日本社会から同調圧力を減らすカギは「憲法」にある──木村草太×青野慶久(サイボウズ式)

「個人の権利」を尊重する憲法の基本的な発想が、いまだに日本人の中に根付いていない。
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サイボウズ式

働き方改革、労働人口不足などを背景に、いま会社と働き手の関係が大きく変わる節目にきています。 しかし、同調圧力や明文化されていないルールに縛られ、職場や社会に息苦しさを感じ、苦しんでいる人は少なくありません。  

憲法学者の木村草太さんによれば、そもそもの原因は、「個人の権利」を尊重する憲法の基本的な発想がいまだに日本人の中に根付いていないことにある、といいます。 

一人ひとりが自分や他者の権利への理解を深め、息苦しさから脱け出すためにはどうしたらいいのでしょうか。

サイボウズ代表取締役青野慶久がお話を聞きました。 

 

70年前に最先端だった考えの下、日本国憲法はつくられた

 

青野:わたしはいま選択的夫婦別姓を求める訴訟(*)を起こしています。それ以前は、国を相手に訴訟なんて考えたこともなかったんですが、ご縁があって原告代表をすることになりました。

 あらためて法に関心を持つようになって、憲法を読んだのですが、その人権意識の高さに驚きましたね。70年以上も前によくこんな憲法をつくれたな、と。

 たとえば、男女不平等の問題。現代社会でいまだに解消されてないのに、憲法では「それはダメだ」と言い切っています。

 

木村:「男女の平等」については、女性にも選挙権がなければおかしいという考えが世界に広がり始めたのが、20世紀の前半ごろでした。

そういうなかで日本が敗戦して、降服の条件として「人権をちゃんと確立しろ」と連合国側から要求されたんですね。 

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木村草太(きむら・そうた)。1980年生まれ。首都大学東京教授。東京大学法学部卒業。同助手、首都大学東京准教授を経て現職。専攻は憲法学。著書に『憲法の急所──権利論を組み立てる』(羽鳥書店)、『憲法という希望』(講談社)、共著に『子どもの人権をまもるために』(晶文社)などがある
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青野:それで新たにいまの憲法がつくられたんですね。

 

木村:ええ、昔の憲法のままだと連合国側の要求に応えるのが難しかったので。

最初は、日本の憲法学者や役人が集まって条文をつくろうとしました。しかし、日本政府の委員会で作成中だった案の1つを見て、「こんなものでは甘っちょろい」とGHQ(連合国軍総司令部)は考えた。

GHQは、いわゆる占領軍とはちょっと毛色の違った人たちの集まりで、日本で人権を確立するために何が必要かをけっこう真剣に考えてくれたと言われています。

日本政府も、その理想を受け入れるために尽力しました。それで70年前の最先端の発想で人権の条文がつくられているんですね。

 

青野:政府が暴走した結果、戦争が引き起こされ、行くところまで行ってしまった。

これを繰り返さないためには、国民に人権を持たせないといけないだろう、という流れですか。

 

木村:そういう流れもあります。人権を大事にしない国は、ひどい戦争も平気でできてしまう、という発想が根底にはあったと思います。

あと、男女の不平等については、ちょっと別の文脈もあるようでして。

 

青野:なんでしょうか?

 

木村:GHQには、ベアテ・シロタ・ゴードンさんという、20代半ばの女性がいたんですね。彼女は、主に通訳を担当する立場としてGHQに入ってきたのですが、草案には彼女の考えが強く反映されていると見られています。

 ベアテさんは、日本で暮らしていた経験もあって、日本の女性が家庭や社会で非常にないがしろにされている状況をよく知っていました。

 それでかなり強力な男女平等の条文がつくられた、という経緯があったといいます。

 

青野:なるほど。そういった状況で、当時の最先端の考え方が持ち込まれたわけですね。

 

木村:そうですね。みんなが理想に燃えていた時代だったので、先進的な憲法がつくられた、ということがあると思います。

 

物事には多数決で決めていいことと悪いことがある

 

青野:そんな人権意識の高い憲法がつくられて70年あまり経ったにもかかわらず、いまの日本を見ると、人権に関する意識がいまだにもう1つ浸透していないような気がしています。 

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青野慶久(あおの・よしひさ)。1971年生まれ。大阪大学工学部情報システム工学科卒業後、松下電工(現 パナソニック)を経て、1997年8月愛媛県松山市でサイボウズを設立した。2005年4月には代表取締役社長に就任(現任)。社内のワークスタイル変革を行い、2011年からは、事業のクラウド化を推進。著書に、『チームのことだけ、考えた。』(ダイヤモンド社)『会社というモンスターが、僕たちを不幸にしているのかもしれない』(PHP研究所)など
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木村:「個人には権利がある」とか「個人の私的な領域に他の人は立ち入ってはいけない」という憲法の基本となる発想が、われわれのなかに根付いていないということでしょうね。

 

青野:最近は生徒の髪型や服装、生活態度などに過度に干渉する「ブラック校則」も話題になりました。

人権に対する意識が希薄だから、ああいう校則ができてしまうのかなと思いました。

 

木村:「ブラック校則」に関しては、先日ちょっとおかしいなと思うことがありました。

「校則は、教師が決めるのではなく、生徒の自治で決めるべきだ」という議論を見かけたんですが、別に生徒総会で決めたからといって、ブラック校則がブラックでなくなるわけではないでしょう。

 

青野:確かに。

 

木村:たとえば「下着の色を白にしなきゃいけない」という変な校則があります。

これを決めたのが学校ではなく、生徒総会だったとしても、それを「嫌だ」という人を拘束できる理由にはならないですよね。 

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木村:「生徒みんなで決めたから正しい」と思いがちですが、そこには「民主主義で決めたら、人の内面を侵してしまってもいい」という意識が少なからずあると思います。

 

青野:「プロセスを経て、多数決で決まったんだから従うべきだ」という。

 

木村:そういうことですよね。

でも、多数決で決めようがそうでなかろうが、物事には「その人が自分で決めるべきこと」と「みんなで決めるべきこと」があるんだ、というのが憲法の発想です。

服装などまさに個人の自由なので、生徒総会でも学校の校則でも、基本的に不当な理由で拘束してはいけないはずだ、というところから教える必要があります。

 

不当な強制に対しては、「変だぞ」とすぐに思う習慣を

 

青野:われわれがもうちょっと、憲法をしっかり味わいながら読んでみる必要がありそうですね。

そうすれば「あれ? もしかして自分が置かれている環境って人間的じゃないぞ」と気付けるようになるかもしれません。

 

木村:子どものうちから法を学ぶことが大事だと思いますね。何かを不当に強制されたときに、「これは変だぞ」と思う癖を身につけるようにしてほしい

さっきの校則の話のように、多数決で決めるべきこと、そうではないことを意識するのは大切だと思います。

 

青野:どんなふうにしたら、意識できるでしょうか。

 

木村:ひとつの方法として、「あえておかしなことを多数決で決める」というのはどうでしょうか。

たとえば「〇〇君が今日帰ってから見るテレビを、みんなで決めましょう」と言ってみるとか。

 

青野:なるほど。そうしたら、「なんでそんなことを人に決められなきゃいけないの? それはおかしい」ってわかりますね(笑)。

子どもの頃からそうやって「あれ? これは何がおかしいんだろう」と経験することは大事ですね。 

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裁判ってけっこう人間的。いつもロジカルとは限らない

 

青野:自分が原告代表として裁判を起こして初めて気づいたんですが、裁判って、けっこう人間的なんですね。

3月での東京地裁で敗訴し、いま高等裁判所に控訴しているんですが、地裁から出た請求棄却の判決文にはびっくりしました。もうちょっと筋の通ったものが出てくるのかな、と思っていたので。

裁判官って、何というか、必ずしもロジカルな判決を下すわけじゃないんだな、と。

 

木村:日本の裁判所は、判決にどんな理由を書いてもいいことになっているので、少し妙だな、と思うような文章が上がってくることはあります。 

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木村:理屈が通っている方向で裁判官が結論を出したいときには、非常に理論的な文章になるんですが、裁判官が「この結論は理屈が通らないから、本当はどうしても出したくない」と思っているときは、ぐちゃぐちゃの文章になる。

なので文章の意味の通り具合で、裁判所がその訴訟をどのくらい嫌がっているかがわかります。そして、もちろん、理屈の通らない判決は批判されるべきです。

 

青野:ロジカルでなくなるのにはそういう理由があったんですね。それは知りませんでした。

 

木村:裁判は、法の支配が破綻の危機にある中で、法の支配のために最善を尽くす努力をする場である、というのがわたしの持論です。

「法の支配」は、要はマニュアル処理のようなもの。あらかじめ一般的なルールをつくっておいて、そのルールを適用して個別の判断をしていく、という考え方です。

 

青野:ふむふむ。

 

木村:法の支配がうまくいっているときは、誰もがルールについて齟齬(そご)がない状態ですから、裁判は要りません。

ところが、今回のような「夫婦別姓を認めないのは違憲かどうか」みたいな論点になると、そうはいかないわけです。

 

青野:解釈が分かれますよ、ってことですね。

 

木村:これは実は、あらかじめ定めておいたルールに従って明確に処理するという「法の支配」のプロジェクトが破綻しかけているということなんですね。

しかし、どんなに明確な条文をつくっても、解釈が分かれることは絶対出てくるものです。

 

青野:例外も必ず出てきますしね。

 

木村:そこでどうしますか、ということです。何が法なのかが不明確な場面ですから、「法の支配」を実現する努力をしないと、法や理論に則らない判断がいくらでもできてしまいます。

ですが、それを許さないために、「こんな判断をしたら、法の支配の理念の最終的な防衛ラインを崩しちゃいませんか」と議論して歯止めをかけるのも、司法の仕事です。

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木村:法の支配が破綻しかかっている。しかしそれでも法に則った判断だとみんなが認めてくれるような、「法の支配」の理念に従った判断を頑張ってやらなくてはならない。 

 だから最終的な判断を支える理屈は説得力のあるものでないといけませんし、「胸を張って伝えられる判断です」と言えることが重要です。

 

青野:解釈が分かれるような難しい状況の中で、みんなが納得できるような論理的な判断を導き出さなければならない、ということなんですね。

おもしろいです。司法の見方が、がらっと変わりました。

 

憲法を生かすためにはまずは目的を理解すべき

 

青野:「どんなに明確なルールをつくっても、解釈が分かれることがある」というのは、会社でもありますね。

たとえば、社員が社用で外出した際、空き時間にカフェで仕事をするとします。サイボウズでは、その際の飲み物代に対して補助が出るのですが、一方サンドイッチを食べた場合は、補助が出るのかどうか、みたいな話になったとします。

 

木村:ええ。

 

青野:これをもし法の支配でやろうと思ったら、「こういう条件で、こういうときには認める」とかいう細則が、山ほどできてくるわけでしょう。そうなるともう、メンテナンスコストが。

 

木村:膨大になるわけですよね。

 

青野:それに、そうなってくると楽しくないですよね。だから大事なのは、ルールの目的だと思うんです。

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青野:僕たちの目的は、いいグループウェアをつくって、世界中に広げるということ。そのためにベストを尽くして働きたいね、と。

そのためだったら補助をしますよ、という考えさえ共有していれば、サンドイッチは要らないよねとなる。

 

木村:そこは自分で食べていただいて。

 

青野:そう。なので、細則を決めるほうに走りたくないと考えています。

サイボウズでルールを決めるときは、まず目的ありきで考えるようにしています。同じように、法もやっぱり目的が大事になるってことでしょうか。

 

木村:おっしゃる通りで、法を運用するには目的をきちんと理解しておく必要があります。

ですから法学部で法律を学ぶときは大体、「こういう目的があるので、こういう条文があります」ということを説明するところから始まるのが普通ですね。

 

青野:わたしたちも、ルール同様、憲法のそもそもの目的を理解すれば、憲法自体や、そこに記された人権意識をもっと身近に考えられるようになるのかもしれません。

自分の権利を守るためにも、相手の権利を理解するためにも、「国民の人権を守る」という憲法がつくられた目的を学ぶことから始める必要がありそうですね。

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 構成:大塚玲子/撮影:尾木司/編集:鈴木統子

本記事は、2019年12月4日のサイボウズ式掲載記事

より転載しました。