コロナ禍に垣間見える“ミソジニー”「女の人が行くと買い物に時間がかかる」発言

とんちんかんな対応が目立つ新型コロナ対策。問題の根っこにあるのは、日本がミソジニー傾向の強い国であることではないか。
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SDI Productions via Getty Images

問題の根っこにあるのは、日本のミソジニー

 新型コロナウイルス問題で、政府の対応にいらだちを募らせている人は多い。人によってその理由は違うかもしれないが、真っ先に東京オリンピックの日程を決めて発表する、事前の擦り合わせも専門家へのヒアリングもなく、首相が学校の一斉休校を要請する、マスクを政府から支給してしかも不良品が多く回収するなど、対応が庶民の生活感覚とズレていることに怒っている人が多いのではないだろうか。

 これらの問題の根っこにあるのは、日本がミソジニー傾向の強い国であることではないか。

 ミソジニーは「女性嫌悪」と訳されることが多いが、簡単に言うと「女のくせに」と表現される女性や女性らしさへの嫌悪感のこと。男性だけでなく、女性が抱く場合もある。

 日本において、生活面は女性が主に担当させられてきた。そして、生活回りは女性の問題で些末なこと、としてきた男女不平等の意識が、コロナ禍への対応で露呈しているのだ。

 

本気で変えようとしなかったツケが、新型コロナ対策に表れている。

日本は世界経済フォーラムが毎年発表するジェンダーギャップ指数で、2019年には121位にまで転落した。これは男女差別が大きいことで知られている、106位の中国、108位の韓国、112位のインドよりも低い。

 これだけ低いということは、男性はもちろん、差別されている女性たちが自覚する以上に日本はミソジニーが深く浸透した国であることを示している。私たちが当たり前、仕方がないと思っていることが、実は改善できる差別のシステムであることはおそらく多い。

 第二波と言われたフェミニズム・ムーブメントが世界で活発になった1970年代、女性差別撤廃条約ができ、差別撤廃に向けて取り組んできた欧米ですら、現在も道半ば。日本の場合、形だけ条約を批准して本気で構造を変えようとしなかったツケが、新型コロナ対策に表れているように見える。

昭和の高度経済成長期の成功体験が、大き過ぎたのではないだろうか。

 くわしくは拙書『母と娘はなぜ対立するのか』(筑摩書房)に書いたが、かいつまんで言うとそれは、夫が家計を背負って働き、妻が家事・育児・介護をすべて担う性別役割分担を前提にした仕組みだ。そして夫と妻と子どもという家族構成で暮らすことが普通だ、という認識である。この仕組みの中に今もいる政財界の中心にいる人たちは、生活を妻に任せきりだから生活面に疎いのだ。だから、新型コロナウイルス対策において、とんちんかんな対応が目立つのではないか。

 

家庭の責任から部外者でいる意識が露呈した

しかし、昭和の高度経済成長期の成功体験からすでに半世紀。あの頃中心にいた人たちの孫世代が社会の中核を成し、庶民の生活はずいぶん変化している。例えば専業主婦の割合は、1975年のピークから下がり続けて、2017年時点の現役世代の専業主婦は、仕事を持つ既婚女性の半分程度しかいない

家庭の責任の部外者でいる意識を露呈したのが、4月23日の松井一郎大阪市長だ。

それは、新型コロナウイルス感染防止に関連し、スーパーマーケットでの買い物について「女の人が行くと時間がかかる」「男は『これ買うて来い』と言われたら、ぱっぱと買って帰る」などと記者会見で発言したのだ。すぐに「わが家では」と付け足したものの、これはミソジニー発言と考えられる。

この発言が、インターネット上で批判されたのは当然だ。なぜなら、この発言からは「女性は買い物に迷い、決断力がない」という偏見が見えるからだ。完全に「わが家では」家事を妻だけに任せているのではなく、なまじ「(私は)手伝っているから知っている」、という意識が見え隠れしているところが始末が悪い。では、家事としての買い物とはどんなものか、改めて考えてみよう。

 

日々の買い物の目的は、大きく分けて二つ

女性が、日々の買い物にあれこれ悩み、時間がかかってしまう理由は、優柔不断だからでも、買い物を娯楽として楽しんでいるからでもない。しかもスーパーは、客がなるべく長く滞在して買いたくなるものが増えるよう陳列を工夫している。そして彼女は、奇しくも松井市長が言った「これ買うて来い」、とリストを渡す側の人間だ。彼はその指示を出すために、妻が冷蔵庫の中身や献立をあれこれ検討して吟味した結果、リストが出来上がっている事実に思い至らないのだろうか。

日々の買い物には、大きく分けて二つの目的がある。

① 今晩つくりたい料理に必要な材料を買う。

② 足りなくなった食材、常備しておくべき食材や日用品を補充する。

① は献立作りに関わるが、献立は単に食べたいものを並べるだけでは成立しない。

 

その際に留意すべきことは少なくとも六つある。

1. 昨日は何を食べたか、学校があるときなら子供は給食で何を食べたか、などの連続性を考えて、重ならないように決めること。

 

2.  1.と関連するが、栄養バランスを考える。連続して同じものを食べさせないようにするのは、食べた人が飽きるかもしれないことと、異なる料理を食べることで多様な栄養を摂取する二つの目的がある。

昨日は肉を食べたから今日は魚にしよう。今日は旬の菜の花が出ているから、野菜を一種類増やして菜の花を炒めてみようか。などと前日の料理を思い出し、目の前にある食材を観て臨機応変に献立を組み合わせる。

 

3.家族の体調。今なら、新型コロナウイルスのストレスが溜まりがちだから、できるだけ家族や自分の好きな料理を作る。家にこもりがちで太らないようにカロリーを控えるといった配慮をする人もいるだろう。

 

4.2.と関係するが、家族の好み。病気の家族がいる場合は、その状態に合わせて工夫することも必要だ。

 

5.その日の天候。今日は暑くなった、急に寒くなった、湿度が高くて体がだるい、など天候によって食べたいもの、食欲が進むものは変わる。

 

6.予算。台風のせいで野菜が高騰したときは、キャベツをあきらめて小松菜にするなどの調整をした人は多かっただろう。今だったら、飲食店の休業でふだん私たちの食卓に載せない高級食材が割安価格でスーパーに並ぶ場合がある。ふだん食べない料理を作ることができるかもしれない。

 

買い物が簡単なこと、趣味だと思っている人がいる

これだけの複雑な条件を照らし合わせ、目の前に並んでいるものをどう組み合わせるか決めるのが、買い物担当者の仕事だ。それが高度な思考能力を必要とすることに、家事を軽視する人には思い至らないのではないだろうか。

足りないから、と言われてニンジン1本を買いに行く人とは違う。職場でも役割によって、考える段取りや理解していることが違うのと同じだ。

「あらかじめ買うものを決めて買い物に行けばいい」という意見もあるが、それが得意な人もいれば不得意な人もいる。宅配サービスで1週間分買う人は、1週間の献立を決められるタイプかもしれない。しかし、店に買い物へ行く人は、店頭に並んでいるものやその価格、急な気候の変化などで、柔軟に買うものや献立の組み合わせを変えることは多い。

買い物が簡単なこと、趣味だと思っている人は、その大変さを想像しないのだろう。しかし、家族のために行う家事は、決して遊びでも些末でどうでもいいことでもない。重要なことで感謝すべきことだと思っていれば、「女性は買い物に時間がかかる」などという発言は、出なかったのではないだろうか。

日々の買い物は、その人と家族の命を支える食事を作る、大切な行動なのである。

 

(編集:榊原すずみ