「あいちトリエンナーレ2019」でジェンダー平等が実現 芸術監督の津田大介さんのこだわりの理由とは

「アートの門外漢である自分だからこそできること、業界にしがらみのない人間でなければできないことがあるはずです」
|

3年に1度の現代アートの祭典「あいちトリエンナーレ2019」が2019年8月1日に開かれる。国内で開かれる国際芸術祭には珍しく、参加アーティストのうち半数が女性。芸術監督を務めるジャーナリストの津田大介さんの強いこだわりだ。

医学部入試の女性差別問題に背中を押されたという津田さんに、これまでの道のりを聞いた。

Open Image Modal
津田大介さん
shino tanaka

2万字の原稿でも伝えきれないような複雑さを、アートは複雑なままでシンプルに伝えられる

津田さんが芸術監督の打診を受けたのは2017年6月。当初は断ろうと考えたが、「引き受けても断っても後悔するなら、やってみて後悔しよう」と思い直したいう。

津田さんと現代アートとの接点は2013年にさかのぼる。

東日本大震災からインスパイアされ「揺れる大地」をテーマに開催された「あいちトリエンナーレ2013」で、建築家・宮本佳明氏による作品に出会った時のことだ。会場となった愛知芸術文化センターの吹き抜けを利用して、床面と壁面にカラーテープで線を引いただけで福島第一原発の原子炉建屋を原寸台でトレースした作品。津田さんは驚いた。

「2万字の原稿でも伝えきれないような被災地の複雑さを、アートなら複雑な状態のままでシンプルに伝えられる。アートって、こんな風に社会と接続できるのか」

「テーマ性を持ったアートは、ジャーナリズムと近いのかもしれない」

「情報」が溢れ、「感情」に左右され、「情け」がそれらを制する時代

国内外の芸術祭を視察し、決めたテーマは「情の時代」。

「情」という一文字には、「感情」「情報」「情け」という三つの意味がある。

アメリカではトランプ政権が誕生し、イギリスでは欧州連合離脱を巡り喧々諤々していた時期だった。

「常々、いまは感情的な時代だなぁと思っていたんです。どうして政治も外交も、国民感情もこんなに感情的になってしまったのだろう……と考えてみると、情報が溢れているからなんだな、と。情報に触れることで感情が爆発する。でもそんな感情的な部分を抑え込むのは、人間が本能的に持つ『情け』なんじゃないか、と」

スタッフの体制が固まると、津田さんはキュレーターにテーマに沿ったアーティストを推薦してもらい、津田さん自身が選定の指揮を執った。

ある時、メキシコ人の男性キュレーターがある女性作家を推薦してきた。モニカ・メイヤーさん。メキシコのフェミニスト・アートのパイオニア的存在で、ジェンダー間の不均衡を可視化する作品を得意とする。

だが、メイヤー氏の採用には慎重な声も上がった。「フェミニズムのメッセージが勝ちすぎる」という意見にも、一理ある。津田さんはメイヤー氏を「保留」とした。

そんな中で、2018年8月、東京医科大が入試で女性が不利になるように点数操作をしていた問題が報じられた

Open Image Modal
津田大介さん
shino tanaka

この国には荒療治が必要だ

「先進国のはずの日本で、平成が終わろうとしている時に、実力主義のはずの入試でこんなことが起こるなんて……」

津田さんは衝撃を受けた。さらにショックだったのは、医療の現場から点数操作を擁護する声が上がったことだった。

同時に、若い頃にある雑誌の男性編集長と交わした会話も思い出した。

「女性はたしかに優秀だけど、頑張りすぎて潰れる子もいるし、仕事にムラがある。男性は低値だけど安定している。だから自分は女性は採用しないんだ」

当時はスルーしてしまったこの会話も、根底にあるロジックは同じだったことに気が付いた。

評価する側にはいるのは男性で、女性が活躍できない理由をでっち上げて、差別を正当化している━━。

では美術業界はどうなのか。自分が「芸術監督」を務めるトリエンナーレはどうなのか?

津田さんはキュレーターたちに告げた。

「モニカを入れよう。ジェンダーや女性をテーマにしている作家をどんどん入れよう」

この国には荒療治が必要だ、と痛感したからだ。

男性優位は、医療もメディアも美術業界も…

調べ始めると、美術業界も構図は同じだった。

次のグラフィックは、津田さんが調べた資料をもとに、ハフポスト日本版が作成したものだ。

※「美術業界における主な男女比」のグラフィックが見られない方はこちらへ。

全体を見れば女性が多い業界なのに、ヒエラルキーの上に立つのは男性ばかり。

この構図は、業界の入り口にあたる教育機関でも同じだった。

※「美術業界の教育分野における男女比」のグラフィックが見られない方はこちらへ。

芸術家の卵にはたくさんの女性がいるのに、卵からヒヨコになり、鶏へと成長していく過程でどんどん女性が淘汰されていっていた。

自分自身がトップに立つ「あいちトリエンナーレ2019」では、参加アーティストのジェンダー平等を実現しよう。津田さんはこう決心した。

業界にしがらみのない人間でなければできないことがある

敢えて積極的に女性を選ぶ姿勢に、「女性に下駄を履かせるのか」と反発する声もあった。

そのたび、津田さんは「女性に下駄を履かせるんじゃない。男性がこれまで履いてきた高下駄を脱いでもらうんです」と説明した。

女性の比率を上げるために、予定よりも参加アーティストの数を増やそうとすると、愛知県は「予算がない」と渋った。それなら、と津田さんは自ら投資家や企業に趣旨を説明して資金提供を呼びかけ、今もその”協賛行脚”は続いている。

こうして、トリエンナーレに参加する74組のアーティストのうち32組が女性になった。男女混在のグループやカンパニーを除くと63組。女性が過半数を超えた。

津田さんは言う。

「『差別をなくそう』というのは簡単だが、それだけでは世の中は変わらない。具体的に行動を起こすことが大事で、今の自分はその決定権を握る立場にある。ジャーナリストでアートの門外漢である自分だからこそできること、業界にしがらみのない人間でなければできないことがあるんじゃないかと考えた」

「ジェンダーギャップの問題は女性の問題ではなく、構造を支配している男性の問題です。男性が変わらなければ変わらない。だから、変えるんです」

Open Image Modal
津田さん
shino tanaka

 3月27日に名古屋市で記者会見に臨む津田さんから、熱いメッセージが届いた。

今回のジェンダー平等達成について誤解してほしくないのは、『作品の質』よりも『数字』を優先したわけではない、ということです。

これだけは口を酸っぱくして言いたい。

作家選定で何より重視したのは「情の時代」というテーマに合致するか否かです。テーマに合わない女性作家はそもそも採用していません。

極端にプレーヤーの男女比が偏っているプロダクトデザインやエンジニアリングの世界と違って、美術は男女問わず無限に良いアーティストがいる。

だからこそ、芸術祭のように数十組のアーティストを招けるような場であれば、質を低下させることなく男女平等を実現できるんです。ちなみに世界最古の歴史を持ち、世界最大の国際芸術祭であるベネチアビエンナーレも、今年初めてジェンダー平等を達成したそうです

「あいちトリエンナーレ2019」のジェンダー平等は、『弊害の大きい男女平等』ではなく、『美術業界の最新トレンド』と理解していただきたいなと思います。

アートの素人が芸術監督をやっている「あいちトリエンナーレ」は、批判しやすいかもしれませんが、美術業界のど真ん中にあるベネチアビエンナーレの取り組みは批判しづらいでしょ?(笑)

「東京ではなく愛知から、公金が投入される国際イベントでジェンダー平等のメッセージを世界に向けて発信する。新しい時代に向けて、大きな転機になると期待しています」と語る津田さん。

取り組みやコンセプトへの賛同と寄付も呼びかけている。 

実はまだまだ作家の制作予算が足りていません。

「あいちトリエンナーレ」は比較的作家の制作に対して予算を割いていますが、それでも業界の体質なのかアーティストに作品を作ってもらうための費用が根本的に低く見積もられているのです。そうした体質も変えていかなければならないと思っています。

こうした取り組みに共感された方はぜひ、愛知県が実施している2021芸術・文化による社会創造ファンドにクラウドファンディング感覚でご寄付いただけるとありがたいです。ふるさと納税と同じで一定の金額まで寄付控除が受けられます!