「LGBT報道ガイドライン」を、取材を受ける側とする側が一緒に作った理由

報道機関側の「常識」では特段問題がないと思われても、取材を受けた人は大きな衝撃を受けた。LGBT報道ガイドラインは、そんな取材をきっかけに始まった。
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取材を受けて記事になったら、予想外の見出しや内容にとまどった。いつも通りに取材したら、実は取材相手を傷つけていた――。

LGBTなど性的少数者に関する取材・報道でのそんなトラブルを防止しようと、LGBTの当事者団体の全国組織「LGBT法連合会」が、「LGBT報道ガイドライン」を策定した。

報道機関8社の記者たちとの対話から生まれた点が大きな特徴で、この分野では国内初の取り組みだ。私は、記者の一人として策定に携わった。

2018年7月、国会議員によるLGBTへの差別的な言葉に対し、当事者らが街頭で抗議活動を行った。ある人が、自らも当事者であることを明らかにしながらスピーチし、複数のメディアが取り上げた。

報道機関側の「常識」に照らせば特段問題がないと思わ れる取材・報道だったが、その人は、顔と実名、当事者であることが大きく載った記事を地元で見てパニックになった。

この件を受け、LGBT法連合会はメディアに向けて注意を呼び掛けた。そもそも、こうした事例は、珍しくない。「報道でプライバシーが守られなかった」「記事が出て外出できなくなった」。そうした声はこれまでも、メディアの取材を受けた当事者から寄せられていたという。

一方で、性的少数者に関する取材に取り組む記者たちの側にも、現状への危機感や、対応を考えたいという思いがあった。「報道した後、相手から認識の誤りを指摘された」「書いた記事に誤解を与えかねない見出しが付けられた」「取材相手の性のあり方を尊重した表現をしたくても、社内で理解されない」…性的少数者の取材をする記者は、たいてい、そんな経験をしている。

複数の記者から「指針を作ろう」という声が上がり、同会はガイドライン策定に乗り出した。

約半年間にわたり、当事者である法連合会のメンバーらと、新聞社、テレビ局、ウェブメディアの記者たちが話し合いを重ねた。初めてLGBTについて取材する記者を想定し、「LGBTとは」から始まる基礎知識や、用語集を掲載。

取材する側、される側の双方に向けて気をつけるべきことをまとめた「チェックリスト」や、実際の取材経験を踏まえたコラムなどを盛り込み、10ページにまとめた。

特に心がけたのは、実践的なポイントを多く掲載することだ。事実と異なっていたり、当事者を傷つけたりしがちな性のあり方に関する表現は、チェックリストで双方に十分な確認を求めた。

本人の性のあり方を同意なく第三者に暴露してしまう「アウティング」が報道によって起きないよう、名前や顔の公開範囲を慎重に検討すべきであることも細かく書いた。

性的指向や性自認など、性の話は人の尊厳に関わる。取材者が勉強不足だったり、相手の意向を尊重しなかったりすれば、時に命が失われる事態さえ招きかねない。

話し合いの過程で、報道機関側にとっては「当たり前」としていたことも取材を受ける側には知られていないことに気付かされた。

記者たちにとっては、従来各社内で教わってきたことがそのまま当てはまらないことが多く、一同で頭を悩ませたことが何度もあった。

「記事の内容が間違っていた場合」など本音で言えば触れたくないテーマにも向き合わざるを得なかったのは、それだけ誤った内容の報道が当事者を傷つけてきた現状があるからだ。

ただ、取材者も根底にはより良い社会につながればという思いがあり、それは取材を受ける側と共通している。

ガイドラインの冒頭では「取材する側、される側が相互に理解を深め、報道を通じて性の多様性が尊重される社会を実現する一助となることを願っています」という一文を入れた。

ここに、メンバー一同の思いがこめられている。

2018年4月に毎日新聞が実施したアンケートでは、LGBTに関する取材を受けた経験を持つ回答者70人のうち、「記者が勉強不足だと感じた」人は46人、「セクシュアリティーに関し、特定のイメージを押しつけられた」人は32人、「取材時やできあ がった記事、番組上で、自分の性自認や性的指向が尊重されていなかった」人は 18人だった。

一方で、「取材を受けて良かったと思ったことがあるか」という問いには、9割の63人が「ある」と回答した。

「実態を伝えることができた」「多数の記者が取り上げることで、周囲の認識も変わってきているように感じる」など、肯定的な声が多く寄せられた。

性的少数者への差別や偏見が根強い現状を変えようと、立ち上がり、声を上げる人たちがいる。報道によってその声を伝えることは、社会をより良く変える役割の一端を担えると信じている。

当事者たちの実体験を踏まえた声と思いの詰まったガイドラインが、取材の現場で役立てられ、より良い報道につながることを、関わった記者一同心から願う。