黒人男性のジョージ・フロイドさんが警察官に首を押さえつけられ死亡した事件を受け、全米各地だけでなく、世界でも「Black Lives Matter」と訴える声が広がっている。北ドイツのハノーファーでも6月6日に大規模デモが開催された。現地で次々に上がった声は? 在独ジャーナリストの田口理穂さんがハフポスト日本版に寄稿した。
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ドイツで人種差別反対の大規模デモ
北ドイツのハノーファー市で6月6日16時から、アメリカでの警官による黒人殺害をきっかけにしたデモがあると朝刊で読み、出かけた。会場となるオペラ広場に近づくにつれ、多くの人が同じ方向に向かっているのに気づいた。まさかと思った。みなデモに向かう人たちだった。 オペラ広場から周辺に溢れていた。100人くらいはくるかなと思っていたが、1万人いた。
老若男女の熱気
広場には集まった人たちの熱気がみなぎっていた。段ボールで急きょ手作りしたプラカードを掲げている人も多い。親子連れがいれば、お年寄りや、高校生か大学生ぐらいの若者もいる。黒人、白人、アラブ人がいて、混ぜこぜのグループもあった。トルコ人らしき人も多かった。黒人と白人のカップルもいた。
ひとりで真剣に聞いている人もいれば、ふざけあっている若者もいた。無表情の人も、熱心に拍手をしている人も、うろうろしている人もいた。 みなそれぞれだけど、みなそこにいた。自らの意思でやってきた。
16時になった。「ジョージ・フロイド」とひとりが言うとその声は伝染し、みんなで大きな声で何度も繰り返した。天に響く勢いだった。1万人が1人の人物の名前をいう。遠い別の大陸で亡くなった見知らぬ人のことを、それぞれが各々の思いを込めて呼んでいた。
隣の若者グループは何を思っているのだろう、その先の白人男性は?
声が収まると、舞台上の黒人女性がまず、新型コロナウイルス対策のため間隔を1.5メートル開けること、ホロコースト記念碑に乗らないことなど注意事項から始めた。続いて、黒人女性や黒人男性、白人女性ら数人が順々に、自分の体験や思うところを話し始めた。
ドイツで生まれ育ちながら両親または片親が黒人であるため肌が褐色な人は、いつも「出身はどこ」と問われ、「ドイツ」と答えても「元々の出身はどこ? 両親はどこからきたの」と聞かれる。ドイツ語が母国語なのに、いつも外国人扱いされ「ドイツ語が上手だね」と言われる。仕事やアパートを探すときも、違う扱いを受けていると感じることがしばしばある。その繰り返しにうんざりすると怒りをぶちまけた。
合間に「No justice, no peace!(正義なくして、平和なし!)」という声が聴衆から広がり、時折大きな波になった。演説に同意して静かに拳を上げる白人の若者もいた。マスクとメガネの隙間から見える目は真剣だった。
演説者の一人が「みんな両手を上げて」と言った。みな両手を上げた。「指を伸ばして。そしてこれから私が話すことを経験したことがある人は、指を一本ずつ折っていって」。英語で話しかけられたことがある人、ドイツ語がとても上手だねと言われたことがある人、知らない人から「黒人女性にしてはかわいいね」と言われた人、しつこく出身地を聞かれた人、髪にさわっていいかと珍しげに聞かれたことのある人……。舞台にいる黒人女性の一人は、全部当てはまり、両手とも拳の形になった。「この拳で人種差別をやっつけるんだ!」と叫んだ。
急きょ手作りしたプラカード
大きくない段ボールに、手書きしたプラカードを持っている人がたくさんいた。
「Black Lives Matter(黒人の命は大事)」
「I have a dream(私には夢がある)」
「I can’t breath(息ができない)」
「End racism(人種差別を終わらせよう)」
「Schuluss mit Polizeigewal(警察暴力、撲滅)」
「Rassismus ist auch eine Pandemie(人種差別もパンデミックだ)」
一人ひとりが自分の思いを書いていた。
中でも「Silence is violence(沈黙は暴力だ)」「Silence supports racism(沈黙は人種差別を助長する)」というのがいくつもあり、目をひいた。
その通りだと思った。声をあげないことは、認めていること。知らない振りをしているのは、この状況を受け入れていることなのである。だから私たちはこうして集まり、これからは見て見ぬ振りはしない、人種差別は許さない、と世界と隣人と自分に宣言しているのだ。
演説者のひとりが「人種差別は病気ではない、ウイルスではない。ワクチンではなおらない」と言った。「過去を振り返るだけでなく、将来のために、人種差別のない社会をつくるためにできることがある」と別の演説者が言った。
「必要なのは連帯だ」と別の人が言った。
すべてその通りだった。とてもシンプルなことだった。
この日はベルリン(参加者1万5000人 )やミュンヘン(参加者2万5000人)などドイツ全土25都市で大規模なデモが行われた。ドイツではデモの際、警察官が周囲に待機するのが一般的である。ハノーファーでも1000人の警察官が出動したが、少し離れたところから状況を見守るだけで、いざこざはなかった。
根深い人種差別
ハノーファー市長はドイツ人であり、ドイツ語が母国語である。だが普通のドイツ人と違うのは、両親がトルコからの出稼ぎ労働者であること。
2019年市長に初当選した際には、人種差別的な誹謗中傷がたくさんあった。「市の恥」といわれるなど、予想外の激しい攻撃に市長はショックを受けたという。
コロナが流行り始めたころ、アジア人というだけで、見知らぬ人に「コロナ帰れ!」といわれた人もいた。メルケル首相は今年3月の統合サミットで「私の曽祖父はポーランド人で、私はドイツに住んで4代目になるが、 誰も私に『ドイツ社会に溶け込んでいるか』とはきかない。けれど肌の黒い人に対しては違う」と話した。
確かに、私のように長年ドイツに住み働いていても、肌の色が違えば、最初にきかれるのは「いったいどこから来たの?」である。
「この問題について、私たちはもっと考えなければならない」とメルケル首相はビデオで国民に語りかけていた。本人に人種差別の意図がなくとも、相手を傷つけることがある。それを防ぐには相手の立場に立って想像力を働かせ、理解する努力が必要だろう。
“差別”が、窒息死という結果を伴うことはあってはならない。“差別”はあちこちにあり、きのうもおとといもあっただろう。雑草のように隠れていて目立たないけれど、摘んでも摘んでも、種のあるところにしつこく生えてくる。どうしたら根絶やしにできるのだろうか。
私たちは今日集まり、みんなで人種差別はなくさなければいけないことだと再認識した。差別を受けた人の体験を聞き、無念な思いと怒りに共感し、正義と公平さのない社会に憤り、将来どうすれば人種差別をなくせるのか考えた。
今日感じたことを忘れてはいけない。忘れず、実行すること。今日の何十万人もの誓いが実を結ぶかどうかは、一人一人が決められる。そして私は記事を書いた。日本にいるあなたにも広がることを願って。
(2020年6月6日土曜日、ドイツ・ハノーファー、田口理穂)