オンライン教育、なぜ日本の教育現場で進まないのか。 「一斉休校」で浮かび上がった実態とこれから

ICT教育の“発展途上国”、日本。戦後70年以上変わらなかった教育現場が、コロナ禍によるテクノロジーの導入で混乱を極めている。
|
Open Image Modal
スタディサプリ教育AI研究所の小宮山氏
Kaori Sasagawa

新型コロナウイルスの感染拡大の影響に伴う一斉休校をきっかけに、オンライン学習の普及にもばらつきが生じており、子どもたちの教育格差が問題視されている。

なぜ日本の教育現場は、テクノロジーの導入で混乱を極めているのか?

そもそも、オンライン学習によって生まれる価値とは何なのか?

家庭ではどのようにオンライン学習を進めればいいのか? 

スタディサプリ教育AI研究所所長で、東京学芸大学大学院准教授の小宮山利恵子さんに聞いた。

Open Image Modal
Kaori Sasagawa

 

小宮山利恵子

スタディサプリ教育AI研究所所長、東京学芸大学大学院准教授。

 

1977年東京都生まれ。早稲田大学大学院修了。国会議員秘書、ベネッセ等を経て「スタディサプリ」を展開する株式会社リクルートマーケティングパートナーズにて2015年12月より現職。2019年度より東京学芸大学大学院准教授、2020年度より東京工業大学アドバイザーを兼務。「教育におけるICT利活用促進をめざす議員連盟」有識者アドバイザー。経団連イノベーション委員会EdTech戦略検討会座長、デジタルトランスフォーメーションタスクフォース委員。教育新聞特任解説委員。財団法人International Women’s Club Japan理事。全国の学校等で情報リテラシーや未来の教育について多数講演。著書『新時代の学び戦略 AI、スマホ・ゲーム時代の才能を育てる』(石田勝紀氏との共著)、『レア力で生きる』。

 

戦後70年以上変わらなかった教育現場の実態

 

――新型コロナウイルスによる休校をきっかけに、オンライン授業の遅れによる地域ごとの「教育格差」が問題視されています。主な原因は何だと思われますか?

PCやタブレット端末、インターネットなどを活用したICT教育の環境整備を、国や自治体の大半がまったく進めてこなかったことが一番の原因ですね。私は今まで、世界19カ国、43都市の教育事情を視察してきましたが、日本はICT教育の整備に世界にかなり遅れをとっている発展途上国です。

Open Image Modal
2019年度学校における教育の情報化の実態等に関する調査結果
文部科学省

その危機感から、政府は、2023年までに小・中学校の児童生徒用の一人一台端末と、通信ネットワークの整備を進める「GIGAスクール構想」の計画を掲げました。

ところが今年の春の臨時休校を受けて、「GIGAスクール構想」の整備が今年度末までに前倒しされることになったのです。 

新型コロナウイルスによる休校が、テクノロジーを使った学習環境づくりを加速する起爆剤になったわけですが、まだ通信環境も一人一台のデバイスも整備されないまま試行錯誤している学校がほとんどです。

そもそも戦後70年以上、その手法が変わらなかった教育現場で、いきなりオンライン授業を導入しようとしても、どの端末やどのオンラインツールを使えばいいのか、知識や経験がなければわかりません。 

それでも、中にはたまたま現場にITに詳しい先生がいて校長先生や教育委員会に提案したり、逆に教育委員会のほうからICT教育の環境整備を進めているケースが出てきているので、何も手つかずの学校との格差が広がっているのが現状です。

 

休校期間、オンライン学習に取り組んだ自治体

Open Image Modal
スタディサプリ教育AI研究所の小宮山氏
Kaori Sasagawa

 

――休校期間中の4月末まで、リクルートはオンライン学習サービス「スタディサプリ」を学校や自治体向けに無償提供しました。オンライン学習に積極的な学校の共通点はありますか?

教育委員会、校長先生、現場の先生が、同じ方向を見てそれぞれ努力しようとしている点ですね。 

たとえば、大阪府泉大津市は休校期間中、現小学校5年生~中学校3年生を対象に「スタディサプリ」の利用を開始しました。 

泉大津市教育委員会の竹内悟教育委員長は、シンガポールの日本人学校に勤めていた経験もあり、海外の教育事情をご存じの方なので、テクノロジーを活用する教育に抵抗がなかったのでしょう。

同じ大阪府寝屋川市も、2018年5月から、小学5、6年生と中学生を対象に「スタディサプリ」の利用をスタートしました。 

同時に、市立の小・中学校で、登校するか自宅で学習するかを選択できる「選択登校制」も導入して、自宅にいる児童生徒には授業をライブ配信するなど、新しい取り組みもはじめて注目されました。 

――寝屋川市の「選択登校制」の試みは、全国の保護者から称賛の声があがっていましたね。

ライブ授業の配信やオンライン学習の併用は、不登校の児童生徒の学習を継続するためにも有効な手段になっています。

教育格差には、経済的格差、地理的格差もありますので、学び方の選択肢が増えるのは、子どもたちにとっても親にとっても非常にいいことだと思います。

ひとつ気になっているのは、学校で使っている教科書をオンライン授業で使うと、著作権料がかかる問題です。今年度は政府が補助金を出していますが、来年度以降はどうなるかわかりません。早急な法律の改正が必要です。

 

「オンライン学習」が生む本当の価値

――PCやタブレット端末、インターネットを使ったオンライン学習は、対面型の学習と比べてどのような利点がありますか。「スタディサプリ」は、コロナ禍で全国600校以上の小中高が導入し、利用者が約30万人増えたそうですね。

一人一台の端末利用が前提となりますが、児童生徒の個々のレベルに合わせた習熟度別学習ができる点です。 

同じクラス内でも、児童生徒間の学力格差があるので、先生はどのレベルに焦点を合わせて教えればいいか分からない、という話もよく聞きます。 

特に、算数(数学)や、英語などの積み上げ型の教科は、一度つまずいた児童生徒は先へ進めなくなりますが、授業は進めなければいけません。

その点、「スタディサプリ」を活用すると、小6の算数がわからない子は小5、小4のレベルまで戻って学び直しができます。習得が進んでいる子どもは先に進むことができます。先に進んでいる子が遅れている子に教える、学び合いの機会も増えているようです。

採点も自動で終わるので、先生は時間の余裕ができたぶん、子どもたちのフォローができるんですね。こうした習熟度別学習を導入することは、先生の働き方改革にもつながると思います。 

――クラスで一律に学ぶのではなく、一人ひとりの習熟度に合わせて学習ができるんですね。

千代田区麹町中学校の元校長で、今年の春に横浜創英中学・高等学校の校長就任した工藤勇一先生は、「オンライン教育による個別習熟度別学習ができれば、教科によっては、今定められている時間数の半分くらいで全員習得できてしまう可能性がある。だとしたら、今の“履修主義”から“修得主義”に移行する可能性があります」とおっしゃっていました。私もまったく同感です。

 

リアルな授業とオンライン授業の違い

Open Image Modal
(写真はイメージ)
show999 via Getty Images

――各地の先生もオンライン授業を試行錯誤されていると思いますが、オンライン授業は、なかなか子どもの集中力が持たないという話も聞きます。

「スタディサプリ」の場合は、受講者の学習ログを確認して、途中離脱した理由を分析しています。 

例えば、先生が黒板側を向いて受講生に背を向けたり、画面から姿が見えなくなってしまうと、離脱率が増えます。

そういった原因を解明して、受講生の集中力を持続する授業を行うために、同じ単元を何度も撮影し直しています。サービスをスタートさせた8年前から、試行錯誤を繰り返して動画の質を磨いてきました。 

プロ講師でも、生徒の反応がわからないところで動画授業を行うのは難しいと聞きます。

スタディサプリを、授業づくりの参考として使っていた学校の先生もいましたが、対面授業しか経験がない先生はやはり、動画授業の難しさを感じるのではないでしょうか。

――様々なオンラインサービスが普及する一方で、オンライン授業を何も活用していない学校や家庭との教育格差の広がりが気になります。

その問題解決のためにも、児童生徒一人一台の端末利用と、通信環境の整備は早急に進めていただきたいです。

日本の小・中学校は一学年約100万人いますので、全児童生徒約900万人分の端末を一律に供給するのが難しければ、子ども用の端末がない家庭にだけ貸与するのもありですよね。通信環境がないご家庭にはWi-Fiルーターもセットにして、通信料も国が負担すべきだと思います。 

日本の教育への公的支出は、OECD加盟国35カ国の中で最下位です。

「国家100年の計は教育にあり」と言われるほど、子どもたちの未来もこの国の未来も、教育にどれだけ投資するかにかかっているのに、日本は最下位なのです。国はその現状にもっと危機感を持ってほしいですね。

――子どもたちだけでなく、先生たちのテクノロジー教育の機会も必要ですね。

残念ながら、教員養成課程は昔からほとんど変わっていません。

これからの時代を生きる人間を育てるためには、テクノロジー教育はもちろん、起業家教育、金融教育も欠かせませんので、先生がまず学ぶ必要があります。そういう意味でも、教員養成課程の抜本的な改革も必要だと思います。 

――オンライン授業、オンライン学習の活用の差が広がりつつある今、家庭学習で子どもが何をどこまでやればいいのかわからず不安を感じている保護者も多いと思います。

教育というと、学校教育だけをイメージする方もいるのですが、家庭での教育も教育です。

だからといって、大量のドリルやオンライン教材を一方的に子どもにやらせるだけでは、ストレス過多になって逆にやる気をなくしてしまいます。

特に、小学校低学年の子どもは一人で勉強を完結できませんので、親がその子に合った教材を見極めて、良き伴走者として一緒に取り組むことが大事です。

オンライン教材を選ぶときは、解説動画を最低でも5つは見比べてください。そのなかで、まず親がわかりやすいものを選び、子どもと相談してどれにするか決めるのです。 

子どものレベルチェックは、市販のドリルなどで基礎、発展、応用問題を解かせてみて理解度を確認するといいでしょう。

教科や単元ごとに、得意科目を伸ばして、不得意科目を復習できるのも、オンライン教材のメリットです。ネットで探せば無料の教材もたくさんあります。

ゲームや遊びの要素を取り入れた教材もあります。そういった便利なものを上手く活用しながら、子どもに家庭学習の習慣を身につけさせてほしいですね。

 

樺山美夏

ライター。生き方、働き方、暮らし方、育て方をテーマに、新聞・雑誌・WEBメディアと書籍の取材・執筆を手がける。Twitter