ピエール瀧被告の事件から見る薬物と社会。「自己責任論」ではなく、「回復責任論」を専門家が訴えるわけ

「周囲の当事者性の欠如は、依存症者を追い詰める。この現代社会、誰だって依存症になるリスクはある。そして、誰だってつまずくことはある。マジョリティから零れ落ちたら叩きまくる。炎上したらあとは何もなかったかのように無関心になる。こんな社会で本当にいいのでしょうか」
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4月4日、麻薬取締法違反の罪で起訴されたピエール瀧被告(51)が保釈された。東京地裁によると、保釈保証金は400万円だった。

ピエール瀧被告の所属事務所は4月2日、起訴を受けてマネジメント契約の解除を発表している。 

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ピエール瀧被告との契約解除を発表したソニー・ミュージックアーティスツ
ソニー・ミュージックアーティスツ公式サイトより

ピエール瀧被告の事件をめぐっては、世論や報道のあり方について大きな議論が巻き起こった。

違法に薬物を使った場合、直接誰かに傷を負わせることはないものの、仕事の関係者や家族など、周囲の人たちに影響することも少なくない。

ピエール瀧被告の件では、NHKが大河ドラマ「いだてん」の撮り直しをしたり、ユニットを組む電気グルーヴの公演が中止になったりするなどし、その賠償金の多さにも注目が集まった。

世間では、今回の事件に対して「薬物に手を出した時点で、その人に責任がある」とした自己責任を問う意見も根強い。

一方では「被害者がおらず、業界の過剰反応だ」という声もあがった。

報道を見ると、瀧被告が使っていたとされるコカインについて「オシャレなドラッグ」として回復の困難さや重要性には触れず、寛容な姿勢を示す内容や、一部のバラエティー番組などで彼が「保釈時に頭を下げるかどうか」など、なぜか公に謝罪すべきであるとした論調もあった。

様々な社会の反応。依存症治療では何が重要なのか

そうした社会の反応は、薬物依存症で苦しむ当事者たちにどう影響するのか。

長年依存症の治療に携わってきた大森榎本クリニック精神保健福祉部長で精神保健福祉士・社会福祉士の斉藤章佳さんに話を聞いた。 

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大森榎本クリニック精神保健福祉部長で精神保健福祉士・社会福祉士の斉藤章佳さん
Huffpost japan/Shino Tanaka

 薬物依存症における本人の“責任”とは。「自己責任ではなく『回復する責任』がある」

斉藤さんは、薬物に耽溺していく個人を責める傾向について「手を出すのは本人だが、自己使用にいたる要素や、依存症になる過程を見ればそれが本人だけの責任とは言えない」と語る。

依存症になるには様々な要因がある。

遺伝的な要素であったり、生育歴や家庭環境、社会の中でどういう人間関係を構築してきたかも要因のひとつになりえる。

また、虐待などの逆境体験によるトラウマ、本人では避けようがない事故や災害などによる被害体験などの心理的な要因などがある。

それらが重なって依存症になっていく。

「アルコールや薬物はある種の鎮痛剤として機能しています。その人の中にある様々な『痛み』を緩和させてくれる」と斉藤さんは説明する。

「本人が望んで依存症になる人はいない。『俺は将来、絶対薬物依存症になるんだ!』なんて思いませんよね。社会の中で、様々な相互作用の中で依存症になっていく。だからその人に責任はない、というのが前提です」

薬物依存症になるにはある程度のお金と時間がかかる。

「最近の患者さんのお話では、覚せい剤は上質のもので1グラム5~6万円程度で、コカインは7~8万円ほど、と話していました。なので、40代以上のある程度お金に余裕があり『寝ずに仕事ができる』と使い始める人もいる。昔のように暴力団関係者ではなく、見た目では分からない一般の人の受診が多い」という。

斉藤さんは、依存症になってしまったこと自体は本人の責任ではないものの「そこから回復する責任はある」と話す。   

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斉藤章佳さん
HuffPost Japan

 「治療プログラムを受けたり、人に助けを求めたり、回復のための努力をすることには、その人に責任が伴います。社会でも、自己責任論から回復責任論にシフトしていくことが重要だと思います。依存症の人がカミングアウトや回復しやすい社会であって欲しい」と語った。

逮捕が依存症を断ち切る回復へのきっかけになったと語る経験者も多いという。

治療の中では、薬物依存症は自己使用の問題で「自己の健康を害するもの(直接の被害者はいない)」であり疾病モデルとして扱われるが、そこから家庭内でDVに発展したり、児童虐待が起きたりするなど「他者の健康を害するもの(直接の被害者がいる)」になるケースにも、臨床現場では時々出会うという。

作品を回収したり、放送を取りやめる措置については「他者の健康を害する問題(性犯罪やDVなどの他害行為)と、自己の健康を害する問題で分けて考える必要がある」と話す。

「特に性暴力についてはセカンドレイプについて十分に配慮が求められる。ピエール瀧さんの場合では、基本的には自己使用の問題で直接の被害者は存在しないため、作品には罪がないし撤収することには賛成ではない。その判断は、シンプルに消費者にゆだねればいいのではないでしょうか」と語った。

反省の深さと再発率に相関関係はない

いままでの著名人が犯した事件でも、おなじみの拘置所や警察署から出て頭を下げ、反省の弁を述べるシーン。

ピエール瀧被告の事件でも、保釈の可能性が出た4月2日には、テレビ番組などで「ピエール瀧被告が頭を下げるかどうか」を予想しあう場面も見られた。

この「頭を下げるシーン」には意味があるのだろうか。

斉藤さんは「反省の深さと再発率には、まったく相関関係がない」と言う。

依存症の臨床現場では、涙を流して反省したり土下座をする人もいるという。

「ただ、その日の診察やミーティングの帰り道に再発する人もいる。クレプトマニア(窃盗症)では執行猶予判決がでたその日に再発するケースにも何回かであっている。このような不合理性は依存症の特徴のひとつです」と説明する。

では、どのような対応が必要なのか。

「反省や叱責ではなく、今回はなぜ再発したのか、再使用のパターンを振り返りながら悪循環のサイクルをどう断ち切るかが重要。また、再発も回復のプロセスであり、臨床現場では反省を強要したり叱責することはありません。それよりもリスクが高まったときに相談できる関係性を構築していくことが重要です」と話す。

周りから責められれば責められるほど、その場を乗り切るための反省のテクニックがうまくなり、本当の意味で内省が深まることはない。そして嘘がうまくなる。

「再発前、再発時、再発後のコミュニケーションを変えていくことが大事。反省をしているかどうかはよく裁判の中でも取り沙汰されますが、『反省してます』という言葉ほどあてにならないものはない。再発防止のための悪循環のサイクルを理解する。入手ルートを断ち、薬をやめている仲間とつながりをもつ。相談できる仲間や支援者をつくる。そして回復は本人の言葉だけではなく行動で評価していくものです」

回復するための、当たり前の行動をとれているか。また、依存の対象が生きがいになっている場合もある。その代わりとなるものを見つけられるかもカギになってくる。 

また、斉藤さんは周囲の反応について「日本は厳罰主義が好まれる傾向がある」と指摘する。

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斉藤章佳さん
Huffpost japan/SHINO TANAKA

「周囲の当事者性の欠如は、依存症者を追い詰める。この現代社会、誰だって依存症になるリスクはある。そして、誰だってつまずくことはある。マジョリティから零れ落ちたら叩きまくる。炎上したらあとは何もなかったかのように無関心になる。こんな社会で本当にいいのでしょうか。重要なのは、依存症になったことを自己責任として叩くのではなく、回復する責任があることを共有し困っている人をみんなで支えていくことです」

実際に薬物は手に入りやすいのか。価格は「手が出ないほどではない」 

実際に、薬物にはどのくらいのお金がかかるのか。

「薬物は高いし、特にコカインは高い。一般の人ではなくセレブが使うドラッグ」という意見もある。

薬物犯罪を担当する捜査関係者によると、薬物の価格は地域によってまちまちだが地方よりは都会のほうが安く手に入る傾向がある。

ただ、一般人が買えないほど高いかといえば「そうでもない。手が出ないほどではない」という。

「コカインは、大麻などの混ぜ物をして安く売る場合も多い。混ぜ物の有無やコカイン自体の出来の良さにもよるが、良質なコカインでは1グラム1万7000円台が卸値の目安」

1回の使用量は0.03グラム程度。継続して使用するにはかなりの出費だが、大金を稼ぎだすミュージシャンや会社経営者でなくても、買おうと思えば買えてしまう金額だ。

また、30代以下を中心に大麻での検挙も急増。警察庁によると、2017年は3008人で、2013年の倍近くに伸びている。その約半数が30歳未満だ。

コカインは流通が少ないため、地域によっては相場がなく、言い値で取引されることがあり、覚せい剤より安く手に入る場合もあるという。

コカインは都内のクラブイベントなどで初回のみ無料で配られることもあるといい「クラブを中心に、シャブ(覚せい剤)よりは若い世代に広がっている」と話している。