もしかして、新型コロナ?発熱体験記

「コロナの可能性があるね」。医師の一言で、救急隊員の対応が変わった。そして何より病院側の対応が変わったように感じた。
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(文:帝京大学医学部 吉田誠)

 

私は東京の医学生だ。幼いころから自然豊かな土地でのびのびと暮らしてきた。スポーツが大好きで、小中高はサッカーやバレーボールに励んでいた。

 

夏休みに突入し、ものすごく暇だった私は東京にある研究室にてインターンをさせてもらっていた。

 

7/14 朝起きると何となく倦怠感を感じていたが、朝特有のだるさだと思い、インターン先へ。お昼ご飯を食べ終えた頃、喉の違和感を覚え、鏡をみた所、喉の左側扁桃の一部がつぶれて真っ赤に腫れ上がっている。すぐに治るだろうと高を括っていたため、誰にも相談せず午後の作業に取り掛かった。研究所には医療従事者や医学生がいたのですぐに相談しておくべきだった。午後3頃帰宅のため高輪ゲートウェイ駅から山手線に乗る。乗車後すぐに寒気を感じ始める。寒気はひどくなっていき震えが止まらない。頭痛も始まった。自宅に着いたのは午後四時。着いた途端、ベッドに倒れこむ。

 

四時間後の午後8時、目を覚ます。頭と体の節々が重く痛い。体を起こすのにもあまりにも辛い。体温を測定したら39.7℃の熱が出ている。水を少し飲んで10分ほど様子を見る。一人暮らしをしている事もあり、今晩乗り越えられるのかと不安に感じ始める。10分後再び測定するも39.7℃。頭痛やだるさもひどくなっていく。たまらず夜8:30、救急要請を行う。

 

症状を伝えると、まず濃厚接触歴の有無をきかれた。無いことを伝えると、「すぐにそちらに向かいます。」とのこと。10分後、救急隊から電話をうけ、再び濃厚接触者でないことの確認を行う。3名の救急隊員が廊下まで駆けつけてくれ、内2名が部屋に入る。3名とも真っ白な防護服を着ていた。体温や指先の酸素を測るバイタルチェックを行いつつ、いつからどんな症状があるか聞かれる。確認が済むと救急車へと案内してもらう。

 

救急隊員は近くの病院に電話をかけ、搬送先を探してくれる。その間は指に機械をつけられ酸素濃度などのバイタルチェックをしていた。症状を伝え、ガイドライン上、濃厚接触者でないと伝える。しかし医師から、

「コロナの可能性があるね。」

この一言で救急隊員の対応が変わった。そして何より病院側の対応が変わったように感じた。症状を伝えていた救急隊員が、コロナに感染している疑いがあると病院側に伝えるようになったのだ。それを聞いた病院側は当然、受け入れに難色を示す。搬送を断られるまでの時間が圧倒的に短くなったのだ。

 

医師の一言でこんなに対応が変わってくるのかと感じながら、救急隊員は、病院への搬送を断られ続けている。病院aでは、「受け入れはするが、人工呼吸器がない。それでも良いのか」と救急隊員を介して、聞かれる。大丈夫と伝えるも、「本当に大丈夫なのか。万が一のこともあるから、語気を強めてもう一回言って」と電話越しに医師の声が聞こえた。結局その病院も断念。

この時点で5つ以上の救急医療機関に断られ、30分以上は経過していた。

東京都には、5つ以上の救急医療機関に断られ、20分以上搬送先が決まらない場合、新型コロナ疑い救急医療機関に指定された2次医療機関が受け入れるという東京ルールがある。その説明をうけ、東京ルールに従って病院Aへ搬送してもらう。

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10分後病院Aへ到着。幸いにも診察室へはすぐに案内された。救急隊員の1人と私が診察室に入る。後から看護師と医師が1名ずつ診察室にはいる。救急隊員は、濃厚接触歴がないことと症状を医師に伝え診察室を後にした。感染の恐れがある中、とても丁寧に対応をしてくれた。

 

診察ではまず胸の音を聴かれ、扁桃の腫れも確認してもらう。その後、溶連菌とインフルエンザの検査をしますと告げられる。どちらかに引っ掛かってくれればと思っていた。とにかくコロナにだけはなってないよう願っていた。結果は、どちらも陰性。すると別の年上だと思われる医師が呼ばれた。「溶連菌じゃなかったか。どうしようか。」よばれた医師の声が聞こえる。しばらくの間、診察室には緊張感が漂っていた。すると、扉を少しだけ開けて顔だけ出した状態で、呼ばれた医師は説明を始めた。

「症状的には扁桃腺炎なので、抗生剤と解熱剤をもらってお帰りください。」

肺の音も異常がなく呼吸器症状などもないのでコロナだとは考えにくいという。衝撃を受けた。インターン先ではいろんな方と既に接している。また、帰るにしても寮に住んでいるため食堂やトイレ、風呂は共有である。不明の状態のままでは、研究所は活動ができなくなるし、寮でのクラスター発生も十分考え得る。不安であるし、はっきりさせないといけない。PCR検査をお願いする。

本当にするのね?それだけ聞かれてPCR検査はすんなり受けられた印象。

 

あ~と言いながら、左鼻に綿棒が入る。

PCR検査の感度は低く感染していても陽性を示さない偽陰性の確率が高い。ならば回数で補おうという考え方がある。実際に、NBAでは期間中毎晩、選手全員がPCR検査を受ける予定だ。

 

そこで検体を採取した後、PCR検査を2回受けることは出来るのかと尋ねる。しかし、「救急では生きるか死ぬかの対応をする。それはできない。」と断られる。流石に無茶なお願いだった。診察室を出る。

診察室から出ると会計。保険証を忘れたため4万6千円。

カードを持っていたが現金しか使えないようで持っていた1000円を渡した。後で保険証を持ってきて残金を払えば良いという。

水を買おうと思い守衛さんに販売場所を聞くと、よほど辛そうで同情してくれたのか分からないが、お金を受け取り自動販売機まで買ってきてくれた。優しさに救われた。本当に有難かった。抗生剤と解熱剤が処方されており、薬を待っている間は、座るのもつらく横になっていた。

 

薬を受け取った時点で夜11時。タクシー会社の一覧から順番に電話するが、すでに営業は終了しているか、今現在で病院の近くをタクシーが走っていないためダメだと言われるかで、一台も捕まらなかった。しょうがなく歩いていくことにした。

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頭痛をはじめとした全身の痛みと倦怠感は、変わらずにあるどころか増している。熱が39℃の中歩くのは初めてだった。背中を伸ばす程元気はなく、歩幅も小さく、足踏みのテンポも半分ほどになる。通りすがる人は誰もいなく、静かで暗い道を進み、13、4回休んだ末、寮に着いた時には、日付が変わっていた。

 

ところが、携帯には、有難いプレゼントが届いていた。親やインターン先の方が心配のメッセージをくれていたのだ。皆さんは話を丁寧に聞いてくれ労いの言葉をくれた。気持ちがかなり落ち着いた。

特に上先生は症状を詳しく聞いてくれ、コロナの初期症状と照らし合わせコロナじゃないよと教えてくれた。思いつめていた私は少し安心する。

 

しかしPCR検査の結果が判明するまで分からない。既に研究所内で多くの人と接しており、広めていたらどうしよう。同じ寮に住む学生に感染させていたらどうしよう。不安な事考えているうちに眠っていた。


朝7:00 目を覚ます。熱があっても起きる時間は変わらなかった。

寒気と倦怠感、筋肉痛を感じる。39.1℃あるものの、だるさは3割ほどに減り頭痛は取れていた。しかし学生寮に住む私はどう過ごせばいいのか分からず不安になる。風呂やトイレ、洗面所、食堂などほとんどの部分が共有スペースになっているのだ。陰性を証明できない限り、使用するわけにはいかない。

 

すると、管理会社から連絡が入り、スタッフルームに移動してくださいと言われる。スタッフルームは一階の出入り口近くにあり、トイレと風呂がついている。これなら誰とも接することなく過ごせる。

起きてから1時間ほどで再び眠くなり、夕方に起きる。体温は37.9℃になり寒気がなくなっていた。しかし、感染しているのかどうか、不安に思う気持ちは、昨日から全く変わらない。

飲み込む際、喉が痛いため、固形物はもちろん食べることができず、この日、口に出来たのは水200mL程だけだった。一人暮らしのため、直接会って苦痛を共感してくれる人はいない。

 

もっと 早く結果が分かれば、その分、実家に帰ってゆっくり療養することができるのに。そんなことも思いながら眠りについた。

 

7/16 目が覚めた時には、体調が確実に良くなっているのを感じる。体温は37.5℃。

体調が良くなったものの、気持ちは落ち着かない。本日はPCR検査の結果が分かると医師から伝えられていたのだ。

しかし体は休養を欲していたのか、2時間ほど起きた後は、夜まで眠っていた。12:00頃の不在着信を確認する。

検査結果の電話だろうなと思い、すぐに折り返した。

「PCR検査の結果が出ました。今から、伝えるのは大丈夫ですか。」

との前置きがある。

 

陰性だった。

 

最初は、「そうだったんだ」くらいに感じた。すぐに、親やインターン先の方に報告し、みな良かったねと言ってくれた。親は明日迎えにいくから待っててねと連絡してくれた。陰性が出て本当に良かったなと実感し始める。

さらに実家から、食べ物が届いていた。喉が痛かった自分にも食べやすいものばかりで、3日ぶりに栄養を取りこめた。

 

(2020年08月06日MRIC by 医療ガバナンス学会「Vol.162 発熱体験記」より転載。)