企業のイノベーションを生み、企業の繁栄に繋がる活動です。先ほどから出ているESG投資(従来型の財務情報だけでなく、環境(Environment)、社会(Social)、ガバナンス(Governance)の三側面を考慮する投資」のことをいい、近年株式市場で注目を集めている投資の仕方)は、いまや投資額は、世界中の総投資の4分の1を占めているほど、投資家にとって熱い投資手法で、この投資額はこれからも増える一方です。だから企業も、継続的な活動を行っていくでしょう。

とはいえ、何の計画性もなく取り組めば「SDGsウォッシュ」になってしまうでしょうね。ウォッシュにならないためには、SDGsの17項目を、どの部署が・どの程度取り組むのかについて綿密な計画を作る必要があるでしょう。そしてPDCAのサイクルを回し、その成果を外部に発信する。すると必ず社内外からリアクションがあります。そのリアクションを見て、「SDGs経営」をもっと進化させればいいんだと思います。

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西田香織/HUFFPOST JAPAN
笹谷秀光氏

 

SDGs五輪、SDGs万博で日本の存在感を示そう

――これからの日本のSDGsの展望は。

今年はいよいよ東京オリンピック・パラリンピック(以下東京オリンピック)が開催されます。この東京オリンピックは、史上初の「SDGs五輪」になるでしょう。東京オリンピックでは、会場で使う資材などの調達をすべてSDGsを基準に行うことになります。例えばパソコンなどの機材に使われているレアメタルも、アフリカなどで武装集団が暗躍する紛争地域から調達しているものではない、という証明書が必要になります。選手村で提供される食材も持続可能な魚や農産品なのか、環境破壊によって生産された製品でないかということが厳しくチェックされます。それは紙、木材、ゴールテープ、ジュースについてくるストロー1本に至るまで、基準がもうけられることになるでしょう。

確かにそれは現場の運営者にとって、大きな負荷のかかることです。しかし、きっと日本の人たちはこの課題に真摯に真面目に取り組むはずです。すると、東京オリンピックが終わった時、世界から「よくぞこれほどSDGsなオリンピックを実現できたね」と称賛の声が集まることになります。

そこで自信をつけて、胸を張って2025年の大阪・関西万博に臨んで欲しい。大阪・関西万博を誘致する際、他国と競り合った日本は「SDGs万博にする」と名言し、「SDGsの達成」を万博の開催目的として掲げました。2020年の東京オリンピック、2025年の大阪・関西万博を良い足がかりとして、SDGsの達成目標年である2030年までのタイムラインを描くと良いのではないでしょうか。

結局、SDGsとは企業の次の100年をつくるイノベーションに繋がる取り組みです。100年企業の多い日本にとって、事業の永続性をつくる新しい一つの方法だと考えればよいのだと思います。

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西田香織/HUFFPOST JAPAN
笹谷秀光氏

 

笹谷秀光氏プロフィール

行政経験(農林水産省・環境省出向・外務省出向など31年間)とビジネス経験(伊藤園で10年間)を活かし、企業の社会的責任、地方創生などのテーマに、主に企業ブランディングと社員士気の向上を通じて企業価値を高めるための理論と実践について、アドバイザー、コンサルタント、講演など幅広くこなしている。
公式サイト: https://csrsdg.com/profile.html

(聞き手・編集:Yuko Funazaki)