2019年夏、都内のある書店にふらっと遊びに出かけた。
買うものは特に決まっていない。どんな雰囲気なのか、何を置いているのかを偵察しようと思っていただけで、買おうとすら思っていなかった。
しかし、普段はあまり自分の書店では見ることのない本をたくさん目にして興奮してしまい、しかも商品の陳列が異様に綺麗なことに驚いた。すげーすげーと1人で怪しく呟きながら徘徊した。気づくと2冊も手に持ってレジに向かっていた。やってしまった。つい先日大量に本を買ったばかりなのに。でも、しょうがない。これも勉強のためだ、買おう。
最後にこれで心残りはないかな、とレジの前で店全体を見回したときに、まだ見てない通路があったことに気がついた。文庫本コーナーの一角だった。文庫担当として、文庫本コーナーを見ておかないわけにはいかない。そう思って一角に行ったとき、ある本に目がいった。
森博嗣『道なき未知』(ベストセラーズ)
森博嗣。名前はもちろん知っている。デビュー作が『すべてがFになる』だということも知っている。しかし1作も読んだことがない。
ミステリーをはじめ、あれだけ本を出しているにもかかわらず、私の森博嗣デビューがエッセイとは少し変な気持ちだ。
本書は作家・森博嗣の思考と発想のエッセンスが凝縮された1冊だ。「生きづらさ」を「生きやすさ」に変える術を教えてくれる。おかげで僕は前よりも少し生きやすくなった。
かと言って、読む前の自分は特に深刻な生きづらさを感じていたわけでもないのだが、どんな人も読むと必ず心の中にある複雑に絡み合ったモヤモヤみたいなものがスッと消えていく感覚を味わうと思う。とにかく素晴らしい本だった。
もう一度言いたい。とにかく素晴らしかった。
そこで、この本で特に気になった言葉を3つ厳選した。それらを引用しながらこの本の魅力を伝えていきたい。
①「自分の道とは、探すものではなく、築くものだ」(P.16)
この言葉を見たときにハッとした。
今の自分は果たして、道を築けているのだろうか。探してばかりになっていないだろうか。
言葉とは不思議なもので、自分の年齢や立場やそのときの心境によって心に刺さる角度が違ってくる。
あるときはカスリもせずにそのまま地面に落ちていくが、あるときは真正面から刺される。
今この本に出会えたことは、自分にとってすごく大きかった。10代の頃ではカスリもしなかっただろうし、2、3年前でもそこまで深く刺さってはこなかっただろう。今がベストなタイミングだった。
以前の自分は道を探すだとか築くだとか言われても何を言っているのかわからなかったに違いない。
お腹が空くとはどういうことかわからない人は食べ物を食べたいという欲求はおきないだろう。
それと一緒で、人生がどうだとか、自分の道がどうだとか考えもせず、知ろうともしなかった自分は「道」について書かれた文章を理解できなかったと思う。
しかし、いまは理解できるようになった。
人生について考え、自分には何ができるのか、何がやりたいのか、何が好きなのかをこの1年間考えてきた。
すぐに答えが出ずとも毎日考え、これかなと思うものを見つけては試してきた。
これまた不思議なもので、実践していると知識の吸収率が高くなってくる。
満腹のときより空腹のときのほうがご飯をいっぱい食べられるのと同じで、実践により出し尽くした知識を保管するために読む本はいつもより美味しく、いつもより頭に入ってくる。
②「自分の道を見つけ、そこへ挑む姿こそ尊い。他者の顔色ばかりを窺ってばかりでは、道は見つからない」(P.105より一部言葉を変えて引用)
何事においても、挑戦している人はかっこよく見える。
しかし、世の中には失敗を恐れて挑戦しないかっこよくない人が多い。誰だってそりゃ失敗なんかしたくないけど、失敗を受け入れなければ前に進めない。バネが伸びるためには一度縮む必要があるのと同じで、失敗や挫折がなければ成功はない、と思う。
世の中には失敗や挫折を知らずに成功する人もいるのかもしれないけど、残念ながら僕にはその道は残されていない。失敗に失敗を重ねて、最後にやっと成功する道しかない。やるしかない。
③「学ぶことは、頭に情報を入れる行為であり、つまり食べることと同じだけれど、考えるのは、頭を動かすことで、これは運動すること、アウトプットする行為なのだ」(P.116)
面白い。つまり、
学ぶ=食事=インプット
考える=運動=アウトプット
ということか。
たしかに多くの人は、ろくに運動もせず食事ばかりしているかもしれない。
しかし、運動をして頭の空腹感を覚え、適度に学び、適度に考えるサイクルを繰り返していると、だんだんと発想できる頭になっていくと著者は言う。
誰かの面白い案にのるのも悪くない。悪くないが、どうせなら自分で考えたものを自分の手でやっていくほうがはるかに面白いだろう。発想できる柔軟な頭をもちたい。「発想の頭」だとか「問題解決の頭」だとか「ミュージシャンの頭」みたいなものがあって、それをアンパンマンのように一瞬で変えられたら嬉しいのだけど、現実はアニメのようにうまくいかない。人生で初めてアンパンマンになりたいと思った。
最後になるが、本書はあれやこれや悩んでいた自分の心を軽くしてくれた。
力強く背中を叩いて「大丈夫だ!行け!」と後押ししてくれるような本ではなく、知らずのうちに力んでしまっていた筋肉をほぐし、厳しさもあるが仏のような優しさがある言い方で「大丈夫だ。行くんだ」と肩に手を回し共に歩んでくれるかのような心強さがある本だ。
マキャベリの『君主論』のように、綺麗事は言わず現実を直視してものを言うその姿には尊敬の念を抱く。綺麗事だけで変わるほど人は単純ではないことを誰よりも理解し、ときには厳しいことも言うのが、森博嗣の良さなのかもしれない。僕はそこが好きだ。
この本はたしかにいい本だった。控えめに言っても「素晴らしい本」だ。しかし、1年後、3年後の自分には必要なくなっているようしたい。もし、そのときにもこの本がいい本だと思うようなら、多分僕は何も成長してないだろうからだ。
この本をきっかけに、多くの人に道を築くことを始めてほしい。
探してばかりいる人生では何も積み上がらない。
築くこと、挑戦することこそが人生をいい方向に変えてくれる。
連載コラム:本屋さんの「推し本」
本屋さんが好き。
便利なネット書店もいいけれど、本がズラリと並ぶ、あの空間が大好き。
そんな人のために、本好きによる、本好きのための、連載をはじめました。
誰よりも本を熟知している本屋さんが、こっそり胸の内に温めている「コレ!」という一冊を紹介してもらう連載です。
あなたも「#推し本」「#推し本を言いたい」でオススメの本を教えてください。
推し本を紹介するコラムもお待ちしています!宛先:book@huffingtonpost.jp
今週紹介した本
森博嗣『道なき未知』(ベストセラーズ)
今週の「本屋さん」
宮田直樹(みやた・なおき)さん/未来屋書店レイクタウン店(埼玉県越谷市)
どんな本屋さん?
未来屋書店イオンレイクタウン店は、国内最大級のショッピングモール、越谷レイクタウンの専門店街にある本屋さんです。広い店内と見やすいレイアウトで、いつも老若男女のお客さまで賑わっています。見どころは、今回原稿を寄せてくれた新書文庫担当・宮田さんの、思い切った仕掛けの数々。その時々で、おすすめの商品が多面展開されていて、きっと何か面白い本に出会うことができます。
(企画協力:ディスカヴァー・トゥエンティワン 編集:ハフポスト日本版)