お布団の魔力に抗えないのは人間だけではないらしい。
インド・アッサム州で7月18日、民家のベッドにとんでもないお客様が来た。
自宅の隣で商店を経営しているモティラルさんは、18日朝に自宅に帰った。すると、自分のベッドの上に、のしのしと歩いてくる大きなトラを目撃してしまったのだ。
このトラはずいぶん疲れていたようで、周囲のことを気にもせずスヤスヤとお昼寝を満喫していた。居直り強盗よりも恐ろしい。
突然の出来事で面を食らったモティラルさん。家族と一緒に一目散に家から逃げ出したものの、疲れたトラを休ませてあげたいと、騒ぎを起こすことはなかった。
そしてトラをどうすれば安全にジャングルに帰してあげられるだろうか、と考えた。
トラはどうやら、家の近くのカジランガ国立公園からやってきたようだった。この国立公園には、現在110頭のトラが生息しているという。
彼はすぐに野生動物の保護団体「ワイルドライフ・トラスト・インディア」(WTI)に連絡。WTIはトラが休んでいる間に、元居た場所へ帰れるよう、道の確保に奔走した。
朝から夕方までぐっすり寝ていったトラ
トラがモティラルさんの家に訪ねてきた日の朝、カジランガ国立公園から200メートルほど離れた高速道路上で、似たようなトラが目撃されていた。
車の往来が激しく、落ち着ける場所を求めて近くの民家に入ったとみられる。
WTIのスタッフはBBCの取材に対し「誰もこのトラの邪魔をせず、ゆっくり休ませてあげたことがとても素晴らしかったです。この地域では、野生生物をとても尊重している特有の気風があるからです」「このトラは疲れ切っていて、1日ぐっすり寝ていたよ」と語った。
その後、WTIはカジランガ国立公園までの道のりを確保するために高速道路を一時封鎖した。
そして、周囲が暗くなる前、夕方5時ごろに爆竹でトラを起こした。
目覚まし時計代わりの爆竹の音にトラは起き上がり、ゆうゆうと高速道路を渡って、誘導された道順に森の方向へ向かっていったという。
北東インドを襲った洪水で疲れ切っていた動物たち
実はこのトラが民家に入ってしまったのは、深いわけがあった。
7月に入ってから、モンスーンの豪雨により大規模な洪水が発生し、北東インドを中心とした南アジアで大規模な被害が出ている。
このトラも、洪水で住処を追われ、民家近くまで迷い込んできてしまったのだ。連日の豪雨で、休めていなかったのか、トラはとても憔悴した様子だったという。
アッサム州の近隣地域では、ブラマプトラ川を含む11本の川が氾濫。洪水により多くの地域が隔絶されてしまっている。
アッサム州とビハール州では死者が100人を超えており、数百万人が家を失っているのだ。
そんななか、ユネスコの世界遺産にも登録されているカジランガ国立公園でも、54匹のシカ、7匹のサイ、6匹のイノシシ、1匹のゾウが命を落としたという。現在のところ、トラの死亡は確認されていないという。
7月16日には、足を滑らせて親のサイとはぐれ、洪水に巻き込まれてしまった赤ちゃんサイも、カジランガ国立公園のスタッフに救出されている。
絶滅の危機にひんしているベンガルトラだが、インドではトラが国獣に指定されており、牛と同じく神聖な生き物として尊ばれている。
モティラルさんは、このトラが寝ていたベッドのシーツと枕を記念にとっておくことにしたという。