7月8日、ジャーナリストの伊藤詩織さんが元TBS記者の山口敬之さんから性暴力を受けたとして慰謝料など1100万円の損害賠償を求めた訴訟の口頭弁論が東京地裁で開かれた。原告、被告それぞれが出廷した。
口頭弁論は、1時間ほどの昼休憩と15分の小休憩を挟み、10時から17時30分頃まで約6時間かけて行われた。
30席の傍聴席に168人の申し込みがあった。私は運良く抽選に当たったため、当日の様子で印象に残った箇所をレポートする。
最初にお断りすると、私は伊藤詩織さんが2017年5月に記者会見する前から彼女と面識があり当時の状況などを聞いていた。
また、私は普段から性暴力の被害者や支援者などへの取材を行うライターであり、被害当事者団体のスタッフでもある。一方、山口さんと面識はなく、今回初めてその姿を拝見した。
そのような立場からのレポートであることは最初にお伝えするべきだと思う。
「(伊藤さんが)自分のバッグを持って歩いた」は山口さんの「間違い」
伊藤さんの著書『Black Box』と、山口さんの月刊Hanadaへの寄稿文から明らかな通り、両者の主張は大きく食い違っている。
伊藤さんは一貫して、2軒目に入った寿司店で2回目にトイレに行って以降は記憶がなく、目が覚めるとベッドの上で性暴力に遭っていたと主張している。
一方で山口さんは、2軒目の寿司店からタクシーでホテルへ移動したあと、伊藤さんは自ら歩いて部屋まで移動、部屋の中では伊藤さんから性行為を誘ったと主張している。また、伊藤さんが著書などで訴えた「下着はお土産で持って帰っていいかな」「いつも強気なのに困ったときは子どもみたいでかわいいね」といった発言は一切していないと否定した。
伊藤さんに対する被告(山口さん)側の代理人弁護士からの尋問では、ホテルの監視カメラに映っていた、タクシー下車時の伊藤さん、山口さんの画像が使用された。この画像について被告側代理人は、「(伊藤さんの)足がついているように見えませんか」「歩くこともできず引きずられている姿はありますか」と質問。
伊藤さんは、「映像をコマ送りにして、足がついているように見えているところを抜き出している。映像を見れば引きずられていることがわかります」と回答した。
また、2人がホテルのロビーを横切る画像について、被告側の弁護士が「2人の足が並行しているように見えませんか?(伊藤さんは引きずられていないとする意)」と質問すると、伊藤さんが確認し「(伊藤さんの)足は傾いている(並行していない)」と回答した。
一方で、山口さんへの原告側代理人からの尋問では、原告(伊藤さん)側の弁護士が「月刊Hanadaで、タクシーから降りた伊藤さんが自分のバッグを持って歩いたと書いてありますが、これは間違いですか?」と質問。山口さんは「間違いですね」と認めた。(※)伊藤さん側の弁護団は計6人で、そのうち3人が交代で尋問を行った。
月刊Hanada2017年12月号記事「独占手記 私を訴えた伊藤詩織さんへ」の中には「実際のあなたは、2つのカバンを自分で持って、自分の足でヨタヨタと歩いたのです」とある。この中の「2つのカバンを自分で持って」の部分が、誤りだったということだ。
どちらのベッドが使われたのか
このあと、原告側代理人の弁護士が、ホテル内での状況について山口さんに質問。内容を要約して紹介する。
伊藤さんの弁護士「ドア側のベッドをA、窓側のベッドをBとして、それぞれが使用したベッドを教えてください」
山口さん「伊藤さんをAに寝かせ、そのあとBに私が横たわった」
弁護士「性行為が行われたのはどちらのベッドですか?」
山口 「Aです」
弁護士「伊藤さんへ送ったメールで『ゲロまみれのあなたをベッドに寝かせた』とありますが、これはAのベッドということですか?」
山口 「そうです」
弁護士「(伊藤さんへのメールで)『(トイレに立った伊藤さんが)私の寝ていたベッドに入ってきました』とありますが、これはどちらのベッドですか?」
山口 「Aです」
ここで傍聴席が軽くざわついた。
山口さんは、トイレに立った後の伊藤さんの行動について、「私の寝ていたベッドに入ってきました」「私もそこそこ酔っていたところへ、あなたのような素敵な女性が半裸でベッドに入ってきた」などと伊藤さんにメールで説明していた。
ところが、法廷での山口さんの証言は、伊藤さんはトイレからもともと自分が寝ていたAのベッドに戻り、そこで性行為が行われたということになる。
矛盾しているように感じる証言だが、続けて山口さんは、「(メールの中の『私の寝ていたベッド』とは)宿泊したホテルの私のベッドという意味」と説明した。
「私怨で話がエスカレートしたのでは」(山口さん)
口頭弁論の最後に、裁判官から山口さんへの質問が行われた。裁判官が、「あなたの話だと伊藤さんがウソをついてあなたを陥れようとしていることになる。あなたがウソをつかれる理由は何だと思いますか?」と質問。
山口さんは、「恐らくですが、最初は伊藤さんは妊娠の心配をしていた。酔って吐いて、性行為は覚えているが妊娠を懸念していたのではないか。その後、結果的に私が(TBSのワシントン支局長を)解任され、(就職のあっせんができなくなるなど)いろいろな私怨の中で、話がエスカレートされたのでは。彼女の心が変遷したと考えている」といった内容を回答した。
この他の内容は、 「6時間の口頭弁論 伊藤さん『痛みで目が覚めた』、山口さん『なだめる気持ちで誘いに応じた』」(Yahoo!ニュース個人)にも記述した。
「強姦と準強姦のどっちが深刻ですか?」
ここからはレポートではなく、裁判を見ての個人的な感想となる。
傍聴席には、伊藤さんの支援者や、性暴力被害者支援に長年携わってきた人の姿が複数あった。その人たちが何度か、被告人側代理人の尋問に首を振ったり、顔を見合わせたりする場面があった。
たとえば伊藤さんが準強姦容疑で被害届を出したことについての、「強姦と準強姦のどっちが深刻ですか?」という質問。
伊藤さんが答えづらそうにすると「強姦の方が深刻ではないですか?」と続けた。
「私としては、(意識がある状態で加害に及ぶ)強姦の方が深刻だと思う」
「それにもかかわらず、準を付け足したのは、(伊藤さんが)お酒にだらしないことを隠したかったからではないですか?」
準強姦は、酩酊状態など被害者の抗拒不能状態に乗じて性交に及ぶこと。当然ながら、準強姦より強姦の方が被害者にとって深刻なダメージを与えるという調査や研究はない。被害の程度を比べること自体がおかしい。
準強姦と強姦(現・準強制性交等罪と強制性交等罪)については量刑(いずれも3年以上/現・5年以上の有期懲役)に差がない。このことからも、「どちらが深刻か」という議論が文字通り「論外」であることは明らかだ。
非常時における「常識」とは
また、事件後に伊藤さんが送った「お疲れ様です」というメールについて、被告側の弁護士は、そのようなメールを「被害者」が「加害者」に送るのは不自然と指摘。「一般社会の常識では」という言葉を使い、そのようなメールを送ることがありえるのかと伊藤さんに問いただした。
伊藤さんは「ありえます」と回答。性被害者の話を聞いてきた経験から、何が「常識」かを答えることはできないという答え方をした。
伊藤さんの言う通り、「性被害者」といっても、誰もが同じように被害後を過ごすわけではない。加害者を拒絶する被害者もいれば、被害後の混乱から加害者に自ら近づくような一見不可解な行動を取る被害者もいる。被害者にとって加害者が目上の立場である場合は特に、被害者が加害者を気遣うような態度を取ることがレアケースとは言えない。
被害者の言動の一つ一つを取り上げて、「本当の被害者ならこんなことはしない」と言い立てるのは、被害の実態を知らない人による典型的なセカンドレイプだ。
伊藤さんがメール時は混乱していたと回答すると、弁護士は「2日も経っていたのに混乱していたんですか?」と重ねた。
問われる法廷でのセカンドレイプ
性被害の申告率が低い理由の一つが、被害を訴え出れば、このように法廷でセカンドレイプに遭うからだ。被告を弁護するのが被告側代理人の役割だとはいえ、性暴力やセカンドレイプについての理解があまりに乏しいのではないかと感じられた。それは被告にとっても不利なことではないのだろうか。
双方の主張を闘わせるのが裁判であることは理解する。とはいえ、「強姦と準強姦のどっちが深刻ですか?」と被害者に聞くような質問は、2019年とは思えない。このような質問の出る裁判が繰り返されないことを強く願う。
(※2017年の刑法改正以降は強姦→強制性交等罪、準強姦→準強制性交等罪に名称変更。裁判では2015年当時の名称が使われている)