名古屋市などで開催中の国際芸術祭・あいちトリエンナーレで展示が中止された「表現の不自由展・その後」をめぐり、東京都千代田区の日本外国特派員協会で9月2日、津田大介芸術監督と不自由展実行委員会のメンバーが別々に記者会見した。
津田さんは、再開には警備体制の強化や検証委員会の中間報告など5つのハードルがあるとしたうえで、「ハードルをクリアして会期中の再開を目指したいとは思ってはいるが、今は明言はできない」と話し、実行委員会側との間に認識の齟齬(そご)があるとの考えを示した。
津田さんの会見、実行委も会場に着席
津田さんの会見は午前12時半に始まった。津田さんの会見終了の30分後に予定されていた「表現の不自由展・その後」の実行委員会のメンバー3人も、津田さんの会見を同じ会場で聞いていた。
津田さんは、「2015年に開かれた『表現の不自由展』に一観客として訪れ、強い感銘を受けた」と説明。芸術監督として関わることになった今回のあいちトリエンナーレで『表現の不自由展』を実施したいと考え、2018年5月のキュレーターたちとの会議で提案し、2019年1月から具体的に実現に向けた話が進み始めたという。
7月31日の内覧会を前に、同日付の朝刊で展示内容が明らかになると、内覧会後のレセプションで予定されていた文化庁の来賓スピーチが理由不明のままキャンセルになったという。
レセプションに参加した河村市長は地元中日ドラゴンズの応援ソング「燃えよドラゴン」を歌うなどご機嫌だったが、8月2日には企画展を訪れ、展示を即刻中止するよう求めて抗議した。事務局や協賛企業への抗議電話も殺到した。
ただ、津田さんは「政治の圧力が中止の原因ではない」と否定。抗議電話に対応した職員からは8月2日早朝の時点で「もう限界だ」との声が上がっていたとして、「組織が機能停止したこと」などが企画展中止の理由だと強調した。
日韓関係の急速な悪化「予想外だった」
会見で、津田さんは「事前準備をやっていなかったわけではない」と、警察や弁護士との事前協議や電話回線の増強などの対策を取っていたと説明したうえで、「予想外の出来事がたくさん起きた」と釈明した。
「予想外の出来事というのは3つあります。一つは、日韓関係の急速な悪化。二つ目は補助金に言及しながら官房長官の発言。正直僕は驚きました。もっとも予想できなかったのは、トリエンナーレ開催の2週間前に京都アニメーションの事件が起きたこと。そして、あの事件に触れながらの電話抗議やFAX。リアリティが大きく、職員を追い詰めてしまった。これはまったく予想できませんでした」
「双方向のやり取りがあったと認識している」
会見では「同じ日に、同じテーマで別々に会見するのはなぜか」との質問が上がった。
津田さんは「僕は同席しての記者会見を望んだが、(実行委員会のメンバーから)同席を断られているということです」と明かし、実行委員会との間に企画展中止をめぐって認識に齟齬があるとの見方を示した。
津田さんによると、8月2日の夜に大村知事が企画展中止を一度は決定したという。津田さんから実行委に伝えたが、実行委側が「納得ができない」と回答。津田さんが間に入り、大村知事に中止の決定をいったん白紙に戻してもらったうえで、3日の様子を見ようという判断になったという。
津田さんは3日の状況について以下のように説明し、「実行委員会は“一方的な通告”と思うかもしれないが、僕は協議も含めた双方向のやり取りがあったと認識している」と主張した。
「協賛企業からは『協賛を降りたい』という連絡もあり、トリエンナーレが崩壊しそうな状況があった。不自由展の方は展示場所で、僕は事務局で対応に当たっていた。現場の混乱、事務局の方で何が起きたかは、グループチャットを使って共有していた」
「3日午後2時半、『やはり今日で締めよう』と知事から連絡がきた。実行委からは『中止ではなく、一時中断にできないか』と要望をもらって、知事に伝えた。そのうえで、知事は『しかしこれは一時中断ではなく、いったん中止にしないと円滑な運営が回復できない』ということで、僕もそれを了承しました」
だが、津田さんの説明を受け、会見場にいた岡本さんは司会者から発言を求められ、「これまでは8割方、大村知事や津田監督の言い分が報道されている。報道の方々も、両方の会見を聞いて、公平に記事を書いていただければと願っています」と訴えた。
「僕自身が見たかった」 再開目指したい考え示すも…
「表現の不自由展・その後」は3日に中止された後にも、トリエンナーレに出展している海外作家などが不自由展に連帯の意思を示し、自分たちの展示内容を変更したり中止したりしている。
津田さんは「組織で抗議をしようという痕跡が見られる」と指摘。展示の再開については、会場の警備体制の強化や検証委員会の中間報告などのハードルをクリアしなくてはいけないと指摘。不自由展の再開について、このように述べた。
「僕自身は実行委の方々と協議を始めたいと思っている。そして、不自由展以外にもトリエンナーレに参加している作家、愛知県民、その他有識者を含めたオープンなディスカッションの場が複数必要だと思っている。これらを経て次の段階に進むことになるが、僕の一存で決めることも僕の立場で明言することもできない」
「ただ、もともと僕はこの企画展をパブリックセクターでやることに大きな意味があると思っていた。僕自身が、あいちトリエンナーレでこの企画展を75日間見たかったので、3日で終わったという結果には全く納得していない。その意味では、きちんとハードルをクリアして、会期中の再開を目指したいとは思っています。ただ、僕が今それ(再開予定)を明言することができません」
外国メディアはどう見る?「韓国でも同じことが起きるかも」
津田さんと実行委員会の会見には、海外メディアも参加した。
韓国メディアの東京特派員の記者は「政治的な圧力だし、事実上の検閲だと思う」との問題意識は示したが、「もし韓国で旭日旗などをモチーフにした作品をアートとして展示されることがあれば、同じことが起きるかもしれない」と語った。
ドイツ新聞の記者も「表現の自由に関する問題は、ドイツでも大きなイシューです。第二次大戦中のナチス政権の問題を抱えているからです。今回の展示についてですが、表現の自由があるはずの日本で、なぜこのような展示への妨害が起きたのか。とても困惑しています」と話していた。