HIV内定取り消し訴訟、法廷では被告側の代理人から差別的な表現の質問も。偏見の根強さが露呈

札幌地裁で6月11日の法廷を傍聴した人からは「まるでかつてのハンセン病の差別を見ているようだった」と声が漏れた。
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口頭弁論が開かれた札幌地方裁判所
Huffpost japan/Shino Tanaka

 「私の人権は、被告の病院に……殺されました。私の人権を返していただきたいです

法廷で証言台に座った背の高い男性は、少し背を丸めて声を震わせ、裁判長を見ていた。この男性は、HIVに感染してから、抗ウイルス剤を服用している。

男性は、北海道のある病院で、社会福祉士として採用内定が決まり、就職する予定だった。だが、許可なく過去のカルテを見た病院側が、感染を告げなかったことを理由に就職の内定を取り消した。

        ◇                ◇

抗ウイルス剤の服薬中は、他者へ感染することはまずない。

HIV感染症の専門家でエイズ治療・研究開発センターの岡慎一センター長は「血液に触れても、コンドームなしで性行為をしたとしてもうつらないレベルと言っていい」と説明している。

 男性はこの内定取り消しは不当であるとして、病院を運営する社会福祉法人「北海道社会事業協会」(札幌市)に慰謝料など330万円の損害賠償を求め札幌地裁に訴えを起こしている。

一方で法人は、訴えを退けるように求めている。

6月11日、男性に対する本人尋問が札幌地裁で開かれた。

この尋問では、男性に対し差別的な表現の質問が浴びせられ、HIVやAIDSへの医療機関の知識の無さや、偏見の根強さが露呈した。本人尋問の様子を詳報する。

傍聴人「まるでかつてのハンセン病の差別を見ているようだった」

AIDS(エイズ:後天性免疫不全症候群)の原因となるウイルスであるHIV。

かつて「死に至る病」と言われたイメージは、今も偏見と無知によって払拭されていない。6月11日の法廷を傍聴した人からは「まるでかつてのハンセン病の差別を見ているようだった」と声が漏れた。

HIVに感染しても、抗ウイルス剤を服用すればHIVは血液などの体液中から検出できないレベルまで消える。効果的な治療法が確立した90年代後半からは死に至る感染症ではなく、慢性疾患のように捉えられている。

服薬中であればAIDSの発症は抑えられる。服薬しているHIVキャリアと、非感染者の平均余命はほぼ同じだ。

抗HIV薬を服用中と知り、しこりの診察に「防御服」を来て現れた医師 

午後3時、法廷に3人の裁判官が入り、審議が始まった。

男性側の代理人が、書類をもって証言台に座る男性に歩み寄り、被告となっている病院の採用面接を受けるようになった経緯を聞いた。

「医療ソーシャルワーカーの求人を見て応募しましたね。なぜ医療ソーシャルワーカーとして働こうと思ったんですか」

男性は、緊張のせいか手をひざの上でグッとこわばらせて話し始めた。

「私は社会福祉士になる前、薬学部にいました。その時の、病気のことなども影響していたのですが、同じ大学の違う学部の友達が人と接するような仕事を学んでいることにすごく心が揺さぶられて、実験とかそういうことよりも対人援助の仕事がしたいと思い、退学してそちらを専攻しました」

「私が(HIVに)感染する前でしたが、医療ソーシャルワークのなかに、HIVソーシャルワークという分野がありました。そこに興味がありました」

 25歳の時にHIVの感染が分かってから、服薬を続けている男性。代理人はさらに感染が分かって以降、差別や不利益を被った経験について聞いた。

男性は静かに、少し間を空けて「あります」と小さく答えた。

「それはどんな」と代理人が続ける。

男性は地元に帰っていたときに、この病院に患者として来院したことがあった。体にしこりができ、気になったので診察に行ったのだ。

その時の様子を次のように語った。

「対応できないと言われました」

「問診票に(HIVキャリアであることを)書いたところ、外来の看護師の方たちがざわつき始めて、1人目の医師には『診られない』と断られ、2人目の医師には防御服のような恰好をされて、触診されました」 

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写真は「防御服」のイメージ画像です
YakobchukOlena via Getty Images

 この医師は、手術着のような格好にマスクをつけ、ラテックス手袋をはめて出てきたという。そしてしこりを触診し、「(エイズ治療の)拠点病院にでも行ってください」と告げた。このしこりは特にHIVの感染とも関係ないただのしこりだった。

それでもその病院の採用試験を受けようとしたのは「地元で病床数があるのは、被告病院ぐらいだったからです。私は家族と一緒に過ごしたいと思った」と事情を語った。

差別を恐れ、伝えても「理解してもらえないかもしれない」と周囲に言わなかったHIVの感染

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原告の男性
Huffpost japan/Jun Tsuboike

 この経験以外で、HIVキャリアであることを理由に差別的な扱いを受けたことはなかったという男性。その理由を「そもそもHIVに感染していたことを言わなかったから」と話した。

なぜ、周囲に言わなかったのか。代理人に問われ、こう答えた。

「伝えたところで相手が動揺するかもしれないし、相手のことをフォローできるのか、自問自答したからです。理解してもらえないかもしれないと」

HIVキャリアの知り合いからは、日常的な差別や不利益の具体例を耳にしていた。

「(地元での噂を恐れ)地方の病院までわざわざ足を運んだり、医師や看護師を目指していたのに感染が分かってその道をあきらめた話を聞きました。(HIVキャリアであることを知られ)いきなりの人事異動をされた、という話もありました」

服薬していれば感染の心配もなく、非感染者と変わらないが、相手に知識がなければこうした差別や不利益を被ることになる。

この病院で防御服のような装備で出てきた医師を見たときに「そんなにも特殊なものなのか?」と思ったという。

面接でHIVキャリアであることを伝えなかった理由は?

被告の病院側は、「面接で持病の有無を尋ねた際、HIVの感染を伝えなかったために内定を取り消した」としている。

面接から採用内定、そして取り消しまでの流れが法廷で明らかになった。

男性側代理人ーーあなたは、平成29年12月25日に被告病院の面接を受けましたね。持病の有無を聞かれましたか。何と答えましたか。

 

はい。頚椎症を患っていること、不眠症があり、服薬している薬の商品名を伝えました。HIVについては伝えませんでした。面接は1回だけでした。

 

ーーその後、電話で被告病院からHIVについて尋ねられた。

 

はい。「カルテを見たんだけど。HIVに感染しているとは聞いてない」と言われました。(翌年の)2月頃でした。

 

ーー採用取り消しを言われる前ですか。あなたからHIVについて話し始めたわけではなく、カルテを見たと言ってきたと。

 

はい。

 

ーーなんて答えたんですか。

 

その時は、感染はないと。そもそも、人のカルテを見るとは想定しておらず、電話口で迫られてとっさに言ってしまった。

 

ーー最初から、自分でHIVキャリアであることを告げていればこうならなかったのでは。

 

……。

 

ーーあなたは、HIVキャリアであるということを伝えない選択に迷いはありましたか。

 

ありました。先ほど述べた通り、相手に伝えたところで、相手がどれだけ知っているかにもよるのですが、HIVのことを(正しく)知らない人からは、差別的な扱いを受けるのではないかという恐怖感があるんです。

 

ーー被告病院からは、「感染していない」と答えたことになんて言われましたか。

 

「(陰性であるという)証明書を出せ」と。

 

ーーあなたはそれでどうしましたか。

 

通院先のソーシャルワーカーに相談しました。「陰性証明は出せないが、相手にどういう風な形であれば理解してもらえるだろうか」という話し合いをしました。

診断書に「就労に問題はない」ということを書いてもらいました。そのうえで厚労省の定めたガイドラインを一緒に送付しました。書留で送りました。

でもそのあと被告病院からは(受取などについて)何の連絡もありませんでした。

 

ーーその後、被告病院と連絡を取ったのはいつですか。

 

被告病院から電話があり「採用は取り消したいと思います」と言われました。

 

ーーこの訴訟の中では、被告はしきりに「流血感染のおそれがある」と主張しています。医療ソーシャルワーカーの業務内容を教えていただけますか。

 

医療機関で、入院の相談や退院の支援などがほとんどです。なので流血感染するようなことは一切ありません。

そして内定取り消しを受けたことを「がく然とした」と語った男性。

「一番病気のことを知っているはずの医療機関からそのようなことを受け、がく然としました。そこまで医療従事者に知識がないのかと」

内定通知を受けて、地元にいる家族と共に過ごすため、住んでいたマンションを解約した。家財道具もいらなくなるため、すべて処分した。

急転直下の取り消しで、別の病院で勤め先を探し、マンションを新たに探した。そして家財道具も買い直し、敷金礼金などの引っ越し費用を含め合計で80万円ほど出費した。

支払いきれなかった分は、一時的に親に援助してもらった。

取り消しを受けた2カ月後から、この病院とは別の精神科病院で精神保健福祉士として働いている。

現在勤めている病院では、上司にHIVキャリアであることを伝えた。

伝えられた上司は「HIVに感染したことが、あなたのソーシャルワークの能力に、何か影響あるのか?」と男性の心配を一蹴した。

証言台で男性は、現在勤める病院に告げた理由をこう説明する。

「いま務めている病院は、精神科の病院です。精神障害の方は、初めからいまのような待遇を受けていなかったのは、皆さんも知っている通りです。精神障害の方は、かつて座敷牢に入れられたり、差別的な待遇を受けたりしていました。そのような方への対人援助に関わっている病院であれば、分かってくれるであろうと思いました」

「人権が奪われている感覚が、ずっと残っている」

裁判を起こしたことに、躊躇はあったのか。なぜ訴えようと思ったのか。

もう一人の男性側の代理人から、裁判の意義を問われたとき、こう語っていた。

「私の仕事は、人の人権を守る仕事です。自分の人権も守れないような人間に、ソーシャルワークなんかできない。そう思って裁判をしています。『こういうことはいけないんだ』ということを法廷で示すことによって、(HIVキャリアである)同じような立場の方の支えになると考えています」

裁判にあたっては、家族や親族へ差別の矛先が向かわないか、心配していたと語った。

SNSやネット上では、無知や偏見でこの裁判が語られ、強いバッシングが起きている。

裁判が長く続いていることへの負担を「自分の人権を奪われた感覚がずっと残っています」と話し、少し押し黙った後、裁判を続けている理由を次のように述べた。

「私以外にも、泣き寝入りしている人は……たくさんいると思ったからです」

小さく、振り絞るような声だった。

代理人は「最後の質問です。この裁判であなたが伝えたいことがあればお話ください」と促した。数秒押し黙った後、口を開いた。

「私の人権は、被告の病院に……殺されました。私の、人権を返していただきたいです」

        ◇                ◇

 病院側代理人、突然の病院名暴露

男性側の代理人からの尋問が終わり、被告である病院側の代理人からの尋問が始まった。

傍聴席から向かって右側に座っていた病院側の代理人は、資料を持ってその場に起立した。

「あなたは社会福祉士と精神保健福祉士を持っていますね。まず(〇〇病院名)では社会福祉士として就職しようとしていた。そういうことですね」

男性は、裁判をしていることを、親族の一部には告げていない。差別の矛先が原告男性やその家族に向かわないよう、裁判では、地元が特定されるような病院名などの情報や氏名、所属などを伏せられる措置がとられていた。

突然の病院名の暴露に、男性は声を失って代理人の顔を見た。

代理人は続けた。

「イエスか、ノーかで答えてください」

男性は答えず、左側に座る男性側の代理人に目をやった。事態に気が付いた裁判長の表情がこわばった。

男性側の代理人が挙手し、異議を唱え、病院名の秘匿をするように告げた。続けて裁判長が「いまの質問を撤回してください」と声をかぶせた。

病院側の代理人は、発言を撤回し、内定取り消しから病院側が「100万円を支払う」と提示し、「雇用することは可能でしょうか」などと示談を申し出たことなどを確認した。

しかし男性は、示談の申し出がされた2018年3月にはすでに現在勤める病院の採用試験を受け、内定をもらっていた。示談の提案に対し、男性側は金額を300万円に改めることや、謝罪をすること、そして責任者の処罰などがあれば応じるとした。

病院側の代理人は「結局、被告病院としてはあなたを再雇用することもできず、示談金を払って解決することをも拒絶されたと。そういうことですね。あなたとしては、(謝罪などの)前提条件をきちんとしろと、それができなかったらお金をもらっても解決しないと、そういうことですね」と結んだ。

「精神疾患のある、頭の変な患者から」「HIVの人は他の人間よりも劣っているだとか、そういう意味ですか」ーー代理人からの差別的な質問が浴びせられる

病院側の代理人が交代し、本人尋問は終盤に差し掛かった。交代したもう一人の病院側の代理人からは、傍聴席に座る人たちの表情が変わるほどの発言が続いた。

病院側代理人は訴状に書かれた「差別意識に基づいて本件内定を取り消しされ、人格を否定された。強い精神的苦痛を受けた」という文言に着目。

「人格を否定されたような、という意味を説明してほしいんですけれども、あなたが人格を否定されたようなってどういうことですか」と聞いた。

男性は、「言葉の通りだと思います」と答えた。

そこにかぶせるように、「HIVの人は他の人間よりも劣っているだとか…」と質問を続ける代理人。次のようなやり取りが続いた。

病院側代理人ーーHIVの人は他の人間よりも劣っているだとか、人権がないとかそういう意味ですか。僕には(人格を否定されたという)意味がよく分からないんですが。そういう扱いを受けたということですか。

 

はい。

 

ーー担当者は、採用面接の際の虚偽申告、嘘吐いたことが理由だと話していますよね、あなたに。あなたが人格を否定されたような気持ちになったっていったいどの場面ですか。

 

……。(じっと押し黙った後)そもそも、カルテを見て内定を取り消ししたこと自体が……否定されたように思えました。

 

ーー担当者が言う内定取り消しの理由はあなたが嘘吐いたからっていうのは、あなたとしては詭弁だとか言い訳だって思ったと。あくまでもあなたがHIVの感染者だから内定を取り消したんだと思ったんですか。

 

そうです。通院先のソーシャルワーカーと話して、ソーシャルワーカーから被告病院にかけあってくれたのですが、「追って連絡する」と言われて何の連絡もなく不誠実な対応をされました。

続けて、質問は感染の可能性や、医師が「防御服」で診察したことなどについて「感染していない人がね、感染者からウイルスをうつされたくないって思うのは差別なんですか?偏見なんですか?」と強い調子で畳みかけるような質問が続いた。

ーーあなたのHIVのウイルスって、他者に感染する可能性は無いんですか。完全に?

 

ないです。ないと聞いています。

 

ーーどんなことがあっても無いんですか。ちょっと僕には分からない。0%ということでいいんですか。

 

……それに近いと聞いています。

 

ーーあなたはこれまでの裁判のなかで「いまの日本の社会はHIVに対する差別や偏見が強い」と、繰り返し述べています。感染していない人がね、感染者からウイルスをうつされたくないって思うのは差別なんですか?偏見なんですか?

 

それは自由だと思います。

 

ーー自由。あなた過去に被告病院で医師に完全防備で診察されたことが「納得できない、そんな対応あり得ない」なんて言っていましたよね。

この医師のやり方、完全防備対応って差別とか偏見なんですか。あなた以外の他の人は、自分自身を感染から守っちゃいけないんですか。

 

防備は結構と思いますが、スタンダード・プリコーションで十分かと思います。

 

ーーなんですかそれ。ちょっと分からないんですけど。説明して下さい。

 

(患者の)排せつ物を扱うときなどの一般の防御方法で良いのではないかということです。

 

ーー良いのではないかって、あなたの意見でしょ。その人がどう防備するかなんてその人の自由じゃないんですか。

 

医学的に証明されています。完全防備ではなく、一般の採血を扱うときと同じ対応で良いと医学的に認められています。

 

ーーだからやりすぎだと、自分に対して失礼だと。そんなに怖がりすぎてはいけないだろってことですか。

 

そもそも、医師の知識不足だと思います。

 

ーー軽い服装してほしいってことですか。

 

服装の問題ではないと思います。

 

ーーじゃあ何が問題なんですか。

 

……。

病院側の代理人は、続けてこれまでの主張の通り「流血感染」があるのではないかと語り、その可能性について「精神疾患のある、頭の変な患者から殴られる」と例示をした。

ーーあなたの話では(他者への感染の心配が)ほぼ0%だと。それはあなたがそういう説明をしないと誰も分からない。あなたは病院に就職しようとしていた。

病院関係者はね、患者へのHIV感染は絶対にないようにしようと、万全の態勢を敷こうとしている。そういう風に思うことも、あなたの中では許されないんですか。そういうことしちゃいけないんですか。

 

院内感染の防止は良いことです。

 

ーーでもあなたが情報を伝えないとそういう対策できないですよね。あなたが流血事故を起こしたらどうするんですか。

精神疾患のある、頭の変な患者から殴られたりしてそういうことが起きたときに、あなたが病気を持っている情報がなければ何も対策できないですよね。

 

そもそもそういう状況にさらされることがあるのか疑問に思いますけれども。

病院側の代理人は男性の回答について「ほとんどないでしょうね。でも無いとは言えないと思いませんか?」と畳みかけた。

男性側の代理人がその場に立って挙手し「これは原告の単なる意見を問うもので事実確認ではない」と異議を唱えた。

異議を受け、病院側の代理人は質問を変え次のように聞いた。

「あなたは就職活動の際に嘘を吐いた。あなたの中では自分がHIVであることは隠していいと、嘘を吐いていい、人事担当者は面接の際にそれを聞いてはいけない、嘘を吐かれても仕方ないだろうと。あってますか」

これに対しても、男性側の代理人が異議を申し立てた。

病院側代理人は「どこがですか」と食い下がり、男性側の代理人は「『嘘を吐いていい』とか、そういう話を原告はしているわけではありません」と説明。

しかし病院側代理人は「原告が『嘘を吐いていい』と認識しているかどうかの問題であって意見を聞いているわけではない」と異議をはねのけた。

質問を続けようとしたところ、ため息をついた裁判長が制止した。

「いやこれ意見聞いてるので。事実関係を問う質問に変えてくれますか」

質問を変え、「あなたの…」と言いかけたときに、裁判長は「もう時間も超過してますので、よろしくお願いします」と声にかぶせた。

裁判長の言葉に、病院側の代理人は質問を止め、約1時間続いた本人尋問は終わった。

判決は、9月17日に言い渡される予定だ。