ネットの炎上やヘイトと戦いたい。スウェーデンから世界に広がるムーブメント「#JagÄrHär」に迫ってみた。

誰かの意見を変えたいと言うよりも、自分の意見が言える環境を作り上げたい。それが私たちのミッションだと思います。

ヘイトが助長されたり、対立が煽られたりしがちなSNS上のコメント欄をポジティブな方向に導くため、地道なアクションを続けているコミュニティがあります。スウェーデンの #JagÄrHär (ヨーエーヘール/ 私はここにいます)。75,000人のメンバーが所属するこのグループは、愛情たっぷりのコミュニケーションでオンライン上の会話を変えようとしています。

2016年に設立された#JagÄrHärのメンバーたちは、毎日SNSの投稿欄を見ていて、心ない非難や根拠のないフェイクニュースを見つければ、グループのメンバーに“出動”を呼び掛けます。

方法はシンプル。優先的に表示させたいコメントに、みんなで「いいね」をしたり、返信をつけたりすることで、上位表示を目指します。その際に目印になるのが「#JagÄrHär」のハッシュタグです。 

こうした地道な取り組みは、どうやって運営されているのか?世界的に問題になっているネット炎上とヘイトに私たちは、どう向き合ったら良いのか?

グループの発起人のミーナ・デンネットさんに聞きました。

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#JagÄrHär (私はここにいます) 発起人・ミーナ・デンネットさん
Jonatan Fernström

一人でヘイトと戦い始める

 ——どうして#JagÄrHärを始めようと思ったんですか?

2014年か15年ごろから、ネットでヘイトを吐く人が増えたと感じたのがきっかけです。特に中東とアフリカ出身の移民に対する差別的な発言が多くなりました。ムスリムのヒジャブを禁止したいとか、モスクの礼拝呼びかけを禁止したいなどと書き込むんですね。実際、スウェーデンにモスクはほとんどないのに…。こうした振る舞いは、人種差別的な思想をむやみに広げていると感じています。

また、女性や同性愛者も攻撃の対象です。 

私はジャーナリストで、女性で、中東生まれなので、直接自分に影響する問題として受け止めました。 

当時は、ネットでヘイトを見かけても、誰かが声を上げるような状況ではなかったので、私は一人で活動を始めました。最初は自分のSNS上で、差別的な内容やフェイクニュースを広める人がいたらブロックしていましたが、そのうちに直接コミュニケーションをとってみるようにしました。例えば、移民に関わる費用の統計を偽造して、多く見せかけたり、移民に対する差別意識を広げようとしたりするフェイクニュースが多かったです。 

私が直接アプローチした人々の中には、こうしたフェイクニュースを信じてしまって、不安を抱えている人もいました。「この情報の出典はどこですか?」「どうして統計局のサイトよりもこの出典不明なものを信じているんですか?」などと聞いていく過程の中で、彼らの不安が伝わってきたんです。

こうしたことを続けるうちに、自分の周りにも似たようなことを感じていたり、実践したりしている人がいるのではと思いました。それで友達に声をかけて、グループを作ってみたんです。最初は2、3人で色々なコメント欄を見て回り、知らない人に話しかけていました。ヘイトを書き込んでいる人は私たちの数百倍もいましたので、その中から仲間の投稿を見つけやすくするために、ハッシュタグを作って、お互いをサポートし始めました。

——#JagÄrHär」は今どんな活動していますか?

今は14カ国にFacebookグループが存在しています。スウェーデンでは7万5000人のメンバーがいます。メンバーの一人が、問題が多い投稿欄を見つけたら、それをグループで知らせます。

一般的に、シェアされている記事自体はポジティブな内容のものが多いんです。家に移民を受け入れた人についての記事や、グレタ・トゥーンベリさん(学校ストライキを呼びかけるスウェーデンの16歳の気候変動問題の活動家。)の活動を伝える記事など、前向きな取り組みを伝えているものが多い。でも、問題はコメント欄の方なんです。こうした記事にヘイトコメントが殺到することがよくあります。

こうした投稿欄を見つけたら、メンバーたちが複数人で一緒に入っていって、建設的な書き込みをします。これをKärleksbombning(愛の爆弾)と呼んでいます。

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Facebookグループ内の呼びかけ1
ミーナ・デンネットさん提供

#JagÄrHärのルール

上記のリンクで、自分のコメントを書いてください。他のメンバーのコメントにも「いいね」したり、応援するコメントを書くなどして、上位に上げましょう。どんな参加でも歓迎です。

ネットの風潮を変えるためには、このグループ内ではなく、リンク先の投稿欄でコメントしてください。ヘイトを食い止めて、お互いの意見を汲み取る会話を生み出しましょう。

思ったことをそのまま書いてください。ルールはただ一つ、私たちは偏見、ヘイト、伝聞を広めません。人を蔑みません。言葉を選んで、リスペクトと対話を重視するのを見せます。

ヘイトへのリプライよりも、新しいコメントとして書いてください。ヘイトに反論する内容でも、自立したコメントとして書いてください。そうでないと他のメンバーの投稿が見つかりませんし、「いいね」を集めても上位に上がりにくいです。

頑張りましょう。

共同アクション

改めて、グレタ・トゥーンベリの活動に関する投稿欄でアクションが必要です。グレタが1年留年すると言っているという記事です。投稿欄はすぐにヘイトと冷やかしと嫌がらせのコメントであふれています。建設的かつ前向きな対話を生み出しましょう。

ヘイトへのリプライよりも、新しいコメントとして書き込んでください。ヘイトに反論する内容でも、自立したコメントとして書いてください。そうでないと他のメンバーの投稿が見つかりませんし、「いいね」を集めても上位に上がりにくいです。

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Facebookにシェアされた記事に対する投稿欄のコメント
ミーナ・デンネットさん提供

記事の見出し:「学校をストライキしていた気候変動活動家のグレタ・トゥーンベリは、休学し、アメリカで気候変動に関する活動を続ける。」

 コメント欄

「素晴らしい!グレタさんは若いのに賢い!

寡欲な活動で世の中を良くしようとしてくれて、本当にありがたい! #jagärhär」

「気候変動活動家なんて素晴らしい肩書きだね!

きっとこれから素晴らしい将来が待っているに違いない。

みんなで応援しているよ! #jagärhär」

——ヘイトを発見した時に、「#JagÄrHär」のFacebookグループに投稿することは、どんな利点がありますか?

「トロル(ネット荒らし)」たちはグループで攻撃をするので、私ひとりで活動している時には、自分のコメントを見てくれる人はほとんどいない状況でした。今はグループでパトロールし、お互いをサポートすることによって、自分の意見がより言いやすくなったし届きやすくなったと思います。 

SNSというのは話し合いをするのが難しい場所です。文章が短いので、相手が皮肉っているかどうかもよく分かりません。相手が何を言おうとしているか確かめるのが重要です。

そこで私たちはあるルールを決めています。それは、相手の意見を推測しないということ。そして、証明可能なファクトで相手に対抗することです。

——どうしてスウェーデンでヘイトが広がっているんですか?

自称オルタナティブ・メディア(新興メディア)が非常に多く、彼らが勢力を拡大している点が挙げられます。様々な理由があるのでしょうが、過激なことを書いてPVを稼ぎたいなどの経済的な理由もあるのでしょう。また、ブロガーとして生計を立てている人がより極端な発言で利益をあげることもありますね。

2018年に実施されたスウェーデン総選挙の前にSNSでシェアされたニュース記事を対象にした調査によれば、3分の1のニュースはフェイクでした。研究者たちはこのニュースのことをジャンクニュースと呼んでいますが本当に信じられない数ですよね。

国内に、ニュースに対するリテラシーが低い層が一定数存在しているんです。子どもの頃、家庭で新聞の購読もしなかったし、両親とテレビのニュースも見なかったというような人たちです。彼らは当然、ニュースにお金を払う習慣もなく、無料のフェイクニュースに影響されやすいと見られます。特に選挙前に様々な情報があり過ぎて、何を信じれば良いか分からなくなる人がいるのでしょう。

組織化されたトロルグループもあります。数百のフェイクアカウントを使って、グループで攻撃する仕組みです。Facebook上で代表的な「ヘイトグループ」には十万人以上が参加して、毎日数千のヘイト投稿があります。移民が起こした事件を取り扱った記事を大げさに取り上げたり、政治家を蔑むミームを作ったり、挑発的なアンケートを行ったりします。さらに悪いことに、警察もSNSプラットフォームも傍観している状況です。

——こうした状況はスウェーデン社会にどんな影響を与えていると思いますか?

政治家が短絡的な政策に追い込まれることもあるでしょうし、個人のレベルでも大きく影響されている人たちがいると思います。

 移民の受け入れを積極的に支持している評論家や有名なフェミニストが攻撃され続け、最終的に耐えられなくなって、発言する勇気を失っているケースがたくさんあります。トロルグループの思うつぼですよね。結果的に、辞任する政治家もいますし、取材テーマを避けるジャーナリストもいます。

私たちのところに、毎週のようにジャーナリストや政治家から連絡が来ます。「ヘイトが多過ぎて、辛い。あなた達がいるから、私は頑張れる。#JagÄrHärの応援で、自分が思ったことを言う勇気をもらっている」と言ってくれたりします。

——活動はどんな風に受け止められていると感じていますか?

全般的に言えば、受け入れてもらっていると思います。

ただ、トロルグループと、いわゆるオルタナティブ・メディアに関しては、もちろん私たちの活動に反対しています。総選挙の約一年前、2017年の9月から攻撃を受け始めました。毎日のように新しい嘘が書き込まれました。私の父親が武器商人だとか、ジョージ・ソロス(欧米の右翼が攻撃の対象としているハンガリー生まれの億万長者)からお金をもらっているとか、SVT(スウェーデンの公営放送局)がバックについているとか…。すべてデタラメでした。

あるいは私のグループに入って、いじめられているようなふりをするコメントもありました。とにかく、嫌がらせばかりでした。

こうした根拠のない書き込みを元に、直接関わっていないブロガーも私たちを批判し始めました。右派の政治家から、本物のナチズム信奉者まで、嘘をばら撒いて、信じた人たちが怒りはじめるということも起きました。その後、犯罪予告がくるようになりました。元々のトロルグループと関係ない人からの脅迫もあったと思います。あまりにも攻撃的でしたので、警察が私の家に見張りにきました。1万人のメンバーの個人情報をネットで晒されたり、父親の家のポストに、銃の実弾を入れられたり、隣の人に連絡してきたりしました。

これが約9ヵ月続きました。今は少し落ち着いてきましたが…。

——活動し始めてから約3年ですが、何が大きく変わったのでしょうか。

似たような活動しているグループが現れはじめましたね。

私たちがやろうとしていることは、皆が自分の意見を言うように促しているだけのこと。ごく当たり前のことだと思っています。

誤解を恐れずにいうと、私たちのやり方はある意味で、トロルグループと共通しているんです。協力してたくさんの書き込みをすることでコメント欄の風潮変化を目指す、ということです。

ドイツの#JagÄrHärグループなどが、自分たちの活動が投稿欄にどんな影響を与えているか、調査を行ったことがあります。そこで分かったのは、グループのメンバーたちがコメント欄に入っていくことで、グループに入っていない人の表現も変わってくるということでした。

そもそも私は、SNSは会話をするのにとても良い場だと信じています。政治に関しても、とても自分のタメになるやりとりをした経験もあります。SNSのコメント欄は皆叫び散らかしているイメージが強いですが、必ずしもそうではない、ということも(自分たちの活動は)証明できていると思います。

結局、誰かの意見を変えたいと言うよりも、自分の意見が言える環境を作り上げたい。それが私たちのミッションだと思います。

(文:クリス クランツ @kris_desu / 編集:南 麻理江 @scmariesc