「お母さんも、自分らしい生活を」。医療的ケア児の親の願い、実現するサービスが誕生した。

日常生活に医療が必要となる「医療的ケア児」。子どもと家族をサポートする新事業をフローレンスが始める。
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Yuriko Izutani / HuffPost Japan

都内に住む金澤裕香さん(32)の娘、菜生さん(5)は、重度の障害がある子だ。

数十分おきにたんの吸引が必要になり、口から食事もできないため、直接胃に栄養を送る「胃ろう」も設けている。日常生活に医療が必要となる菜生さんのような子は、「医療的ケア児」と呼ばれている。

 

24時間緊張状態を強いられる「医療的ケア児」の看護

生後3カ月から入退院を繰り返し、今は自宅で生活している菜生さん。一度は「筋ジストロフィー」と診断されたこともあるが、その後に撤回され、病名は今もわかっていない。

主に看護・介護を担当するのは裕香さんだ。出産前は、都内で製薬会社の会社員をしていたが退職した。産休・育休を経て、通常通り復職するつもりだった裕香さんの生活は、一変した。

入院期間は約3年間。付き添いとして裕香さんも病院で寝泊まりした。子ども用の小さなベッドで、身体を折りたたんで寝る日々が続いた。 

3歳でようやく自宅に戻れることになった。しかし、今度は気が休まるのは訪問看護師が来る間だけとなった。利用できるのは一日たった90分間。簡単に出かけることもできず、ほとんどの時間は自宅で菜生さんと2人っきりの生活となった。

その間も24時間、1時間に2〜3回の医療ケアを続けなければならない。自分の時間はほとんど取れないどころか、連続で眠れるのは2時間程度という日々がずっと続いている。

 「病気をきっかけに仕事を辞めて介護に専念しましたが、社会に復帰したい思いがずっとありました。離れて私が少しでも休める時間が得られるようなサポートが必要だと長年強く思っていました」。

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Yuriko Izutani / HuffPost Japan

 

専門の看護師によるシッター事業

NPO法人フローレンスは、医療的ケア児専門の看護師による日本初のシッター事業「ナンシー」を9月1日から始めると発表した。

菜生さんのような医療的ケア児は医療技術の高度化で増え、国内で1万8000人を超えている。一方で、公的な支援は追いついておらず、保護者のうち母親のほとんどが仕事を辞め、24時間つきっきりで看護・介護にあたっているという現状がある。

自宅をヘルパーが訪れる重度訪問介護のサービスは15歳以上が対象。障害児の通所施設はあるが、医療的ケア児を受け入れられる施設は少ないからだ。

そこで、フローレンスでは2014年から医療的ケア児のための保育所を、2015年からは訪問保育を運営している。それぞれ全国初の取り組みだった。

菜生さんも約一年前からこの訪問保育を利用するようになり、裕香さんは現在は「1日8時間、週5日間」外出できるようになっている。念願の仕事も再開できた。

また、人と関わる時間を持つことで菜生さんの発達や成長にもつながったという。

一方で、問題が全て解決されたわけではなかった。菜生さんは来年には小学生になるからだ。

保育所や訪問保育は就学年齢まで(6歳以下)が対象。小学校以上の特別支援学級も、医療的ケア児は親の付き添いが必要になる場合が多いという。

「せっかくスタートした仕事ですが、続けるのが難しくなります。社会から閉ざされて再び寂しい生活を送ることになるのではと心配していました」。

フローレンスが始める新しい事業は、東京23区内に住む0〜18歳までの児童が対象。保育を卒業した後の医療的ケア児やその家族の問題にも対応できるものだ。

「ナンシー」では、訪問看護や児童発達支援など公的な支援制度を組み合わせることによって、月4600円(年収500万円の家庭の場合)の上限で医療ケアができるシッターの派遣を利用できるという。受けられるサービスは住まいの自治体によって違うが、標準的には週に2回、3〜4時間の利用が可能だという。 

「1日3〜4時間でも、医療的ケア児の家族にとっては本当に貴重な時間です。長く続く生活の中でも、少しでもお母さんたちが仕事をしたり自分らしい生活を送れるような社会になるように、期待したい」。裕香さんは事業発表の記者会見に同席し、こう力を込めた。

 

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Yuriko Izutani / HuffPost Japan

 

この事業のためにフローレンスでは看護師を4人雇用。さらに採用をすすめ、サービスが受けられる家庭を今年度中に30世帯程度まで増やしたいという。

フローレンス代表理事の駒崎弘樹さんは「難しい事業になるが、チャレンジをすることで、医療的ケア児をめぐる状況に蟻の一穴を明けたい」と話している。また、意欲のある看護師にもぜひ応募してほしいと呼びかけた。

 

個人を含む4者が寄付 

事業資金の一部について、4者らの寄付を得てこの事業が実現した。記者会見では4者それぞれが思いを語った。

【関連記事】「娘の死産で…」「挑戦を応援する社会に」。医療的ケア児の事業に寄付をした企業と個人、それぞれの思い。

・合同会社西友

・一般財団法人村上財団

・佐俣アンリ(ANRI代表パートナー)

・松本恭攝(ラクスル代表取締役社長CEO)