避妊に失敗した場合や望まぬ性行為で避妊できなかった場合などに、性交後72時間以内に飲むことで格段に妊娠する確率を低くする緊急避妊薬(アフターピル)。
3月下旬に富士製薬工業が従来の緊急避妊薬「ノルレボ錠」のジェネリック薬を発売。そして5月をめどに、ビデオ通話で診察を受け、近くの薬局などで処方してもらう「オンライン診療」も厚生労働省の検討会で了承される見込みだ。
世界では薬局で無料または数千円で手に入る薬。日本にはどんな緊急避妊の方法がある?
日本では入手するハードルが高い緊急避妊薬。
でも実はアジア諸国では無料または数百円で手に入る薬で、先進国でも無料で手に入る国があり、価格も安価。
イギリスやドイツでも薬局で1000~2000円で購入できる。
日本では2011年の認可から、ノルレボ錠は1万5000~2万円で患者に提供されていた。
一方、新たに発売されたジェネリック薬は、医療機関によって違いはあるものの、安価なところでは6000円ほど。高いところでは、従来のノルレボとあまり変わらない価格で出すところもある。
このほかにも、月経移動をする場合に使うプラノバールという中用量ピルを、性交後72時間以内に2錠服用し、その後12時間してから2錠服用する「ヤッペ法」と呼ばれる方法もある。
プラノバールの薬価は1錠14円ほど。このため、プラノバールは4錠でも2000~6000円ほどで処方されることが多い。月経移動であれば、さらに安価な場合もある。ただ、ノルレボ錠や新たに出たジェネリック薬よりも、吐き気などの副作用が強い。
日本の緊急避妊薬事情、なんでこんなに世界と違う?ピルに詳しい日本家族計画協会に聞いてみた
低用量ピルの承認が、アメリカに比べて40年遅れていた日本。
そもそも、なんでこんなに価格のばらつきがあるのか。産婦人科に行かないともらえないのはなぜなのか。
低用量ピルや緊急避妊薬などの承認に尽力し「ピル」などの著書がある日本家族計画協会理事長で産婦人科医の北村邦夫さんと、同じく産婦人科医で、大学生の頃から中高生向けに性教育の講演活動を行う遠見才希子さんに、現場の疑問を対談してもらった。(以下、敬称略)
緊急避妊薬市販化の議論はなぜ見送りになったのか。オンライン診療への期待と懸念点は?
遠見:2017年には、処方薬から市販薬への転換を図るスイッチOTC(over-the-counter)化の議論が厚生労働省の検討会でありました。2019年には、ビデオ通話によるオンライン診療についても議論されています。
ですが、スイッチOTC化議論が一度途絶えていますね。
北村:緊急避妊薬のスイッチOTC化の検討会に出席した人によれば「そんな雰囲気じゃない。時期尚早だと言わざるを得なかった」という話や、「薬剤師が緊急避妊薬の説明をできるか不安だ」などといった意見が出たと言います。
僕自身は、緊急避妊薬は薬局で頭痛薬のように簡単に買えるのではなく、BPC(behind the pharmacy counter)だと認識しています。
カウンターの背後にある棚から薬剤師が取り出し、その都度、服薬指導することが前提であればと。
期待しているのは健康サポート薬局。
日本家族計画協会としても、昨年、東京と大阪で「薬剤師のための避妊指導セミナー」を開催し、270名の参加を得ています。薬剤師が緊急避妊だけでなく避妊全般についてもきちんと対応できるような養成講座です。
遠見:薬剤師さんとの協働・連携は欠かせないですね。日本では海外のようなBPCのシステムは確立していないことや、医薬品のカテゴリーや医療用医薬品が市販薬になっていく流れについても様々な問題があるようです。
北村:検討会委員も参考人も、利益者団体の代表でもあるわけで、簡単には既得権を手放さないのは当然です。
遠見:医師の意見をまとめる場でもある医会は公益法人であり、学会は学術団体。ですが、産婦人科医以外でも緊急避妊薬を扱えるようになると、その分利益が減ってしまって困るということでしょうか。
北村:緊急避妊薬や低用量ピルなど、多くは病院ではなく診療所が中心になって処方しているわけですし、収入減は深刻だと思います。
遠見:しかし高価で、産婦人科などを受診しないといけないというハードルもあり、最近ではフリマアプリを使って海外製品を安価で求める人もいますね。
フリマアプリでは1500円程度で売られているものもある。それより高いと、違法に安全性の担保されない薬を取引するような犯罪は今後も続いてしまうのではないでしょうか。
北村:経費の問題はさておき、産婦人科受診のハードルが高いという点については僕たち自身反省しなければならないとは思っています。僕の場合には、多少お金がかかっても、医療機関と繋がることが自分の人生に大いにプラスになることを伝え続けてきました。
輸入業者を通して海外から格安で薬を入手している医療機関があると聞いていますが、そんなことをしていたら、わが国で新薬の開発に金をかける製薬企業なんていなくなっちゃうよね。
遠見:医療機関の海外輸入であれば偽造品がないという前提でいいんでしょうか。
北村:ないとは言えないでしょうね。最大の問題は、副作用が起こったときの救済基金の対象にならないことです。
遠見:オンライン診療が可能になることで、普段は緊急避妊薬を使わない診療科も参入すると思いますが。
北村:僕はスイッチOTC化やオンライン処方に消極的だということではないのですが、緊急避妊薬は、その場でもらって飲めば終わりではない。そこが避妊を考えるスタートになるんです。この考えを進めることができるか心配ではあるのです。
僕のクリニックを例にすれば、緊急避妊薬を処方したら、その後の安全で確実な避妊法を提案する。若い人の場合には大概は低用量ピルですが…。緊急避妊はゴールではなくスタートなんです。
スイッチOTC化やオンライン処方では、緊急避妊薬を飲むことで終わるかもしれない。それが女性のためになるのか、そこら辺まで考えていって欲しいと願っています。
緊急避妊薬、価格のばらつきはなぜ?
緊急避妊薬は、医療機関によって価格が様々だ。1万円以上の価格差が出ることもある。なぜ、そうしたばらつきが出るのか。2人のやりとりは続く。
北村:緊急避妊薬について言えば、ジェネリックが発売されるまでは、医療機関の問屋からの入手価格が1万円程。だから、緊急避妊薬を求めてきた女性の負担額が1万5000円~2万円近くになることがあったようです。
遠見:「ノルレボ錠は高くて買えなかった」という声を聞いたことがあります。緊急避妊はどんな女性にとっても、早急かつ安全に安心して入手できるようにする必要があると考えています。
女性の健康を考える身としては、緊急避妊薬はできるかぎり安価にできないかと思うのです。できたらジェネリック薬でもぎりぎりまで安くできないでしょうか。
北村:薬価収載(保険適用)の薬ではないので、医療機関で如何様とも決めることができるのです。
ちなみに、僕のクリニックでは、緊急避妊薬「レボノルゲストレル錠1.5mg「F」(ジェネリック薬)」に希望する人には低用量ピルを1シートつけて7500円+消費税と決めています。再び緊急避妊薬を必要としなくて済むようなこだわりが僕にはあるからです。
遠見:それなら医療機関で一律で価格を下げて提供することはできないんでしょうか。反対意見なども強いんでしょうか。
北村:自由診療で価格を統一させることは独占禁止法違反になると聞いたことがあります。
公正取引委員会の資料によると、医師会などで一律に自由診療の料金を決めることは原則として独占禁止法に違反する。
このほか、料金設定の基準となる「標準価格」などを決めた場合にも、原則として違反となる。
バイアグラは半年で承認。ピルは44年。緊急避妊薬の承認は話が来てから11年を要した。
遠見:ピルの承認も海外から相当遅れているうえに、日本では避妊の主流は男性用コンドーム。
コンドームより避妊効果が高く、女性が主体的に避妊できる方法は経口避妊薬か子宮内避妊具/子宮内避妊システムくらいしかありません。
海外で多くの女性が避妊のために使用しているミニピル、インプラント、パッチ、注射は日本では認可されていません。
海外ではノルレボ錠は2000年頃から普及したのに、日本では発売がおよそ10年遅れた。ノルレボ錠のジェネリック薬も、8年かかっている。なぜこのような遅れが生じるのでしょうか。
北村:ぜひ知っておいて欲しいのは、新薬については「申請なきところ承認なし」ということです。医師主導の方法や公知申請といって、既に承認されている薬の適応追加などが行われることがありますが、一般的には製薬企業が開発の意義を感じるかどうかです。バイアグラの場合には、申請から承認まで半年でした。陰では、政治的な判断が働いたといいます。
遠見:根底には、男女の性に対する社会的な認識の違いがあるのでしょうか。
北村:当時、ジャパン・タイムズ紙には、ジェンダーバイアスの象徴と書かれていました。44年もかかったピルを「トロッコ」に、バイアグラを「新幹線」に例えてね。
遠見:医療業界が男性中心社会ということでしょうか。
北村:否定はできないでしょうね。たとえば、日本産科婦人科学会でも居並ぶ代議員は男性ばかり。極わずか女性が含まれるだけ。
日本家族計画協会の理事会は、男女比半々にしていますが。意図的であっても、そうしないと「女性活躍」なんてチャンスすら作れません。
医療業界だけでなく、日本全体でそうかもしれない。
遠見:ノルレボ錠以外にも、海外にはエラワンという性交後120時間以内に服用するタイプの緊急避妊薬もある。女性の選択肢を増やすために、日本でも早く導入できないものかと思います。
北村:簡単に言い過ぎですよ。承認されるまでが、本当に大変なんです。まず製薬企業は、これを世に出す意義とそれに伴う収益について考えるのが普通だよね。開発には莫大な経費がかかるわけで、採算を度外視して動き出すわけにはいかない。
ジェネリック薬も、通常は4年ほどで出ると言われているが、ノルレボ錠はジェネリック薬の登場を遅らせるための工夫をした。最初0.75mgで始まり、その後に1.5mgのものを出した。
製薬企業としても、開発や治験にかかったお金を回収するために色々やるわけです。
日本のピルの普及は遅々として進まない。でも世界初のピルの発表は、日本で開かれた国際学会だった
北村:日本だって、誰もピルに着目しなかったわけじゃない。何よりも、ピルについて世界で初めて報告されたのは東京で開かれた会議でしたからね。
1955年、ピル開発の父と呼ばれているグレゴリー・ピンカス博士が、東京で開催された第5回国際家族計画会議で発表した。これを受けて、すぐに日本でも日本医科大学の石川正臣教授らが経口避妊薬の研究班を立ち上げた。
ただ、ある有力政治家の妻が「ピルが世に出回ると女性の性が乱れる」と吹聴したり、ピルの規制を取っ払い、女性解放の活動をする榎美沙子さんらの市民運動を見て「ピルを飲むのは、ああいう怖い女だ」と、女性活躍を好まない男性陣から格好の標的にされたりした。
そしてピルは社会的にもだんだん疎外されていったんだと思います。
遠見:医療界はピルに賛成していたんですか。
北村:産婦人科医には、早期承認を求める意見が多かったようです。事実、保険適応のある中高用量ピルを避妊目的で転用した時代が長かったわけで、できるだけ早く、安心して処方できるようにして欲しいという声は上がっていました。その一方で、宗教的に「命はどこから始まるのか」という議論から避妊薬に批判的なグループもありました。
世界では当たり前に存在する各種避妊薬が日本にはまだない。「#なんでないの」と問題提起しておられる方もいますが、闇雲に活動して「こうしてくれ!」と叫ぶだけじゃ何も変わりません。
やり方があるはずです。ともすれば、潰されたり榎さんのように知らない間に消えてしまったりするかもしれないですよ。
遠見:そのような歴史をふまえて、これからはどのようなアプローチをしていけばいいのでしょうか。
北村:日本にはない避妊法がどうしても必要だという日本人の声が高まることが先ずは大事。
そのための啓発を地道に進めていくことが必要です。遠見さんなど若い女性達が、政治家を動かしたり、メディアと上手にコラボして活動していることにいつも感心しています。
潰されるかもしれないけれど、へこたれることなく続けていって欲しい。医療に関わる問題ですから、日本医師会や産婦人科関連の団体にも支持者を増やすことです。
僕自身、日本での低用量ピルの普及率を30%に引き上げることを目標に今までやってきましたが、現状はわずか4%。もう終活を始めている身なので、次世代に期待して楽しみにしています。