2019年6月、活動5年目を迎えた1人のYouTuberがいる。
『文学YouTuber』のベルさん。
YouTubeで自身のチャンネルを開設して丸4年、『文学YouTuberベル【ベルりんの壁】』チャンネルの登録者数は7万5千人以上となり、本を読んだ感想を5分から10分程度にまとめた“書評動画”が人気を博している。
活動を始めた当初は、YouTuberになろうという狙いは全くなかったと語るベルさん。
YouTuberになるまでの経緯を振り返り、ネットの時代に、あえて「読書」をコンテンツとして発信し続ける理由について語った──。
当初は“文学”に特化したコンテンツではなかった
2015年6月にYouTubeにチャンネルを開設したベルさん。
コンテンツの目玉である書評動画では、小説やエッセイ、ビジネス書に到るまで、多岐にわたるジャンルの本を紹介している。
ただ、動画を発信した当初は文学に特化したコンテンツではなかったという。
いざ動画をあげ始めてみたものの、当初は発信するコンテンツは定まっていなかったんです。
元々芸術系のことが好きだったこともあり、ピアノを弾いたり、フルートを吹いてみたり、歌を歌ったり。あるいは美術館のレビューを書いたりしていました。時には、ただ単にご飯を食べる動画をあげたこともありました。
本当に思いつくままに動画をアップしていた感じで、テーマに一貫性はなかったし、『文学』に特化していたわけではなかったんです。
ですが、手探り状態で動画を投稿をする中で、実は本の紹介もやっていて。
それが、今名乗っている『文学YouTuber』に繋がったんです。
YouTuberって、今こそ“憧れの職業”みたいに認識されるようになっていますけど、4年前はその存在や言葉を聞き始めた程度でしたし、自分がYouTuberになろうなんて、思っていなかった。
最近は、社会全体が若者に対して、「好きなものを探せ」とか「好きなことを仕事にした方が良い」と言ったり、「自分の軸って、やっぱり心が燃えるものでしょ?」と私自身も言われたりしましたが、「そんなのないし。無趣味だし」って、どこか冷めたようにかつては思っていましたね。
ただ、発信を続けていくうちに「自分は動画を出すことが好きなんだ」「飽きることなく続いているな」ということに気が付いて、次第に“自分は何をやりたいんだろう”と、自分自身でより具体的に考えるようになりました。
「コメントは鏡だな」と思った “文学”を専門にした理由
子供の頃から本に親しみ、自らを“乱読派”と表現するほど、様々なジャンルの本を読んできたというベルさん。
『文学YouTuber』として、本の魅力を紹介することに特化したチャンネル作りを始めた。
ただ、本を取り上げた回の動画の再生回数は、他の事柄を取り上げた時よりも伸びていなかったという。
書評動画の制作は、基本的にはベルさんが1人で行っている。まずは本を読んでから動画にする為のプロット(進行台本)を書き、それから撮影して最後に編集する。
一連の過程を経て1つの動画が完成するまでには、約10時間以上を要する。
なぜそれでも、彼女は書評動画にこだわったのだろうか?
書評動画に対しては、「再生回数は決してよくなかったですね。というか、悪すぎでした…(苦笑)」
確かに、“恋ダンス”(TBSドラマ『逃げるは恥だが役に立つ』で話題となった)を踊ったり、他の事をやっていた方が、再生回数も良かった。
ただ、書評動画は再生回数やコメントの数は多くなかったけれど、「本の紹介の時のベルさん、熱いですよね!」とか、「(本を)読んでみたいと思いました」とか、動画を見た上で本を読んだ感想を寄せてくれるなど、自分の心の芯に響くコメントがいくつかあったんです。
「コメントは鏡だな」と思いましたね。
心に響くコメントが、“自分は何が好きか”という事を思い出させてくれた。それが「読書」だったと、ベルさんは語る。
YouTubeという空間に求めたのは、“もう一人の自分”を作ること
動画をあげ始めたきっかけは特になく、興味本位でアカウントを作ってみようかと思う程度だったというベルさん。SNSなどで発信することも、当初は積極的ではなかったという。
そんな彼女が、“YouTube”という空間に求めたことは何だったのだろうか。
“リアルな自分”と切り離したような、もう1つの場所(もう1人の自分)を求めていたのかなと、ちょっと思うんです。
プライベートの場だと、「私といえばこういうイメージ」って、なんとなく他人や周りから決められてしまっていたりもする。そして、そこからなかなか抜け出せなかったりもして。
例えば、読書ひとつを取っても、ただひたすら1人で他人に感想を語っていたら、「なんだこいつは...」って思われるかもしれない。
でもYouTubeだったら、私のことなんて誰も知らない状態だし、逆にまっさらな状態で1から自分を作り上げることができる。(YouTubeは)そういう場所だと思うんです。
さらに、YouTubeやSNSって、“知らない誰か”からフィードバックがもらえる。
自分の好きなようにカスタマイズして発信できるというのは、本当に大きいと思います。
クオリティも頻度も自由に、自分主導で発信できる。時間も縛られないし、忖度もいらない。
編集で映像を切り取るのも自分自身だから、変なところを切り取られてしまったまま他人に伝わったり、誤解されることもない。
他人のイメージの枠の中で作られた“リアル”ではなくて、もう1人の自分を自由に表現できる場所。それが、YouTubeって空間なのかなと思います。
ネットの時代に、あえて“読書”の魅力を伝える理由とは?
必要な情報をスマートフォンで得る時代となり、紙媒体を中心とする出版業界の不況は続く。
日本経済新聞によると、2018年の紙の出版物の販売額は、14年連続でマイナスとなる1兆2921億円。ピークだった1996年の半分以下にまで市場規模も縮小した。
そんな時代に、ベルさんはなぜ“読書”の魅力を伝えようとするのだろうか?
究極を言えば、本を読みたくない人は別に読まなくてもいいかなと思っているんですよね。
ただ、自分は純粋に本が好きだから、その良さが多くの人に伝わったらいいなと思っていて、その気持ちが前提にあります。
もちろん媒体ごとにそれぞれの魅力や違いはあると思うんですけど、これまで沢山の本と向き合ってきた中で感じるのは、本はネットに載っている情報と比べて、情報が体系的にまとまって出されているということ。
1つの物事を考える材料として、ある側面の情報だけを得るよりも、読書は本を読む行為にそれなりの時間が掛かる分だけ、物事への理解も深まると思うんです。
まずそれが、読書を勧めたい理由の1つです。本って、やっぱり校閲などが入って、それなりの時間を要して出版されているだけはある。
そしてもう1つは、読書体験って“コスパがいいな”と思うんです。
世の中で普通に生活していたら、「すごい」と言われている人と対談なんて、そうそうはできないじゃないですか。
でもそれが、千何百円でその人の頭の中を覗ける。
そしてきっとその一冊は、その人が何かのインタビューに答えるよりも「自分自身で作るぞ」と言って能動的に作ったものだから、当然熱量も違う。
読書の魅力は、“その人の人生を追体験できること”にあると思うんです。
それはおそらく、ビジネス書だけではなく、小説でも同じことが言える。
読書って、子供の頃は絵本から読むし、働き始めたらビジネス書を読む。
結婚や出産を経たら子育てに関する本を読み始めるとか、新たな趣味ができたらその関連本を読むとか、読書ってずっと自分の人生に寄り添っていける趣味だなと改めて思うんですよね。
「読書って、かっこいい」というイメージを作り出したい
本の「批評家」になるつもりは全くなく、ただ純粋に読書を楽しむハードルを下げていきたいと話すベルさん。
だからこそ、書評動画を届けることにおいてはプロフェッショナルでありたいと考えている。
どこを切り取って、いかに伝えるか。本の魅力を伝えるため、試行錯誤の日々は続く。
最後に、自身の今後の目標について語った。
活動の主軸は今後もYouTubeだと思うので、もう少し“規模の大きな動画”を作ってみたいですね。
例えば、すでに一部はやっているんですが、本や読書に関するイベントに潜入してその様子を伝えてみたり、街頭インタビューをして、読書について街ゆく人の声を聞いてみるとか、作家の先生と対談をしたり、読書会を開いたり。
本を起点に、よりリアルな場所や空間を作っていきたいと思っています。
もう1つは、読書のイメージをポジティブなものにしたい。
「本が売れない」とか「若者の活字離れ」とか言われて久しいですが、まず読書についてのネガティブなイメージを変えたいと思うんです。
読書が趣味だと人に伝えると、「ありきたりだ」とか「つまらない」と思われたり、他にも「根暗だ」というイメージを持たれたりとか...。
大学生の就職活動でも、ギターやダンスが趣味だと伝えると「かっこいい」という印象になって“ウケる”のに、読書が趣味という人には、「理屈臭そう」とか「気難しそう」とか…そんな印象がついてしまうこともある。
そんな偏見は無くしたいし、堂々と「趣味が読書なんだ」と言えて、言った時には相手から「読書って、かっこいいじゃん」って思われるような、ポジティブなイメージ改革をしたいんです。
だから最近、ツイッターで「#読書ってかっこいい」というハッシュタグを作りました。
読書を楽しんでいることを自分ひとりの中で完結させないで、感想を呟いたり、読書について思うことを発信したりして、まずは皆が繋がっていくことが大事じゃないかと思っていて。
そうすることで、読書についてのイメージを良いものにできたらなと思います。
そのために自分には何ができるか、これからも考え続けていきたいですね。
(文・取材 小笠原遥)