まんきつさんに聞く、寂しさからお酒に手が伸びそうになった時の抜け道のつくり方

「面白い漫画を書くためには、面白い自分でいなくては…」というプレッシャーで飲み続けた結果、アルコール依存症と診断された、まんきつさん。「スリップ」(再飲酒)と隣り合わせの日々とは、一体どのようなものなのだろう。
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『アル中ワンダーランド』が文庫化された、漫画家のまんきつさん。ほかにも『ハルモヤさん』(新潮社)、『湯遊ワンダーランド』(扶桑社)などの著書がある
YOSHIKA SUZUKI/鈴木芳果

自らのアルコール依存症の体験を漫画にした、まんきつさんの『アル中ワンダーランド』(扶桑社)がこのたび文庫化した。文庫版には、断酒中に再びお酒に手を伸ばしてしまう「スリップ」について描かれた書き下ろしが収録されている。       

少し前にはTOKIOの元メンバーの山口達也さんが酒気帯び運転で現行犯逮捕されるというニュースが世間を賑わせた。後に、自身がアルコール依存症だということも公表され、専門病院で入院治療を受けていたことを明らかにしたが、スリップとの闘いがいかに厳しいものかがうかがえる。

私自身もコロナ禍のストレスからアルコール依存症一歩手前の状態となり、通院・減酒薬を服用した。コロナによるストレスだけでなく、リモートが推奨される新しい生活様式によって、アルコール依存症は決して他人事ではなく、すべての人にとってごく身近な問題になりつつあると感じている。

なぜ、まんきつさんはアルコール依存症に陥ってしまったのか、そもそもアルコール依存症とはどんな病なのか。そして、まんきつさんが現在進行形で向き合う、スリップと隣合わせの日常について、話を聞いた。

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漫画家のまんきつさん(左)と筆者(姫野桂)
YOSHIKA SUZUKI/鈴木芳果

生きづらさの根底にアダルトチルドレンがあった 

2012年に開設したブログが注目され始め「もっと面白い漫画を描かなくては」というプレッシャーから逃れるために、だんだんと酒量が増えていったというまんきつさん。しかし、まんきつさんがお酒に頼るようになった理由はそれだけではないと語る。

「それ以前から生きづらさのようなものをずっと抱えていて、いろいろ原因を探るなかでADHDかなと思い当たり、発達障害の本を読んでいたこともあったのですが、何か違うなぁと。

そして、あるときたどり着いたのがアダルトチルドレン(幼少期に親との関係で何らかのトラウマを負ったと考えている成人)の本でした。何これ、完全に私だ! と。そこからアダルトチルドレンを卒業した方、治療を経た方の体験記をたくさん読んでみたんです。

例えば、テレビが故障した際、一見どこがおかしいのか分からないけれど、内部の細い配線がダメになっていたということがあるじゃないですか。あくまで私の場合ですが、自分がアダルトチルドレンだと知ることで、心の奥にあった絡まりをほぐして修理したような感覚に陥りました。

漫画には描けませんが、問題の根幹には幼少期からの家族関係のもつれがあったのだと思います」

その後、まんきつさんは飲酒するたびに記憶をなくしてしまったり、携帯電話を紛失してしまったり…と問題飲酒を繰り返す。ついに、料理酒にまで手を出してしまうようになったまんきつさんを、さすがに家族が心配し、彼女は医療機関にかかる。

下された診断はアルコール依存症だった。 

 

「スリップ」は回復の一歩

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まんきつさん
YOSHIKA SUZUKI/鈴木芳果

しかし、断酒して1年ほど経ったころ、スリップしてしまう。原因はプライベートで寂しい出来事が起こったことだという。

「スリップをしてしまうと、ものすごい罪悪感を抱えます。自分で自分を責めてしまうんです。意志が弱いからだと思い、その罪悪感を和らげるために『もう一杯だけ…』と悪循環になってしまう」

ただ、先日対談する機会があったという精神保健福祉士の斉藤章佳さんに「スリップは回復の一歩」と言われたそうだ。

「先生がおっしゃるには『スリップは決して悪いことではないです』と。断酒している方の多くはスリップしてしまうらしいのですが、スリップしてしまう原因を知ることで、今後の再発の危険を回避できるようになる」

アルコール依存症は「心と脳の病気」と言う。気持ちとしては飲みたくないのに、脳が飲めと命令しているようなイメージだ。意志の弱さは関係ないのだ。よく世間では「アル中のイメージ」としてだらしがない、意志が弱いと思われがちだが、当事者の方たちは苦しみや寂しさの中からアルコールに手を出してしまうのだ。

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筆者(姫野桂)
YOSHIKA SUZUKI/鈴木芳果

「面白くないやつだ」と思われるのが怖かった

いままでに4回スリップしてしまったというまんきつさん。私自身、アルコール依存症予備軍になった際の禁酒中、お酒のCMやコンビニのお酒売り場を見るのが苦痛だったのだが、まんきつさんは今、目の前で誰かにお酒を飲まれても平気だという。

「先日も友人とご飯に行き、友人はお酒を飲んでいましたが、私は飲まずに食事だけを楽しみました。友人たちがお酒を飲んでどんどん饒舌になっていくのを見るのが逆に楽しいというか。

昔の私は、失敗をするのが怖かったんです。食事の場やお酒の席で『コイツ、全然しゃべらないな』と思われるのが怖くて、お酒を飲んで気を緩ませてしゃべっていたんです。でも、いま考えるとそういう場って普通にニコニコ笑って話を聞いているだけで全然OKなんですよね。むしろそっちのほうがいいですよね。

みんな自分の話を聞いてもらいたいから。それに気づいてからは『そうだよね』とニコニコ相槌をうちながらみんなの話を聞いています。無理にしゃべらなくてもいい」

また、今のまんきつさんはスリップしそうになった時、友達に「ねぇ、聞いて」とSOSを出せるようになったそうだ。

「今までは人を信用できない部分があったのか、『ねぇ、聞いて』ができなかったんです。でも、アダルトチルドレンの治療をしていく中で信用していい人はいるのだとわかりました。

ほかにも、スリップしそうになったら犬の散歩に行ったり、ジムやサウナに行ったりしています。朝の6時に目覚めて、ハッと横を見ると枕元で飼い犬2匹が『散歩に連れて行って』と顔をベッドの上にのせているんです。犬の毛に朝日が当たってキラキラして綺麗〜と思いながら、散歩する。この朝の散歩が精神に良いと思っています」  

 

コロナ禍でのアルコール依存症の増加

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まんきつさん
YOSHIKA SUZUKI/鈴木芳果

スリップしそうになると、サウナやジム、犬の散歩など、飲酒以外の抜け道を自分でつくって発散しているまんきつさん。

しかし、今後もスリップへの不安を抱えながら生きていくことになる。スリップする時は決まって寂しさや悲しさを和らげたり、麻痺させるために、アルコールに手が伸びてしまうので、そうした感情を引き起こす事態が起こった時のことを考えると正直不安だと語るまんきつさん。

「コンビニに行けば、お水よりも安くアルコール度数の高いチューハイがズラリと並んでいます。お酒は日常生活でとても身近で手に入りやすいものなので、スリップとは一生付き合っていかなくてはいけないと思っています。

また、コロナ禍でテレワークになったことで時間を問わず飲酒できてしまう環境になり、アルコール依存症が増えているというのも深刻な問題です。

私は断酒している最中、病院の先生に紹介されてアルコール依存症の自助グループに参加しました。

自助グループに参加している人の中には体が震えていたり、呂律が回っていない人がいたり、恐ろしい話もたくさん聞きました。私は2回参加しましたが、大きな衝撃を受けました。でも、そこにいる方々は何年後かの自分の姿でもあるのです。

いま、アルコール依存症で悩んでいる方は自助グループに参加したらびっくりすることもあるかもしれませんが、効果はあると思います」

<「自分が/家族がお酒を飲みすぎている…」と感じた際の相談窓口>

・全国の「精神保健福祉センター」

https://www.mhlw.go.jp/kokoro/support/mhcenter.html

・全国の「保健所」

https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/kenkou_iryou/kenkou/hokenjo/

・「依存症対策全国センター」

https://www.ncasa-japan.jp/

※新型コロナウイルス感染拡大の影響で運営時間・方法などに影響が出ている可能性があります。  

 (取材・文:姫野桂/編集:毛谷村真木