完璧な育児なんてない…。『ファザーリング・ジャパン』の安藤哲也さんと語り合う【男の子育て論】

私たちが解散するような未来になれば...それが我々のミッションです。
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(左から)村橋ゴローさん、NPO法人『ファザーリング・ジャパン』代表理事・安藤哲也さん
安藤健二

ハフポスト日本版で育児ブログを執筆しているライターの村橋ゴローさん。

父親支援のNPO『ファザーリング・ジャパン』の代表理事にして、プライベートでも3児の父親でもある安藤哲也さんに突撃インタビューを敢行。

育児ウツの経験があるゴローさんが男性育児の現状や、親としてあるべき姿、父親として子どもにできることなど、男性が育児に携わる上で気になることをパパ先(パパの先輩)・安藤さんにぶつけました。

――僕は5年前、42歳のとき男児の父親になりました。乳幼児のころから、育児参加してきました。安藤さんが育児参加をはじめた、きっかけはなんだったのですか?

安藤 21年前、35歳のときに父親になったことがきっかけです。当時は、25歳で独身だと「早くお前も結婚して一人前になれ!」という時代の空気がありましたから、世の中的には35歳でパパというのはずいぶんと遅いデビューでした。妻も会社員をしていて「出産しても働きたい」と言っていたんです。

当時はそういう考えを持った女性は少数だったと思いますが、僕は「じゃあ応援するよ」と言いました。とはいえ、両実家は遠く離れていて、サポートはない。だから、僕が子育てに参加するしかありませんでした。やりたくてスタートしたというよりは、必要に迫られて、というのが正直なところです。

――そんなネガティブなスタートだったんですね。意外でした。

安藤 でも実際に子育てを始めてみたら、妻の負担を減らすことができるし、家族のためになっていると思いました。それに男性も子育てに参加したほうが人生が豊かになるんじゃないか? そう感じたんです。「じゃあ、やってみよう」。そこがスタートです。

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村橋ゴローさん
HuffPost Japan

――どんなふうに育児協力したのですか?

安藤 妻が妊娠7カ月の時に、お腹の赤ちゃんが女の子であることがわかったんです。自分は男兄弟しかいなかったし、女の子が産まれてもどう遊んでいいかわからない。当時僕は書店の店長を務めていたので、絵本の読み書き聞かせをするのはどうだろうと考えました。

――確かに、絵本は数冊、絶対に必要ですからね。

安藤 産まれる前に100冊買ってました。

――ひゃっ、100冊!

安藤 書店という仕事柄、安く仕入れられるので(笑)。そうやって選んだ絵本を、生後半年のころから読み聞かせをしたら、娘が笑ってくれましてね。それが嬉しくて、すっかり絵本にハマっちゃって。以来、小学校1年の夏休みまでほぼ毎日2冊ずつ、たぶん延べ6000冊ぐらい読んだじゃないかな。

――そんなに! 僕なんて、読み聞かせしている途中で、ちょっと面倒だなと思ってしまうと「○○しましたとさ、おしまい!」って本を閉じちゃいますから、もうレベルが違いすぎる……。育児中、失敗したなと感じたことがはありましたか?

安藤 そんなの、しょっちゅうでしたよ。ウチは子供が3人いるんですが、1人目は本当に大変でした。赤ちゃんという、これまでの人生の中で触れたことがない「得体の知れないモノ」に接している感覚があって、常に試行錯誤。4歳ぐらいまでは毎日グズりますから、ときにはイライラしてしまうこともあったし。

――安藤さんでも、子どもにイラつくことがあったんですか!?

安藤 最初のころはイライラして、怒鳴ったこともありましたよ。でも、保育園へ送っていくのは僕の役目だったので、その時に保育士さんに相談したり、連絡ノートに自分の迷いや悩みを書いて、アドバイスを返してもらったりしていましたね。当時はまだ、イクメンなんて言葉はもちろんなくて、育児に参加している父親が少なかったから、相談できるパパ友もいませんでした。だから保育士さんが、僕を父親として育ててくれたという思いはありますね。

ーー相談できる相手がいたからいたからこそ、乗り越えられたんですね。

僕はそんなふうに人に相談したり、助けを求めたりすることができるタイプなので、良かったのだと思います。子育てでイライラするのはきっとパパもママも一緒だけど、男性は悩みを抱え込んでしまう人が多いんですよね。

――僕がまさにそうでした。育児と仕事のイライラが止まらず、かといって誰かに相談するという発想すらなかった。結果、育児ウツになってしまったんです。今、子育てに悩んでいるパパやママにアドバイスを送るとしたら?

安藤 完璧な育児なんてないですよ。ちょっと失敗したかな、と思っても、気持ち7がけぐらいで日々、やり過ごすくらいでいいのではないでしょうか。致命傷になるようなことでなければ、子どもは意外と丈夫です。それくらい少し気楽に、子育てと向き合ってみては? と思いますね。

それでも深く悩んでいるのであれば、誰かに相談すること。できれば同じ境遇にいる人がいいですね。しかも同じパパなら、同じような悩みを抱えていることがありますから。

パパ友・ママ友を作り、ときには休んで、ときにはお互いのやり方を学び合っていくことで、気持ちがだいぶラクになると思いますよ。

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安藤哲也さん
安藤健二

――安藤さんが立ち上げた、NPO団体『ファザーリング・ジャパン』は、まさにそういうパパ達のための活動をしているんですよね? 設立された、そもそものきっかけは?

安藤 子育てをしながら、自分のなかにモヤモヤする思いがずっとあったことが大きな理由です。

僕が子育てをはじめた20年前は、駅やデパートの男性トイレに、オムツの交換台などの設備がありませんでした。娘とふたりで出かければ、オムツを替えなきゃいけなくなることも当然起きます。でも、男子トイレにオムツの交換台がなかったから、仕方なく個室の便器のフタを閉めて、その上に寝かせて替えるしかありません。ところが、子どもは大人しくオムツを替えさせてくれませんから、1度、娘を便器のフタのところから落としそうになってしまって…。

なんとかキャッチして事なきを得ましたが、ふと見たら、手がウンコだらけ。「なんじゃこりゃ~!」と松田優作ばりに叫びましたよ(笑)。

――イクメン刑事、トイレで殉職(笑)。

安藤 娘はギャン泣きだし、自分はウンチまみれだし、絶望的な気分になったのをよく覚えています。そのとき、どうして公共の施設には父親が育児をする前提で設備が整えられていないんだろうと、違和感を覚えたんです。

さらには、子どもが2人立て続けに病気になったときのこと。2人とも看病するとなると、月に8日ほど休まなくてはいけない事態になりました。妻が会社の上司から「子どものいる人って戦力にならないね」とはっきりと言われたんです。

女性が子育てしながら働いていると、僕の妻のように会社で心ない言葉を投げつけられた時代です。「女性活躍」といった言葉や概念もなかった。

ーーひどいですね……。 

安藤 今の時代、こんなこと言ったら大炎上するでしょう。でも当時はそういう時代で、出産すると多くの女性はキャリアを諦めていた。

上司に言われた言葉を妻から聞いて、それはおかしいよなと感じました。だから、「もし今度子供が病気になったら僕が休むよ」と言ったんです。そしてその後、子供が病気になったとき、会社に「子どもの看護で休みます」と連絡したところ、男性の上司に、「それって奥さんがやればいいんじゃないの?」って言われて。日本の会社って、どうして父親の育児参加にこんなに不寛容なんだろう、と疑問に思いました。

そういったモヤモヤした気持ちを、1997年に父親になってから、ずっと抱えていたんです。男性の稼ぎ手モデルがまだ根強くて、長時間労働が常態化していたり、父親が職場で育休を取ったりすることはかなりハードルが高い。そのせいか、周囲では、「子どもが全然なついてくれない」とか、「週末だけ帰ってお風呂に入れようとしても、『ママがいい』って子どもに拒否された」といった話もたくさんのパパから聞いていました。そんな様々な要因が重なって、日本でも父親への教育や支援が必要だと思うに至ったのです。

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(手前)村橋ゴローさん、(奥)『ファザーリング・ジャパン』代表理事・安藤哲也さん
HuffPost Japan

――それで『ファザーリング・ジャパン』を作られたわけですね。

安藤 今の時代は、男性が結婚して父親になったとき、「育児をしない」という選択肢は、ないと思います。なぜなら「子育てをしない」なんて言ったら、イマドキの20~30代女子は結婚してくれないでしょう?

そういう意味では、僕がパパデビューしたばかりの頃に比べたら、男性の育児参加はだいぶ進んだと思います。でもまだ地域によって男性の育児参加の度合いに違いがあって。まだまだ「自分は稼いでさえいれば、いいんだ」「家事育児は嫁がやればいいんだ」と言っている人たちがいっぱいいるのも、残念ながら事実なんです。

『ファザーリング・ジャパン』がやるべきことはまだまだあると思っています。

ーーその「やるべきこと」とは? 

安藤 実は、『ファザーリング・ジャパン』立ち上げ準備のために、同じような活動をしている団体が海外にないかと調べたことがあったんです。するとカナダにあることがわかった。でも今、そのカナダの団体はないんですよ。トロントではたしか今では男性の育休取得がかなり普及して、その団体は解散。つまり、その団体の活動がカナダでは不必要になったということですね。つまり、「ファザーリング・ジャパン」のミッションは、解散することだと考えています。

「自分は稼いでさえいれば、いいんだ」「家事育児は嫁がやればいいんだ」と考えている人がいなくなり、「イクメン」という言葉が死語になる。そして男性の育児参加があたり前な社会を作り、解散する。それが僕らのゴールなんです。活動14年目になりましたが、あと10年ぐらいで、カタをつけたいと考えています。

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男の育児が完全マイノリティだった15年前。安藤さんはそんな時代と戦い、『ファザーリング・ジャパン』を立ち上げ時代を動かした。安藤さんのような先輩たちが、そうやって社会を少しずつ変えてくれたから、僕は「男の育児」という選択肢をチョイスできた。安藤さんと同時代にパパになっていたら、今の自分の肩書、「ワンオペパパ」「兼業主夫」を名乗ってはいなかったかもしれない。

僕は今、偉そうに育児ブログなど書いてますが、安藤さんの話を聞いて先人の存在を痛感し、感謝した。

(編集:榊原すずみ @_suzumi_s