48歳、車いすラグビー代表最年長。岸光太郎の東京パラ成功は「互いが『普通』の存在になること」

パラ大会を観ようと、障がい者の方が日本中に溢れる。コミュニケーションを取ってもらえれば、形じゃないレガシーが生まれると思うんです。
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2019年10月20日、ラグビー日本代表が南アフリカ代表に敗れ、惜しくも4強入りを逃したあの日、あるスポーツが大きな結果を残した。それは〝もうひとつのラグビーワールドカップ〟と呼ばれた『車いすラグビーワールドチャレンジ』で、日本代表が3位に輝いたのだ。

車いすラグビー日本代表のなかでひと際異彩を放つのが、岸光太郎選手だ。競技歴は21年で、代表最年長の48歳。

海外では〝マーダーボール〟と称されるほど激しい競技の選手とは思えないほどの、やさしい笑みを浮かべていた岸選手。彼はどんな思いを込めて、来年の東京2020パラ大会に臨むのだろうか。

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岸光太郎選手
Rio Hamada / Huffpost Japan

3位は最低ライン

――『ワールドチャレンジ』大会観に行きました! 3位という結果に終わりましたが、率直な感想は?

正直な話、残念ではありました。達成感はなく、とりあえずの最低ラインはいったけど……という感じでしたね。本来なら、決勝にはいきたかった。

――確かに「日本が3位? 凄い!」と思うのは、僕も含めた車いすラグビー初心者の感想だと思います。日本代表はリオ・パラリンピックで銅メダル、2018年の世界選手権では優勝した強豪国。優勝を狙いにいったなかでの3位は、相当悔しかった?

そうですね。ましてや自国開催でしたから、みんなにいいところを見せたかった。優勝していい流れをつくって、来年の東京パラにつなげたかったというのが本音です。

――僕は初めて生で観たのですが、タックルの衝撃の強さに驚きました。恐怖心はないんですか?

正直、ベンチから見ているときは「うわあ、怖えな」「あんなに激しくいくなんて、あの人ちょっとおかしいんじゃないの?」って思いますね(笑)。でもコートに入っちゃえば、恐怖心はなくなるんです。

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2016年リオパラリンピック・車いすラグビーの3位決定戦。倒れこむ岸選手。
Carlos Garcia Rawlins / Reuters

――あとフランスのセドリック選手は、両方ともヒジから下が欠損していて、こういう人も出てるのだと素直に感心してしまいました。最後はパスまで受けていて、器用に両ひじでキャッチすると、股にはさんでドリブルして

基本的に四肢に障がいがあれば、出られるスポーツなので。病気が原因の人もいれば、戦争で地雷を踏んでしまった人もいるんです。上手いですよね、彼。

――タックルもそうですけど、車いすラグビーを見ていたら、「パラスポーツなんだから、安全第一に決まってる」という差別というか決めつけが自分のなかにもあるんだと発見できて興味深かったです、

その見方は面白いですね。

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2016年リオパラリンピック・車いすラグビー3位決定戦でカナダと対戦した日本代表。試合中の岸選手(右から2人目)
Carlos Garcia Rawlins / Reuters

一喜一憂しない仕事人

――車いすラグビーでは障がいの重さによって、選手がクラスわけされていますね。一番軽度な3.5クラスから0.5刻みで、一番重い障がいで0.5クラス。そして1チーム4人、計8.0以内に収めないといけない。このルールのおかげで競技のゲーム性がぐっと出ますもんね。そして岸選手は、最も障がいの重い0.5クラスの選手です

ローポインターといわれています。僕らはハイポインターのように、ボールを持ってゴールを狙いにいくことはあまりありません。それよりもタックルして相手戦力を削ったりするのが主な役割です。敵にびったり付き一緒に前線をあがることによって味方にプレッシャーをかけさせない壁のような役割をしたりとか。

――ローポインターならではのやりがいは?

相手のハイポインターを止めたときは気持ちいいですよ。プライドというわけではなくて、僕は一喜一憂することなく、ブロック、カバーと淡々と仕事をしてたいだけなんです。

――何かのインタビューで、優勝した際「みんなが喜んでる姿を見ているのが嬉しい」と岸さんは答えていました。今の「淡々と仕事を」という発言といい、どこか俯瞰で見ている?

かもしれないですね。だから縁の下の力持ち的なローポインターは、性格的に向いてるかもしれませんね。 

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2018年の車いすラグビー世界選手権。オーストラリアを破って初優勝を決め、抱き合って喜ぶ日本選手
時事通信社

――他にプレーで心がけていることは?

ローポインターなので、どうしても動作が遅くなってしまう。1回抜かれると、もう追いつけない。相手がどっちに行こうとしてるのかを読んで、先回りする。そこは、努力してますね。

――岸さんの思う、車いすラグビーの魅力とは? 

まず見てわかりやすいのが、タックルによる衝突。でもそれだけじゃなくて、例えばただ突っ込んでいってもトライはできないんです。そこにパズル的要素を盛り込まないと点は取れない。そういった知的な面もこの競技の魅力です。

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岸光太郎選手
Rio Hamada / Huffpost Japan

普通の人が車いすに乗っているだけ

――岸さんは現役21年目の大ベテラン。ここまでやってこられた、一番の原動力は何ですか?

こう言うと怒られるかもしれないけど、適度に手を抜いてきたからやってこられたのかも(笑)

――チーム最年長ですが、チームをまとめようという意識は?

いやいや、池というキャプテンがいますし、彼の言ってることは素晴らしいです。だから彼に任せて、僕は逆に好き勝手やらせてもらっています。都合が悪くなると「俺のほうが年上だぞ!」って言い出したり。本当、責任なくやらせてもらってます(笑)。 

――僕、まだ2試合しか見てないですけど、「車いすの人、かわいそう」という偏見はなくなりましたね。試合を見て、選手をアスリートとして尊敬できたからです。単純に「この人たち、凄ぇな」って(笑)

それは凄く嬉しいな。

――車いすへの誤解や偏見を持つ人って、まだまだいると思うんですよ。そういったものをスポーツを通じてなくそう、といった思いはありますか?

正直、ありますね。今でこそ「障がい者も普通の人」というのはわかってもらえているけど、昔は違った。だからチームの公式サイトでも練習や試合風景はもちろんですが、その他にもバカやってる写真を載せたりとか。Facebookでも他のチームは「試合頑張ります」的な真面目なものばかりだけど、ウチはそういうのは極力あげないようにしています。

――障がい者に対して、どこか聖人君子的なイメージを持ちがちな人は多いと思います

本当、そうなんですよ。でも隣りの普通の人が車いすに乗ってるだけ、そう思ってほしいんです。

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2018年の車いすラグビーの世界選手権で初優勝を遂げた日本の選手たち(岸選手は左から4人目)
時事通信社

48歳で「今が一番いい」

――引退って考えたことあります?

ラグビーが面白いし、可能なかぎり続けていきたい。だから自分から辞めるってことはないと思います。もし辞めるとしたら、監督や代表のメンバーから「もうそろそろいいんじゃない?」と言われたときでしょうね。 単純に面白い競技だし、やれるかぎりはやっていきたい。だから簡単に「面白い競技だから、僕の座を君に譲るよ」という気は、ないかなあ(笑)。

車いすラグビーが好きだし、一緒にいる仲間や支えてくれる人も好きだし。それを取り巻く環境も楽しかったから、これだけ続けてこられたと思います。

――でもどうですか、体力的に。48歳ですから、きつくないですか?

正直、体力的には今が一番いい感じなんですよ。今までローポインターって、ボールに触らない作戦ばっかりだったんです。それがケビン代表監督になって変わった。「ローポインターでも狙えるときは、ゴールを狙え」と。だから今ではボールをヒッティングする練習など、新しい取り組みが増えました。その結果、自分の引き出しがとても増えたんです。だから21年間の選手生活のなかでも、今が一番いい。 

――48歳にして自己ベスト! 凄いですね

ただ問題なのは、回復力。今日はめちゃくちゃいいけど、明日はちょっと……みたいな(笑)。

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取材に応じる岸光太郎選手
Rio Hamada / Huffpost Japan

けがした人、本当に切り替えできているのか

――そもそも、岸さんが車いすユーザーになったきっかけは?

大学4年生のとき、バイトからの帰り道、バイクで走ってたら事故に遭いました。それで頸椎を損傷して、下半身と両手を自由に動かせなくなってしまったんです。

――僕なんかはそんな事故にあったら、自暴自棄になってしまうと思うんですよ。岸さんはケガを受け入れる、次の人生を生きていこうと切り替えられるまで、どれくらいかかったんですか?

けがした人はみな、切り替えられてるのかな?って最近ちょっと思うんですよ。切り替えてはいるんだけど、心のなかでちょっと思うところがあったり。例えばバイクとか見ると「気持ちよさそうだな」「楽しそうだな」って。それでとても落ち込むというわけじゃないんだけど、「あんなふうに乗ってたなあ」と思い出すというか。

――事故前のことを忘れることなんてできませんもんね

周りからしたら受容しているように見えるかもしれないけど、やっぱり心の奥のほうでは違うというか。もっと普通でよかったのになあって。車いすラグビーで世界と戦えてるけど、別にそういう人生じゃなくてもよかったのになあって。何かね、ふと思うんですよ。

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岸光太郎選手
Rio Hamada / Huffpost Japan

パラ大会で、障がい者が日本中に溢れる

――車いすユーザーとして、日本のバリアフリーはどう映りますか?

新しい施設には車いす駐車場があったり、凄く良くなってきている部分はあります。でもトイレで「その位置だとティッシュが取れないよ」、スロープの先に段差があって「意味ないじゃん」とか、もう少し工夫すればもっとよくなるところがあります。もったいない。

あとソフト面、気持ちのバリアフリーという点でも昔と比べて、凄くよくなっていると感じます。でもやっぱり、「手伝いたいけどアプローチの仕方がわからない」という人は多いと思います。

逆に講演とか行くと、係の人から「大丈夫ですか?」「大丈夫ですか?」と過剰に気を遣われたりする。だから日本人は、車いすユーザーの気を伺い過ぎかなと思いますね。

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報道陣に公開された西武鉄道の新型特急車両「Laview(ラビュー)」の多目的トイレ=2019年2月14日午前、埼玉県所沢市
時事通信社

――手伝いたいけど、「余計なお世話だ」って思われないかな?と気を遣ってしまう部分は確かにありますね

だから日本はまだ、互いを知り合えるような環境にないのでしょうね。

――来年の東京2020パラが、いいきっかけになればいいですね

パラの選手がたくさんやってきて、それにともないパラ大会を観ようと障がいを持った観光客も世界中から大勢やって来る。だから今までにないほど、障がい者の方が日本中に溢れると思うんですよ。そうしたときに日本同士だと恥ずかしいけど、外国人の車いすユーザーになら逆に声をかけやすいかもしれない。

――「may I help you?」って。

そうやって障がい者とコミュニケーションを取ってもらえれば、形じゃないレガシーが生まれると思うんです。単なる箱ものじゃない、心に残るレガシーが。それができたら、東京パラは成功したといえるんじゃないかな。

1回コミュニケーションを取れれば、体の一部が欠損している人を見ても「そういう人もいるよね」と、認められるようになると思うんです。お互いが「普通」な関係になれれば、って切に思いますね。

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日本財団のパラアリーナ
時事通信社

パラの目標は金メダル

――以前ブラインドサッカーについて、障がい者サッカー連盟の北澤豪さんにお話を聞いたのですが同じようなことを仰ってましたね。「『障がい』『健常』で分けることこそがよくない」と。

目が見えないのに凄いですよね。「怖くないのかな?」って思っちゃう。

――ごっついタックル決めてる岸さんが、それ言います?(笑)

僕が言うなって?(笑)。いや正直、目つぶって走るなんてできないですよ!

――まだ車いすラグビーを見たことがない、という人がほとんどだと思います。そんな方に向けてメッセージをお願いします

とりあえず生で試合を見てもらいたいですね。そして「こんなスポーツがあってもいいのか?」「どんな人なんだろ?」と選手個人に関心を持ってもらえれば。池崎とか池とかかっこいいヤツもいます。だから別に僕じゃなくてもいいです(笑)。

――では最後に、東京2020に向けての意気込みを

チームとしては金メダルを取りにいきたい。ただ個人としては淡々と仕事をするだけです。

――やっぱり「淡々と仕事をするだけ」なんですね。金メダルを取っても、ブレずに「他の選手が喜んでるから僕も嬉しい」とコメントするんですかね?

さすがに「ウヒョー」って浮かれるかもしれない(笑)。でもせっかく機会をいただいてるので、悔いなくやりたいです。

(取材・文:村橋ゴロー@muragoro、編集:濵田理央@RioHamada