新井浩文被告人への実刑判決で「安心」してはいけない。弁護士が解説する、路線変更と残された課題

「画期的」との声もあがった元俳優・新井浩文被告人に関する強制性交等罪の東京地裁の判決について、らめーん弁護士が解説する。
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派遣型マッサージ店の女性従業員に性的暴行を加えたとして、強制性交等罪で起訴された俳優・新井浩文被告人の事件は、東京地裁で12月2日、懲役5年の実刑判決となった。被告人は即日控訴している

性犯罪被害者側の弁護士として活動しているらめーん(@shouwarame)さんはこの判決をどう見たのか。

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新井浩文被告人に関する強制性交等罪の東京地裁の判決が出た。懲役5年の有罪判決だ。

私は、この事件の第1回公判期日後に、この事件は強制性交等罪の成否に関して、今後に重要な影響を与えると書いた判決は、確かに裁判所の判断の路線変更が見受けられるものとなった。

一方、この判決で、決して性犯罪に関する刑法で見直されるべき課題について、全てが解決したように「安心」してはいけないとも言っておきたい。

その理由について、解説する。 

判決のポイントは?

今回の事件で、弁護側は、暴行はしておらず、性交時に「合意があったと誤信していた」として、一貫して無罪を主張していた。

衣服を脱がすなどの行為は「通常の性行為に伴うこと」として、被告人の行為は同罪の「暴行」には当たらないと主張。また、体格差は「一般的な男女の差」で、性交後に女性が被告人とのやりとりに応じていることから、「直前に反抗を著しく困難にすると思われるような暴行を受けたと評価することはできない」などと訴えていた。

この事件のポイントは、(1)被告人は被害者に、強制性交等罪における「暴行」を加えたか。(2)被告人が、性交について被害者の同意があると誤信したと主張しているが「故意」を認めてよいのか、の2点である。

では、この2点について、裁判所は、どのように判断したのであろうか。

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新井浩文被告
時事通信社

「被害者の抵抗を著しく困難にする程度」の基準が下がった

判例上、(1)強制性交等罪における「暴行脅迫」は、被害者の抵抗を著しく困難にする程度でなければならない。

この事件において、被告人が行ったのは、ズボンとパンツを脱がす、Tシャツをめくり上げ、ブラジャーをずり下げて、直接胸をなめる、陰部を手指で触る、キスをしようとする、素股をさせようとし、被害者が被告人の身体から離れようと立ち上がろうとすると、足又は腰をつかんで、頭を両手でつかんで陰茎の方に引っ張り、口の近くに陰茎を押し当てるなどである。

これらは、従前の裁判では、大筋で「通常の性行為に付随する行為」と捉えられてきた。

このうち、頭を両手でつかんで陰茎の方に引っ張り、口の近くに陰茎を押し当てる行為は、無理矢理やらせている感じがあり、「通常の性行為に付随する行為」ではないと思うかもしれない。

しかし、実際には、「口淫してもらう際に頭に手を添えました。興奮していたので、力が入りすぎたかもしれません」と弁解された場合、行為の外形上、通常の性行為に付随する行為と区別がつきにくく、「暴行」扱いしてもらえないことが多かったようだ。

しかし、今回、裁判所は、以上の行為に加えて、部屋が真っ暗だった、被告人と被害者との体格差、被害者が何度も拒絶感や抵抗を示したのに、被告人が性交に及んだことを、補完事情として挙げた上で、「被害者の抵抗を著しく困難にする程度」であったと認めた。

つまり、今回、裁判所は、従来の判例の「被害者の抵抗を著しく困難にする程度」という枠組みは維持したまま、それに当たる生の具体的事実の強さ・悪さについて、基準を大幅に下げたのである。

なぜこのような認定が可能になったのか。

平成29年7月の刑法改正に対する衆議院参議院の附帯決議の中に、「暴行脅迫」「抗拒不能」の認定について、裁判官に、「性犯罪に直面した被害者の心理等についての研修を行うこと」が盛り込まれた。

今年に入ってから、最高裁は、精神科医の講演録などをまとめた研修資料を全国の裁判所に配布している。

研修資料の内容は公表されていないが、平成29年7月の刑法改正における改正委員が講師をした可能性が高い。

性犯罪に直面した被害者が、ドラマのように叫んで手足をバタバタさせて抵抗することは稀であり、むしろフリーズして固まってしまうことは、性犯罪被害者の心理として常識であり、改正委員の論文にもある。講師は当然話しているであろう。

裁判所は、この研修の内容をもって、被害者に実際に加えられた暴力と、「被害者の抵抗を著しく困難にする程度」の暴力との間に、橋を架けたのだと思われる。

ただ、従来「被害者の抵抗を著しく困難にする程度」の暴行脅迫として、苛烈なものが要求されてきたのは、それなりに意味はあった。

もし加害者が「被害者が同意していると思いました」と弁解しても、「同意していたら、こんなにボコボコにする必要ないだろう」と一蹴することができたのである。

しかし、この件では、「被害者の抵抗を著しく困難にする程度」に当たる具体的事実の強さ・悪さが下がっている。

では、裁判所は、どうやって(2)被告人の故意を認定したのであろうか。

被告人の故意はどのように認定されたのか 

裁判所は、性的なサービスをしない旨の同意書が交わされていたこと、被告人と被害者が、初対面の客とセラピストにすぎないこと、被害者から積極的に性交等を求める行為がなかったことの3点から、被害者の同意があったと被告人が誤信するとは到底考えがたいと述べ、被告人の故意を認定した。

要するに「初対面の客とセラピストは、デフォルトでは性行為の同意がない。同意があったというなら、それを基礎づける特殊事情が必要である」という骨格である。

これは、従来の「暴行脅迫の強度によって、同意がないことを認定する」という流れからの、大きな路線変更である。

以上のとおり、この判決は、(1)暴行脅迫要件、(2)被害者の同意に関する故意の2点につき、従来と大きく路線を変えた。

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イメージ写真(東京地裁)
時事通信社

 むしろ、今までの判断が前時代の遺物だった

この路線変更をどのように評価すべきか。

性暴力に直面した被害者が固まってしまい、ろくに抵抗もできないことは、専門家だけが知っている特殊な知識なのだろうか。もし特殊な知識であれば、精神科医などの専門家証人による立証が必要である。

一番身近な性暴力である痴漢をとってみても、周囲に人が沢山いるにもかかわらず、被害者は声を上げることも、駅員に突き出すこともできず、ただ黙って身体をよじったり、鞄でガードするのみであることが圧倒的である。

これは女性は常識的に知っているだろうから、国民の半分は認識していることになる。そして、男性にも、被害者の気持ちになって考えて理解している人は、かなりいるだろう。控えめにみて、国民の7~8割くらいが持っている感覚ではないか。

この感覚を、強制性交等の被害者に置き換えると、二人きりの状態で、姦淫される恐怖を味わっている中で、激しく抵抗することは不可能であろう。

性暴力に直面した被害者が固まってしまい、ろくに抵抗もできないことは、専門家だけが知っている特殊な知識ではなく、きちんと考えれば、ほとんどの人がわかることなのだ。

このように考えれば、この事件で専門家証人の尋問なく、性犯罪被害者がフリーズすることを前提にしたのも、納得することができる。

また、故意を認定した事情についても、仕事で初対面で会っただけの関係で、性交に同意する方が珍しいと、多くの人が思っているだろう。

つまり、この裁判における判断は、現代の男女の常識的な感覚に近い。むしろ、今までの判断が前時代の遺物だったといえよう。

それでも「暴行脅迫要件」の見直しが必要な理由

性犯罪に関する刑法改正について、いわゆる「3年後見直し」が来年に迫っている。

強制性交等罪の暴行脅迫要件の見直しを求める声も既に上がっている。

この事件の判決だけを見れば、強制性交等罪における暴行脅迫要件は、実質的に緩和されたのだから、法改正は必要ないと思う人もいるかもしれない。

しかし、この事件と同じような暴行を受けて性交されたのに、警察で立件されなかったり、検察で起訴されないケースも多々ある。

判決は、その事案に関する判断なので、いくつかの判決が重ねられるまでは基準がはっきりしない。

判決の基準がわからないからといって今後も、警察が受理せず、検察が起訴しないのでは、前時代に逆戻りである。

また、被告人の側に立場を変えてみると、従来は、警察で受理されることも困難だったケースが突如有罪になるのでは、予見可能性を欠く。

この事件の弁護人が即日控訴したのは、弁護人の立場からすれば、もっともだ。

この事件を離れて俯瞰で国を見た時、どのような行為が犯罪となり、どのような行為が犯罪とならないのかを予測することができないことは、望ましくない。

刑法は、国民が自身の行動を決める基準でもある。

裁判所が個別の事案ごとに基準の内実を変更するのは、性交した人も、された人も、不安なまま長い司法手続の期間を耐えなければならない。

このような事態を避けるには、きちんと国会で議論して、暴行脅迫要件を見直すべきではなかろうか。

らめーん弁護士 プロフィール

2006年司法試験合格。2008年弁護士登録。第一東京弁護士会所属。
第一東京弁護士会犯罪被害者に関する委員会・委員
犯罪被害者支援弁護士フォーラム(略称VSフォーラム)会員
性暴力救援センター東京(SARC東京)運営委員
一般社団法人Spring法律家チーム
著書(共著)
「ケーススタディ 被害者参加制度 損害賠償命令制度」
「犯罪被害者支援実務ハンドブック」