6月中旬、自民党に所属する国会議員のところに、次々と謎の本が何冊も送られてきた。
『フェイク情報が蝕むニッポン トンデモ野党とメディアの非常識』という冊子だ。
表沙汰になったのは、自民党の小野田紀美・参院議員(岡山県選挙区)のTwitterからだった。
小野田議員は6月11日、冊子の写真とともに「頂きました。後で読もう」とコメントを投稿していた。
冊子の内容は?
冊子は、「トンデモ野党のご乱心」「フェイクこそが本流のメディア」「安倍政権の真実は?」の3章で分けられている。
第1章は26記事、第2章は14記事、第3章は26記事あり、メモをするページを含めて142ページ。
ざっくり言えば、野党とメディアバッシング、そして自民党というよりも安倍政権の称賛という内容になっており、安倍政権への批判を認めないような内容になっている。
第1章では、立憲民主党や国民民主党に対して「あまりにもさもしい政党」と称して、野党のバッシングを繰り返した。
安倍政権の経済施策「アベノミクス」について、厚生労働省の毎月勤労統計調査の不適切処理によってその効果が偽装されていると野党が批判したことに対しても、次のように解説している。
「不適切処理があったことは事実であっても、この間のアベノミクスの効果は疑う余地はありません」
「もし、野党がアベノミクスの効果に疑念を抱かせるような指摘をするのなら、それはフェイクニュースでしかないのです」
「『統計』『統計』と声を張り上げる野党議員は、職務を放棄しているに等しい」
野党各党の党首については、それぞれの党について書かれたページに似顔絵らしきイラストを掲載。ヨダレを垂らして呆けたような顔つきだったり、犬であったり、目の下を黒くして悪どい表情になったりしている。
立憲民主党の枝野幸男代表については「革マル派に近いといわれてます」と書かれており、社民党については「間違いなくオワコン」、共産党に対しては「壮大な虚偽」などと記している。
一方で、安倍晋三首相や安倍内閣について書かれた第3章では、『「10年先、20年先」を見据える政治力』という記事に次のような安倍首相らしき似顔絵がついている。
安倍首相については、「今、社会を変えることができるのは現政権だけ」「安倍首相に代わる政治家がいるとは思えないのは事実」などと礼賛。
ブルームバーグが6月25日、トランプ大統領が「日米同盟破棄の可能性を側近に示唆」というニュースを報じたが、冊子では「安倍首相は今やトランプ大統領をはじめとする海外の首脳からも頼りにされる存在」「安倍内閣は、極めて危機管理に長けています」と書かれていた。
第2章では、メディアに対し特に朝日新聞や毎日新聞について「批判というより、もはや難癖レベルといわざるを得ない」とし、この2紙のほか、東京新聞や沖縄タイムス、琉球新報の社説に「視野狭窄」「言葉遊び」「もはや地元メディアとすらいえません」などと非難、「トンデモ新聞」などと揶揄していた。
ただ、リベラル系ではなく、政権に近い論調の読売新聞や産経新聞についての非難は書かれていなかった。
この冊子には掲載しなかったものの、もとになった「terrace PRESS」というサイトには、自民党であっても2018年秋の総裁選で安倍晋三首相の対抗馬となった石破茂衆院議員について「それにしても空疎な石破氏の経済政策」「がっかりした石破氏のキャッチフレーズ」などと否定的な論調を展開していた。
冊子「演説や説明会の参考資料に」と説明
同じような時期に、自民党に所属する国会議員の事務所には、小野田議員だけでなく次々と同様の冊子が届けられていた。
事務所によって冊数は異なり、10冊程度の人もいれば20数冊送られてきた議員もいた。
説明についても、事務所ごとに党本部からあったりなかったりした。
いきなり自民党本部から茶色い紙に包まれて議員会館の事務所に送られてきた議員のなかには、「説明もなく突然届いていたため、どこかに埋もれてしまって開いてもいない」という人もいた。
しかし、中部地方のある県では、7月の参院選を前に県選出の国会議員の秘書が集まる会で、党本部から「参院選に向けた演説や、地元の説明会で話す参考にするように」と説明を受けたうえで、衆参の国会議員とその選挙区の分としてこの冊子が20冊ほど配られたことがハフポスト日本版の取材で分かった。
議員の事務所へ冊子と共につけられた紙には、6月11日付けで「書類の送付について」という題名で次のような説明もあった。
この度『フェイク情報が蝕むニッポン トンデモ野党とメディアの非常識』がインターネットメディア『テラスプレス』から発行されました。
近年、野党や一部メディアで誤った情報を発信することが度々見受けられます。同書はこうした認識をただし、報道では語られていない真実を伝える内容となっています。
つきましては、同書籍を〇〇部送付いたしますので、関係者と共有し、参院選に向けた演説用資料としてご活用ください。
自民党本部は、ハフポスト日本版の取材に対し、党本部から国会議員へ送付したことを認めたうえで、次のように話した。
「自民党本部からは、様々な資料をお送りしており、こちらもその一環です。特に参院選のためというわけではなく、ご参考になるものとしてお送りしました」
どのような観点で参考になるかならないかを判断しているかについては「執行部や議員の方から『これは良いんじゃないか』と推薦をいただくものなどを参考資料として送るなどしている。他に各部が判断して送る場合もある」と説明した。
ただ、今回の冊子については「常に様々な資料をお送りしているので特別な意味はない、お読みくださいということです」と語った。
冊子の入手経路については「流通経路に乗っていない冊子ですが、詳細は担当者がいないため分かりません」としている。
テラスプレスの関係については、次のように書面で回答した。
インターネットメディア「テラスプレス」は、1年ほど前から、すでに広く一般にネット上で閲覧されており、そのときどきの時局テーマについて、わかりやすく具体的に数字を示しながらネット上で解説し、他の大手新聞の社説やコラムのように説得力のある内容であることから、これらの記事をまとめた冊子があるということで、通常の政治活動の一環として、参考資料として配布したものであり、テラスプレスの運営等には関与しておりません。
これまでも、通常の政治活動の一環として、国会議員の活動に資する本があれば、参考資料として本を配ることは行っており、今回が特別ということではありません。
発行元の人物も不明、同名のサイトは検索にかからず広告もなし
自民党が「広くネット上で閲覧されている」としていた「terrace PRESS」だが、「SimilarTech Prospecting」を使って月間の訪問者数を調べても、数字が小さすぎるため「NO DATA AVAILABLE」(データはありません)となってしまう。
例えば、広くネット上で閲覧されている自民党の公式サイトであれば次のように出ている。
閲覧数が限られている理由は簡単だ。「terrace PRESS」のページソースを確認すると、検索エンジンに引っかからないようになっているからだ。
この ページには<meta name=‘robots’ content=‘noindex,follow’ />というタグがある。これは、検索結果での表示はさせないが、リンクをたどって表示することはできるという意味のタグだ。
検索できず、一部の人しか知らないURLを打ち込まないと閲覧できないサイトをどう知ったのかについては、自民党本部から明確な回答は得られなかった。
冊子には発行元の社名や人物名などはなく、サイトの管理者についても書かれていない。
自民党議員からも疑問の声「ひいきの引き倒し。著しく品位に欠ける」
この冊子の内容については、自民党の国会議員からも疑問の声が上がっている。
武井俊輔衆院議員(宮崎1区)は自身のTwitterで届いた冊子について「ひいきの引き倒しもいいところです。しかも10冊余りも。 扱いに困ります」と投稿した。
武井議員に、この冊子が事務所に送られてきた経緯を聞くと「突然、事務所に送られていた。自民党本部から送られてきたものであるのかすら疑問に思った」と振り返った。
実際の冊子を手に取りながら、野党の党首の似顔絵と思われる数枚の絵を示し「このように相手を揶揄し、対立を煽ることからは何も生まれない。極めて“生産性”がない行為ではないでしょうか。政治が負の感情や劣情を煽るようなことをしてはならず、著しく品位に欠ける」と憤った。
冊子は送られてきたものの、党本部から説明もなかったという。だが、冊子には住所や編集者も書かれていない。「もし連絡先が分かれば、すぐにでも返本したいと思います」と語った。
冊子には、野党の政策を非難し党首らしき人がよだれを流したり、犬のように描かれていたりする。一方で自民党の政策に対しては手放しで褒めちぎる文章が並ぶ。
武井議員は「日本国内には、野党を支持する方もいます。全員が全員、自民党支持者なわけがない。それを忘れてはいけない。与党として政権運営をするのであれば謙虚に受け止め、できるだけ様々な人に届く政策を考えることが保守の役割ではないでしょうか」と話した。
冊子について「活用したい人もいるのかもしれないが、ひどい中身。この内容を活用するなど、まっとうな保守がやることではないでしょう。どういう経緯でこれが配られたのかも全く分からない、怪文書に等しいものです」と受け止めを語った。
その上で、「今の社会には、Twitterでもインターネットでもこうした内容を根拠なく喜ぶ人も一部いる。でも結果としてこうしたひいきの引き倒しをしたところで、自分の首を絞めるだけです。これを見て自由民主党がすばらしい!などと言われるより、むしろ品位を問う声が上がるのではないでしょうか」とため息を吐いた。