「クールジャパン」という言葉が有名無実化しつつある。
エヴァンゲリオンシリーズの碇シンジ役などで知られる声優・アーティストの緒方恵美さんが1月、ハフポストのネット番組「ハフトーク」に出演した。
緒方さんは日本のコンテンツ業界で、作り手側がさらされている苦境を明かし「クールジャパンと(国が)おっしゃるなら、その文化を発信するためのきちんとした仕組みづくりを国にお願いしたいです」と語った。
海外でも人気の日本アニメ。でも市場シェアはわずか4.2%...
番組にはこの日、緒方さんの愛称「アニキ」にちなんで、「#アニキに聞きたい」のハッシュタグで多くの質問が寄せられた。その中の1つに、2017年に緒方さんが実施したクラウドファンディングのキャンペーンについて問うものがあった。
デビュー25周年を記念して制作したカバーアルバムを国内外に同時に届けるというこのキャンペーン。
緒方さんは「ふつうに出せば、日本国内に住んでいる、いつもほしいと思ってくださる方のところには届きます。でも、せっかくの周年記念なので、チャレンジさせていただきたいと思って」という。
クラウドファンディングをしようと思った理由は、大きく分けて2つ。1つは、日本で作っているアニメのDVDや音楽CDの販路だ。
「クールジャパンと言われていますが、とても日本の業界はガラパゴスで、私たちがつくっているものの現物は、海外になかなか流通しないようになっています。向こうでは買えないようになっていて届けることができず、海外のファンから毎回『それはどこで買えますか』と聞かれる。それを教えてあげられない、届けられないということがあって」
だが、クラウドファンディングならば、出資者へのリターンという形で届けることができる。
もう1つは、クラウドファンディングをするときに、ホームページ上で日本語と外国語で「なぜこれをやるのか」を伝えられる点だ。
「日本のアニメも音楽もなかなか流通していないということを、まずは国内のファンの方に知って頂きたかった」という緒方さん。
「更に、業界の窮状を訴えることで、何とかして海賊版や違法アップロードではないカタチで海外の方に見てもらえて、何かを受け取ってもらえたら。その中から、私たちでは考えられないようなことを考えてくださる方が、アイデアを出してくれたらうれしいなと思いました」と語った。
いま世界では、これまで日本の代名詞だった自動車や家電、電子機器などに肩を並べて、アニメや漫画コンテンツの需要が高まっている。
経済産業省の2016年度コンテンツ産業強化対策支援事業では、アニメ、ゲーム、漫画のほか、音楽や映画、ドラマといったエンターテインメント産業における海外需要の市場規模を調査した。
報告書によると、世界最大のエンタメ市場といえるアメリカでは、2015年に19.21兆円、2020年には20.20兆円にのぼると予想。
成長著しい中国では、2011年に2.03兆円だった市場規模が、2015年にはほぼ倍の4.03兆円に伸び、さらに2020年には6.72兆円に増加すると見込まれている。
また、映画館が禁止されているものの、各家庭でのテレビ需要などから、エンターテイ ンメント分野への投資に関心を有するサウジアラビアでは、2020年には需要が10年前の約4倍に伸び、800億円に到達するとみられる。
しかし、報告書によると世界のコンテンツ市場における日本由来のコンテンツのシェアは4.2%程度にとどまっている。
こうした状況に緒方さんは「まずは日本の国内に、海外に向けてコンテンツを送り出すためのプラットフォームがほぼない。YouTubeは全世界で見られると思われるかもしれないのですが、YouTube Redという方式が採用されたときに、(方式の規約に契約していない)各レコード会社では、出していたPV(プロモーションビデオ)が海外からは見られないというようなこともあって」と説明。
YouTube Redをめぐっては、利用者が動画のダウンロードができてしまう点などから、音楽ビデオを主力の収入源のひとつにしているレーベルは、規約に署名しにくい面もあり、大きな問題となった。
クールジャパンって結局、現場はどう思ってるの?
ここで気になるのが、2010年から政府の肝入りで進められていたはずの「クールジャパン政策」。
だが2017年3月末時点の会計検査院の調査によると、コンテンツの海外流通を促すクールジャパン機構は、約310億円の投資・融資によって約44億円を失っている。
2018年6月には、これらの状況を受けて同機構の太田伸之社長が退任するなど、迷走が続いていた。
こうした現状に緒方さんは「すごいショックを受けました。クールジャパンというワードはアピールとして使っても、もうその販路を開くために協力してはくださらないのだろうかと。(販路を)整えていっていただけるような仕組みを、クールジャパンといってくださるのなら、国にお願いしたい」と声を落とした。
海外の需要に応えるように日本でも海外発注のアニメ制作が増えているが、これに関して緒方さんは「私たちの技術を使って制作しているのですが、一部では、さながら日本のアニメーション業界が海外の工場のようになっているのです」と指摘。
従来多かったアニメの輸出方式では、「一部では出せば出すほど日本の制作会社が損をするシステムになっていた」と話す。
海外の発注側から制作費として一定金額を受領し、アニメを作るという形式では「著作権は全て海外の会社にあり、私たちは一定の制作費で作って渡すだけ。これでは海外の会社は儲かっても、日本の制作会社は……著作権のシステムのようなものができていけばいいのですが。本当にみんな頑張っているのですが、小さな会社単位では動けないこともある。国が主導してくださればと思う」と語った。
アニメが若年層のトレンドになり始めた中国では、日本への作品の発注も増え一大市場になっている。
しかし、緒方さんが指摘するような請負型の業務提携も多く、こうしたモデルからの脱却が望まれている。
日本と海外企業の日本法人で製作委員会をつくるモデルであれば、著作権を持つことができるため、売れるほどその対価が入ってくる。
しかし経産省の報告書では、法制度上のハードルのほか、海外側からの働きかけが多く、日本は受け身であり、積極的な売り込みができていないことや、日本の制作側が海外企業の参加に抵抗感を持つなどの理由が課題に挙げられていた。
インバウンド対策は?
海外販路が法律上のハードルがあり、なかなか進まないのであれば、年々増える国内へのインバウンド対策はどうなのか。
例えば「聖地巡礼」といって、アニメや映画ファンが訪れる新たな観光地として注目される全国のロケ地。文化庁では、全国ロケーションデータベースというサイトを立ち上げている。
ただ、映画の名前を調べても、ロケ地が出てこないものが多い。毎年形式もほぼ変わらない。
しかし管理などに使う年間の費用は、2017年度予算で1600万円。単年度ではなく、2016年度と2018年度も1600万円かかっている。2019年度はシステム更新を予定しており、その分が予算でアップするため、約3000万円ほどとなる予定。
文化庁の担当者によると「こちらは、映像ファン向けでもありますが、特にロケをしたい制作者向けでもあるので、仕様的に見にくいかもしれない。
また、各地のフィルムコミッションに情報更新をお願いしているので、忙しいなどの理由によってロケ地が入っていたり入っていなかったりする」という。
予算のうち情報の更新などは、ジャパン・フィルムコミッションに1300万円を委託業務として支払い、残りはサーバーのシステム管理会社に支払っている。
文化庁の担当者は「使いやすいものにするため、ロケをする際の規制情報を載せたり、さらに情報を入れたりなどしていきたい。ロケ地が入っているところとないところなどで差があると指摘も受けている。今後は忙しいフィルムコミッションを支え、研修などを開くことで差がなくなるように努めたい」と話している。
文化事業は海外の先例も
世界への販路をつくるため、国が文化事業を後押しする例には、海外での成功例もある。
クールジャパン政策が参考にした韓国の「クールコリア戦略」は、1997年のアジア通貨危機をきっかけに、国外への文化事業の輸出を目指して立ち上がった。
2000年以降は、国家予算の1%の水準で文化事業を担当する文化体育観光部の予算に充当。ドラマ制作費を国が補助したり、海外へ売り出すための字幕や吹き替え事業にも出資した。
結果として、韓国ドラマやK-POPは「韓流ブーム」としてアジアを巻き込み、欧米諸国にも伸びていった。
この先例について緒方さんは、パリで毎年開催される漫画やアニメの祭典「ジャパン・エキスポ」についても言及した。
エキスポには2010年に韓国政府所管のコンテンツ振興院のブースが「マンファ(漫画)」として出店。
エキスポは、ジャパンという名を冠しているが、日本のものだけ置いているわけではない。漫画・アニメを中心とした文化の祭典として、フランスの同人作家や、タイや台湾、アメリカなどの様々な企業も参加している。
ただ、韓国などの国を挙げた勢いに対して、当時のクールジャパン室長は「ここもいずれマンファに席巻されるかもしれない」と話している。
日本の危機感に対して、緒方さんは「では日本の政府は、そこを広げてくれないのかと思ってしまいます。アニメや音楽など、日本には素晴らしいコンテンツを作るクリエイターと、その技術がある。小さな単位で世界に、は難しい。韓国の政府のように日本でも応援していただけたらと思います」と訴えている。