リベラル派の最高裁判事87歳で逝去
リベラル派のアメリカ最高裁判事、ルース・ギンズバーグ氏が9月18日、87歳で逝去した。ギンズバーグ氏は女性としては2人目の最高裁判事として93年にクリントン政権下で指名され、女性や人種的少数派の権利向上に大きく貢献した。2018年には伝記映画も公開され、名前の頭文字「RGB」のニックネームで親しまれ、若い世代の尊敬も集めていた。
トランプ大統領を「詐欺師」と批判したリベラル派、ギンズバーグ氏の死去に伴い、最高裁判事の後任指名を巡って、アメリカは大きく揺れている。
11月の大統領選を前に、トランプ大統領は保守派のエーミー・バレット氏を指名すると発表している。2018年に「アメリカが一気に保守に傾く不安」で書いたように、最高裁判事9人がリベラル、保守のどちらに傾くかによって、これまで合憲とされていたことが覆される可能性があることから、9人のバランスがアメリカの未来を決めるにあたり非常に重要になるのである。
最高裁判事には人工妊娠中絶をはじめ、人種差別問題、LGBTQ(性的少数者)、死刑囚の再審請求等、アメリカの国民の権利に関して未来を決める重大な判決が委ねられている。
ごくわかりやすく言えば、人工妊娠中絶やLGBTQ等の権利拡大に反対するのが保守派、そして、人工妊娠中絶を女性の権利と考え、LGBTQなどの少数者の差別に反対するのがリベラル派だとイメージしてこれからの話を聞いてほしい。
リベラル派に傾きつつあったアメリカ最高裁
現在、ギンズバーグ氏の死去により、最高裁は保守派5人、リベラル派3人の構成となった。
しかし、保守派の中でもロバーツ判事は不法移民対策や職場でのLGBTQ差別をめぐる判決でもリベラル派に同調する等、リベラル寄りの判断を下すことがあることで知られている。また、LGBTQ差別をめぐる判決では保守派のゴーサッチ判事もリベラル派と足並みをそろえて保守派から猛反発を浴びるなど、ケースによっては各判事も自身の判断を貫き、保守とリベラルが同数になることもある。
また、この夏、最高裁は南部ルイジアナ州で人工妊娠中絶を事実上大きく制限する州法は違憲との判決を下した。このようなリベラル派寄りの判決が相次いでいることに保守派は不満を募らせていた。これを受けてトランプ大統領は、1カ月後に迫る11月の大統領選で政権交代が起きれば、最高裁のリベラル化がさらに進むと保守派の危機感をあおっている。
そして、大統領選の約1カ月前であるにもかかわらず、支持基盤である保守派の求心力を保つためエーミー・バレット氏を指名するという。
最高裁判事に欠員が出た場合は、最高裁判事の候補選出は大統領の仕事とされているが(合衆国憲法修正第二条)、候補者の承認は上院単純過半数の多数決によって行われる。簡単にいえば、大統領の政治色を反映した考え方の持ち主が候補として選出され、上院の過半数の占める政党の支持を集めるかどうかがカギとなる。
現在、承認機関である上院(定員100)は共和党が53議席と過半数を占めている。また、副大統領にも一票を投じる権利がある。現状を鑑みて3人の共和党員が「まった!」をかけ、共和党対民主党が50:50となったとしても、ペンス副大統領が1票を投じれば、トランプ大統領が選んだ候補者を選出することは可能なのである。
矛盾する共和党のロジックと避けられない混乱
オバマ前大統領(民主党)の下で繰り広げられた最高裁判事の任命劇は、今回の混乱を知るうえで重要になる。2016年、保守派の論客であったアントニン・スカリア判事の急逝を受けて、メリック・ガーランド氏がオバマ前大統領によって指名された。
当時、定数100のうち54議席を共和党が占めていた上院で、「翌年に大統領選を控えてのリベラル派ガーランド氏選出は民主党の選挙対策だと揶揄」され、ガーランド氏は最高裁判事就任に至らず、最高裁判事の空席は約一年も続いた。
これを逆手にとって、2018年のトランプ政権下で、民主党はケネディ氏引退表明を受けてカバノー氏を選出した共和党に対し「選挙のある年に最高裁判事の指名を審議すべきではないというルールに従うべきだ」と主張したが、中間選挙前にカバノー氏が承認された。
そして、今回はそのロジックを共和党は適用しないのだろうか?2016年のオバマ前大統領時代とは異なり、今回は上院と大統領は同じ政党であることから、全アメリカ国民の総意として最高裁判事の指名をするのだと関係者は話し、さらには「最高裁が選挙の勝者を決めることになるかもしれない」という。
私にしてみれば、前回の「選挙のある年に最高裁判事の指名を審議すべきではないというルールに従うべきだ」というロジックを持ち出された時の言い訳にしか聞こえない。むしろ、大切なことであれば性急に決断することなくじっくりと選出したらどうかと思う。
いずれにせよ、今となっては後の祭りではあるが、ガーランド氏の任命時にこうした前例を作ることに甘んじてしまったことが悔やまれてならない。
また、今回の任命劇は、トランプ大統領自身は大統領選で負けることも視野に入れていることは自明である。バイデン氏が大統領選挙に勝ったとしても、最高裁判事の任命をめぐり次のような問題が起きると予想できるからだ。
例えば今回、リベラル派が任命を阻んだとしても、バイデン氏が正式に大統領に就任するまでの期間に、トランプ大統領が最高裁判事を任命することは可能である。
保守派のバレット氏が判事に任命されれば共和党候補に有利な判断が下されるという目論見の下、すでに、トランプ大統領はラジオで「最高裁判事の決定なしでは、開票はホラー・ショーになるだろう」と話すなど、かつてのブッシュ対ゴア事件(2000年)のように、トランプ大統領が大統領選の結果を不服として訴訟提起することを匂わせている。
指名を急いではならない
この状況を鑑みた時、私はアメリカの弁護士として司法に関わる立場から、いずれにせよ性急に最高裁判事の後任使命を進めることに強く反対する。最高裁判事の指名が政治の道具となっているように思えてならないからだ。
アメリカの未来を左右する最高裁の決定への影響のみならず、大統領選を控えて支持基盤である保守派の求心力を保つかのごとく後任を指名し世論を扇動することも、政権により有利に働く判事の選出を急ぐことも、合衆国憲法における「チェック・アンド・バランス(抑制と均衡)」の仕組みを崩壊させることにもつながりかねない。
崩壊とは大げさに思えるかもしれないが、終身制の最高裁判事がアメリカの未来に与える影響は4年で交代する大統領よりも大きいことを忘れてはならない。
現任の判事のうち、50代はいずれも保守派で二人、最高齢はリベラル派の80代である。あくまでもバレット氏が任命された場合の話であるが、平均寿命を鑑みた時、保守派の50代二人に加えて48歳のバレット氏の影響は、30年は続くだろう。さらに、最高齢の80代の最高裁判事の交代劇は数年以内にありそうだ。
ちなみに、大統領が4年間の任期中に最高裁判事を3人も任命するのは極めて異例である上、リベラル派の故ギンズバーグ判事は、保守派寄りに傾くことを警戒してトランプ大統領の退任までは現職を退かないと明言していた。
11月の大統領選を前に、道徳的で高潔、女性、法曹界、若者たち等から絶大な尊敬を集めた故ギンズバーグ氏の意思が、広く社会に浸透していることを願って止まない。
アメリカの未来を決める最高裁判事の指名を急いではならない。