生きづらく、大変そう……。「障がい者」という言葉からは、いまだにそういったネガティブなことばかりが連想されてしまう。しかし、そんなイメージを跳ね除けるような活躍を見せる、ひとりの芸人がいる。ものまね芸人のコロッケさんだ。
美川憲一さんや五木ひろしさん、工藤静香さんなど、ものまねレパートリーは実に幅広い。ただ歌声を真似るのではなく、仕草や表情を誇張した“顔芸”によって、私たちを笑いに誘う。
ものまね芸人の王者として君臨するコロッケさんが、「片耳難聴」の当事者であることを公表したのは、2009年のこと。その事実に驚いた人は少なくないだろう。
聴力を失ったのは14歳の頃。以降、コロッケさんはハンデを抱えながら生きてきた。ものまね芸人の命とも言える「聴力」が半分しかない状態で、いまの地位を築くためには、相当な苦労があったはずだ。コロッケさんはどのような半生を歩んで来たのだろうか――。
片耳難聴だから生まれた「ものまね芸」
――コロッケさんは2009年に「右耳の難聴」を公表されました。その度合いはどれくらいなのでしょうか?
右耳の聴力は、水中の中で音を聴いているようなイメージです。相手が喋っていることはわかるけれど、その意味までは理解できません。だから、食事の席でも一番右側の席に座って、左側の耳で聴くようにしています。
――なぜ難聴になってしまったんですか?
小学2年生の頃に中耳炎になったんです。でも、僕の家は母子家庭だったこともあり、とても貧しかった。なるべく金銭面で負担をかけたくなかったんです。だから病院にも行かず過ごしていたんですね。すると、中学生になったある日、耳に激痛が走って。
慌てて病院に駆け込んだら、真珠腫性中耳炎と診断されました。耳の組織や骨まで溶かしてしまう病気で、そのままにしておくと脳まで侵食されてしまい、死に至ると。そこで手術をしたんですが、結果的に聴力を失うことになってしまいました。
――その当時、とてもつらかったのではないかと思います。
当初は対人恐怖症にもなりましたよ。右側から話しかけられても聞こえないから、左耳を向けようとするじゃないですか。すると、その行為を「え、何なの?」って気持ち悪がる女の子もいたりして。ちょうど思春期でしたから、ショックでしたね。次第に、人と話したくない、ひとりになりたいと思うようになって。学校が終わるとそそくさとひとりで帰るようになりました。
でも、そんな状況を変えたいとも思っていて。それで僕が選んだのが、「ものまねをする」ということだったんです。面白いものまねをすれば、みんなが笑ってくれる。当時の僕にとって、ものまねはコミュニケーションツールだったんです。
――それが原点だったんですね!
いま、ちょっとカッコつけちゃいましたけど、モテたいという下心もあったんです(笑)。モテたいし、みんなとコミュニケーションもとりたい。それが次第に、「みんなを喜ばせたい」という想いに変わっていきました。
それからスナックでもものまねを披露するようになったら、そこでもみんなが笑ってくれる。「こんなに楽しいことがあるのか」と思いました。それでものまねを仕事にできないかと思って、19歳の頃に上京したんです。
――ものまね芸をする上では、やはり聴力が重要になってくると思います。ハンデを背負いながらどのように芸を磨かれたんですか?
僕がものまねで大切にしているのは、「想像力」です。芸能界に入ってから、ある方に「目で聴いて、耳で見るんだよ」と言っていただいたことがあって。それはつまり、想像力を働かせろということ。
たとえば、耳が聴こえない方は、目で見たものから音を想像しますよね。この人はどんな声で喋るんだろう、と。この人はいかつい顔をしているけれど、実は甲高い声をしているかもしれない。そんな風に想像すると楽しくなりませんか? そうやって想像を膨らませていって、面白いことを見つける。それが僕のものまねの根幹になっているんです。
時々、「どうしたらそんなアイデアが湧くんですか?」と訊かれることがあります。森進一さんをニワトリと重ねたり、五木ひろしさんをロボットに見立てたり、普通の人はそんなことしないですよね(笑)。
だけど、どうしてそんなアイデアが湧くのかというと、やはり「人を見る力」が身についているからなんだと思うんです。それは、僕が難聴だから。片耳の聴力を失ってから、人をより深く見るようになったんです。相手の態度や仕草から、「この人はこういう性格かもしれない」と洞察するようになって、その観察眼と想像力がいまの仕事に結びついているように思います。
難聴は「神様からの贈り物」だと思っている
――難聴であることが、強みになっているということですね。
そうです。だからこそ僕は、自分の難聴を「神様からの贈り物」だと思っているんです。人生はプラマイゼロ。僕は難聴という“武器”を手に入れたおかげで、ものまね芸人にもなれましたし、ありがたいことにものまね四天王と呼んでいただけるようにもなりました。もしも僕が健聴者だったら、ここまで芸事を磨くことはできなかったと思うんです。
そして、これは他の障がい者の方々にも言えることだと思います。これまで、さまざまな障がいを持つ方たちとお会いしてきましたけど、みなさん、「気づく力」に長けていらっしゃる。街中で危なっかしくベビーカーを押しているお母さん、横断歩道でヨタヨタしているお年寄りなど、健常者ならば見過ごしてしまうような状況でも、障がいのある方たちはいち早く気づく。これは素晴らしい力です。
――障がいのある人たちのなかには、「自分なんて……」とネガティブな感情を抱いてしまっている人たちも少なくないと思いますが、決してそんなことはないと。
障がい者だからといって劣っているわけではありません。むしろ、健常者では気づけない部分に気づく力を持っていますし、それを誇りに思うべき。もちろん、障がいを受け入れられず、落ち込んでしまう気持ちもわかります。
でも、自分の殻に閉じこもってほしくない。自分を守るために周囲との壁を作るのではなく、積極的に他者と接することで自分を守る道を見つけてもらいたいと思います。障がい者のことを理解したいと思ってくれている健常者だってたくさんいますし、コミュニケーションを取ることでわかり合えるはず。
障がい者は痛みを知っている分、他人の気持ちが理解できる人たちなんです。繰り返しになりますけど、それは本当に素晴らしいことですよ。
そして、これからの社会を変えるためには、そういった障がい者の方たちの視点も大切になってくると思います。公共施設のバリアフリー化が進んだのも、障がい者の方たちが「どこに不便さを感じているか」「建物をどう変えれば、不便さがなくなるのか」というヒントを出したから。世の中を大きく変えるヒントを出せるのも、障がい者の方たちに「気づく力」があるからなんです。
障がい者を支える人たちも輝ける社会に
――障がい者の方たちが社会を変えるきっかけになる。非常に力強いメッセージだと思いますが、コロッケさんご自身がそういった活動もされているのでしょうか?
あまり公にはしていないのですが、定期的に小児病棟を訪れているんです。そこにはさまざまな病気や障がいのある子どもたちがいます。ただ、僕はその子たちを喜ばせてあげたいだけではなく、そこで働く方々のことも労ってあげたいと考えているんです。困難さを抱えて生きている人たちの背後には、彼らを支える存在がいますから。
たとえば、介護士さんも同様です。特に障がい者やご高齢の方たちは、介護士さんの手助けがあることで生きやすくなっている部分もありますよね。でも、現状では、彼らに対する待遇があまりにも低いと思うんです。僕はそんな状況を変えたい。
厚生労働省の方たちとお会いする機会をたびたびいただくんですが、その都度、熱く語っています(笑)。給与を上げることもそうですし、思い切って介護士さんたちの制服をもっとカッコいいものにするのでもいいと思います。そうすることで、彼らを「花形職業」にできれば、と。それが普通になれば、障がい者の方たちもさらに楽しく生きられますよね。
そのために僕にできることがあれば、なんだってやるつもりです。僕はいつも悪ふざけばかりしていますけど、このものまね芸が手助けになるのであれば、いつだってお見せしますよ。
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コロッケさんは、片耳難聴を抱えながらも前を向いて生きている。そんなコロッケさんの生き方のように、聴力に障がいのある人や耳が聴こえづらいご高齢の方に寄り添い、サポートしてくれるのが、NTTドコモの「みえる電話」だ。
「みえる電話」は通話相手の音声をリアルタイムで文字に変換し、着信元のスマートフォン画面に表示してくれるサービス。「相手の声が聴き取れない」という理由で、電話の使用を諦めていた人たちを助けるべく生まれた。“聴き取り”に限らず、話したい内容を文字で入力すれば、それが音声に変換され相手に届くため、能動的なコミュニケーションが可能になる。
3月1日(金)からの3日間、六本木ヒルズにて開催中のイベント『33(みみ)展 by For ONEs』では、「みえる電話」を体験できるブースが用意されている。また、“聞こえづらい上映会”では、健聴者も難聴者や聴覚障がい者の世界を知るきっかけが得られるだろう。
・場所:東京都港区六本木6-10-2 六本木ヒルズ 大屋根プラザ
・日時:3月1日(金)13:00~18:00、2日(土)・3日(日)11:00~18:00
・参加費:無料
NTTドコモは、この「みえる電話」をはじめ、さまざまな個性に寄り添い、人々が自分らしさを発揮できる社会の実現をめざす「For ONEs」という取り組みを行っている。
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「障がい者には、細かな部分に気づく力がある」と語ってくれたコロッケさん。その強みを生かして、彼は今日もステージに立つ。その姿は、いま現在、自身の障がいに悩む人たちにとっての希望そのものだ。
(取材・文:五十嵐大 撮影:川口宗道 編集:川崎絵美)
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