東京都文京区の東京大学で5月17日、メディアと表現について考えるシンポジウムが開かれた。同シンポジウムは、2017年に発足した「メディア表現とダイバーシティを抜本的に検討する会」が度々開催しているもので、今回が5回目の開催となる。
第5回のテーマは、『私が声を上げるとき』。
当日は、エッセイストの小島慶子さんやライターの武田砂鉄さんらが登壇し、声をあげにくい社会の現状や最近の出来事から浮かび上がるメディアの課題と役割について約2時間にわたり議論。昨今メディアで報じられる様々な問題で、男女で分断されて報じられていることに疑問が投げかけられた。
元NGT48の山口真帆さん暴行問題に覚える違和感
シンポジウムではまず、ファンから暴行被害を受けたことを巡って所属事務所と対立し、ツイッターなどで声をあげ続け、先日グループを”卒業”した元NGT48の山口真帆さんに言及。
小島慶子さんは「最も声をあげにくいだろうし、もしあげたらかなりの不利益を被るであろうアイドルが声をあげたという意味では、ここ最近の非常に大きな動きだったと思う」と語った。
これについて武田砂鉄さんは、「暴行された人がステージにあげさせられて謝罪をさせられるというのは、そもそもがおかしくて。これを、『女性だから』とか『アイドルだから』という見方でかわいそうとするのはおかしい。男とか女という性別の問題でくくられて論じられてはいけない」と指摘した。
「声をあげた人が良しとされるべき」読売テレビの“不適切報道”と責任の所在
続いて話題は、読売テレビのニュース番組「かんさい情報ネット ten.」で5月10日、見た目で性別がわかりづらい人を取材した際にリポーターの芸人が保険証を提示させたり、胸を触ったりするなどし、しつこく確認していた企画の問題へ。
生放送中に厳しく批判したコメンテーターの若一光司さんが声をあげたことや放送後の対応、責任の所在について議論が及んだ。
小島さんは、先の放送について、男女の性別を無理やり明確にしようとする企画の内容自体が不適切なものだったと印象を語った。
その上で、「報じられた当初、スタジオで怒るなんてお前ふざけるなという声もあった。ここがポイントだと思う。『こんなの有り得ない』と声を上げることは良しとされるべきだし、そういう見せ方や空気をメディアが作ることが大事。ところが先の番組では、VTRが終わると、まるで『怒った人がいる、やばい』という雰囲気になっていた。これ自体がおかしなこと。声をあげた人がなぜ怒ってるのか、そこを考えないと」と指摘。
一方で武田さんは、放送後の対応と責任の所在について言及。
「(問題となった企画の)VTRが終わってスタジオに戻った時、女性のアナウンサーがあやふやに答えてしまっていたところを見て、いろんな立場を代表していて大変なんだなと見ていたが、翌日になると真っ黒なジャケットをはおって1番はじめに謝罪させられていた。ロケのリポーターだった芸人の藤崎マーケットも、ブログで謝罪をしていた。『自分も編集に立ち会うべきでした』なんて書いていたけど、そんなこと彼らにできる訳が無いと思う」と放送後に対応に終われたアナウンサーと芸人についての自らの見解を語った。
それを踏まえ、「責任があるのはロケを企画をした制作側なのに、あれ(あのような取り上げ方)では彼女や彼らのようなアナウンサーや芸人が、悪者のように映ってしまうし、その人たちが今回の問題を抱えなきゃいけないというのは...」と違和感を語っていた。
医大入試の得点差別は、単なる“男女差別”の問題なのか?
シンポジウムの後半は、東京医科大学が昨年2月に実施した医学部医学科の一般入試で、受験者側に説明のないまま女子受験者や浪人を重ねた受験生の点数を一律に減点して合格者数を調整していた問題について、意見が交わされた。
この問題について、武田さんは「あれは明らかに差別。最初はメディアの多くが“得点差別”と報じていたのに、いつの間にか“得点操作”という言い方が増えていった。しかもメディアはその後、現役の医師にこの状況を理解できますか?みたいなアンケートを取っていた。でもこれって、性別に起因する問題じゃない」 と指摘。
その上で、「一緒の試験を受けた人のうち、ある一方が不当な扱いをされているというのは、まずはその人自身を救わなきゃいけない。個人の問題だと思うんです。性別でくくれない。でも、メディアってどうしても個人の問題を“男女の問題”として切り取ってしまう」
これについて小島さんは、「男性で何年も浪人していた人も差別を受けていたから女性差別ではないという意見があるが、そうではない。男女の分断の話に終始せずに採点不正という1つの問題として考えることが大事」と一部の意見について一蹴した。
問題の一部のみを切り取ったり、どちらかの立場だけに立って報じることに警鐘を鳴らした。
“声を上げにくい社会”におけるメディアの役割とは?
“声をあげやすい社会”を実現するために、メディアは今後どうあるべきなのか?
武田さんは「常に思っているのは、『しつこく伝える』こと。財務省の福田淳一事務次官のセクハラ疑惑について麻生氏(麻生太郎財務相)が擁護した時も、いつの間にか問題はセクハラ疑惑の追及よりも、『止まらない麻生節』などと言われるようになっていた。いつから報道はそうなるんだろうなと考えてみると、やっぱり、飽きてきた時なんですよ。だから、問題が起きた3ヶ月後でも半年後でも伝えていくことが改めて大事だと思う」と語った。
一方で小島さんは、「声を上げる人が出たら、その声を誰が聞くのか。それがメディアの役割だと思う。メディアは喋ることが仕事じゃなくて、やっぱり聞くのが仕事。あの人の声もこの人の声も、両方聞く。単なる両論併記ではなく、建設的な議論の場をどう作るかってことを考えることがこれからのメディアには必要になる」と語り、議論の場を締めた。