「台湾総統選」の本当の読み方。蔡英文「圧勝」韓国瑜「惨敗」と言い切れない?

「史上最高の817万票」を得た蔡英文。しかし、最高得票「数」は得たものの、得票「率」自体は2008年の国民党・馬英丸当選時より低い。
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台湾総統選に勝利し、台北でガッツポーズを決める蔡英文総統。
時事通信社

台湾の総統選・立法委員選挙が1月11日に終了した。現地の新聞各紙には「蔡英文、史上最高の817万票」「中国の一国二制度にノー」といった見出しが躍ったが、2週間余りを経て報道も一巡したところで改めて選挙結果を子細に分析してみると、必ずしもそれほど単純な構図ではないことに気づく。

では実際に何が起きたのか。今後どうなるのか。深読みを試みてみた。

今回の選挙について、見落とされがちな事実をいくつか指摘したい。

(1)高い投票率が、蔡英文「最高得票数」につながったが、得票率は2016年並で、2008年の馬英九当選時より低い。

(2)2016年より政党票を減らした民進党は今回の勝利を決して喜べない。

(3)対立候補の国民党・韓國瑜は「惨敗」ではなかった。

(4)台湾政治における統一・独立両派の「世代交代」が一気に進んだ。

馬英九を下回った得票率

まず、蔡英文が得た817万票は確かに台湾の総統選挙史上、最高得票数である。

しかし、得票率だけをみれば57.13%であり、2008年に国民党の馬英九が当選したときの58.44%には及んでいない。

投票率を比べると、今回は74.9%で、2008年も同様に76.3%と高かった。ただ、今の方が有権者数の母数が約200万人多いので、蔡英文の得票数が上回った形である。

得票数を有権者数で割った絶対得票率を比べても、今回の蔡英文の42.3%は、2008年の馬英九の44.2%を下回っている。

こうみると、蔡英文は2016年の総統就任後、2018年の統一地方選の大敗までの3年間で大きく失った民進党への支持を、香港情勢の追い風などもあってどうにか2016年時点まで回復させた、というのが現実的な評価ではないだろうか。

ただ、馬英九が2期目の当選を果たした2012年総統選での得票率は、初当選時より約7ポイントも少ない51.60%だった。そのことを考えれば、蔡英文が今回、得票率を2016年の初当選時の56.12%より1ポイント上積みしたのは、十分な結果だと見ることもできる。

立法委員選「勝利」の立役者は少数政党

すでに民進党内では2024年の次期総統選挙の候補が取り沙汰されているが、現状では、頼清徳・副総統と鄭文燦・桃園市長の2人に絞られたといっていい。ベテランの域に達した頼清徳と「中堅世代の逸材」との呼び声が高い鄭文燦のレースはまだ始まったばかりで予想は難しいが、世代交代の様相も呈しながら、今後の台湾政治の焦点になるだろう。

一方、大きく株を上げて、個人としての影響力を高めた蔡英文とは対照的に、民進党に対する支持は十分に回復したとは言えない。その点がよく表れたのが、立法委員選の比例区における政党得票率だ。

ここでの民進党の得票率は33.98%と、国民党の33.36%とほとんど同じであった。獲得した比例区の議席もともに13議席で互角である。2016年の立法委員選で民進党の比例区政党得票率は44%に達していたので、10ポイントも政党票を失ったことになる。

それなのに、立法院の過半数をなぜ民進党は占めることができたのか。

それは、グリーン陣営のなかの小政党を意味する「小緑(リトル・グリーン)」と呼ばれる小政党では、小選挙区で当選できるような候補の育成ができていないので、小選挙区での彼らの票が「非国民党」という形で民進党の候補に流れたからである。

比例区における政党得票率では、「台湾民衆党」(11.22%)、「時代力量」(7.75%)、「台湾基進党」(3.16%)、「緑党」(2.41%)など、「小緑」の得票率は全体の25%に達している。決して無視できる数字ではない。

台湾民衆党を「小緑」としていいかどうか、小政党同士の連携が可能かどうか、などの問題はあるが、仮にもし次回「小緑」がまとまるような候補が出てくる事態を想像すると、民進党は内心穏やかではないだろう。

「戦犯」というほどの負け方ではない

今回、蔡英文の勝利においては、国民党の韓国瑜が候補者として不適格であった、という指摘が相次いだ。確かに韓国瑜は物議を醸す言動も多く、適格性を疑がわれても仕方のない面があった。ただ、選挙戦終盤では、巧みな演説などが支持者からおおむね好評であり、得票率は38.61%に達した。

得票数では550万票を超えており、立法委員選・比例区における国民党の政党得票数より80万票も多くなっている。

前回総統選の国民党候補だった朱立倫の得票率31.04%を7ポイント上回っており、国民党からすれば「戦犯」というほどの負け方ではない。むしろ韓国瑜が「自分は党勢復調の功労者」と主張する可能性もあるだろう。

今回の敗北の責任を負って、党主席であった呉敦義が辞任することを明らかにしている。次の党主席は誰が担い、どのような路線で民進党と戦っていくのか。

その議論は、安定感のある朱立倫と、高雄市長として今後も話題を集める韓国瑜の2人を中心に展開していくことになるだろう。少なくとも、韓国瑜が今後の台湾政治において一定の影響力を保つことができる結果を残したことは銘記されていい。

党改革が求められる国民党

台湾において、国民党の伝統的支持層や、中台関係の安定を優先したいと考える人々はやはり少なくない。

韓国瑜の得票率と、国民党と支持層が重なる「親民党」から今回の総統選に出馬した宋楚瑜の得票率を合わせれば、約43%に達するので、いわゆる「ブルー陣営」は4割以上の支持層は維持できたと見ていい。

国民党の問題は、むしろ今後の党改革にある。対中関係の改善一本だけで支持が得られるほど、現在の台湾の有権者は甘くない。

中国に進出していたIT関連のサプライチェーンの台湾企業は、米中対立による関税の引き上げや中国の物価上昇、国内競争の激化などで、中国から次第に逃げ出そうとしている。

中国の台湾経済への圧力も、観光客を減らす、台湾農水産品の購入を減らすという程度では、台湾経済自体を揺るがすほどの効果を発揮しないことが明らかになっている。

台湾の本土化と呼ばれる趨勢はもはや止められない。そのなかで台湾社会に根差し、台湾人の利益を守るために中国とも堂々と向き合う政党であるという信頼を、いかに若い世代から取り戻すかが国民党最大の課題である。

国民党は、このままでは有権者の入れ替えが続くほど、ジリ貧になっていくことは目に見えている。次期総統選の候補を考えるより、まずは党の路線の確定に、今後しばらく時間を費やすことになりそうだ。

退場していく「独立保守」と「統一保守」

一方、今回の選挙で、もう1つのポイントとして興味深かったのが、台湾の独立運動を引っ張ってきた伝統的独立派がほとんど存在感を発揮できなかったことだ。

伝統的独立派が立ち上げた「喜楽島連盟」、陳水扁元総統が立ち上げた「一辺一国行動党」、李登輝元総統が精神的領袖である「台湾団結連盟」は、いずれも伸び悩んだ。

一方、中国との統一を呼びかける「中華統一促進党」、統一色の強い「新党」、総統候補であった宋楚瑜が率いる「親民党」のいずれもが、前回よりかなり得票を減らした。

これらの政党は、立場こそ正反対の独立派と統一派だが、従来の政治構造のなかで対抗軸として存在感を持っていた、「独立保守派」「統一保守派」とも呼ぶべき勢力であった。有権者の世代交代もあって影響力を失っていき、今後は台湾政界から次第に姿を消していくことになるのだろう。

ただ、独立保守派の勢力は、その思想を「天然独」(生まれながらの独立派)と呼ばれる若い世代に引き継いでいるとも言える。そのため、独立色の強い「小緑」の新政党が軒並み勢力を伸長させた。

これに対し、統一保守派のほうはその主張を受け継ぐ新勢力が見当たらず、歴史の波に消えていくような未来しか見出せないように思えるところは対照的である。

明らかに、台湾における統一派の生存空間は、年々小さくなっている。彼らに頼ることが難しくなった中国は、今後、「統一派ではない親中派」を育成するという論理的に矛盾する台湾政策の構築を迫られることになる。

野嶋剛 1968年生れ。ジャーナリスト。上智大学新聞学科卒。大学在学中に香港中文大学に留学。92年朝日新聞社入社後、佐賀支局、中国・アモイ大学留学、西部社会部を経て、シンガポール支局長や台北支局長として中国や台湾、アジア関連の報道に携わる。2016年4月からフリーに。著書に「イラク戦争従軍記」(朝日新聞社)、「ふたつの故宮博物院」(新潮選書)、「謎の名画・清明上河図」(勉誠出版)、「銀輪の巨人ジャイアント」(東洋経済新報社)、「ラスト・バタリオン 蒋介石と日本軍人たち」(講談社)、「認識・TAIWAN・電影 映画で知る台湾」(明石書店)、「台湾とは何か」(ちくま新書)。訳書に「チャイニーズ・ライフ」(明石書店)。最新刊は「タイワニーズ 故郷喪失者の物語」(小学館)。公式HPは https://nojimatsuyoshi.com。

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(2020年1月27日フォーサイトより転載)