新型コロナウイルス、必要なのは早急な「現金給付」。「108兆円」でも「経済瓦解」

リーマンショック時を大きく上回る、過去最大規模の経済対策である一方、残る問題とは?
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緊急事態宣言/取材に応じる小池都知事
時事通信社

新型コロナウイルスの蔓延が日本経済に甚大な影響を及ぼし始めた。4月7日に政府が7都府県に「緊急事態宣言」を出したことで、店舗などの休業が相次ぎ、経済活動が急激に縮小し、経営規模の小さい飲食店や小売店、サービス業などが深刻な経営危機に陥っている。

 

止むに止まれぬ選択 

こうした中小零細企業、個人事業の最大の問題は4月末の資金繰りだ。仕入れなどの支払いのほか、従業員の人件費や家賃などの支払いが迫る。

東京都内でタクシー事業を展開する「ロイヤルリムジン」が、緊急事態宣言が出た翌日の4月8日に、ほぼ全従業員にあたる約600人を解雇することを発表、世の中に衝撃が走った。

「解雇して雇用保険の失業給付を受ける方が、従業員にとってメリットが大きいと判断した」

というのが解雇理由で、会社としては止むに止まれぬ選択だったということだろう。新型コロナの国内感染が発覚した初期に、タクシー運転手の罹患が報じられたこともあり、タクシー利用者が激減していることが背景にある。

体力のない会社が従業員を抱えたまま耐えようとすれば、時間の問題で経営破綻することになる。新型コロナの蔓延は最低でも数カ月は続きそうで、解雇して雇用保険に頼るというのは1つの選択肢ではある。

景気変動ですぐに雇用に手をつける企業が多い米国では、失業保険の新規申請件数が急増している。

リーマンショック後の2009年3月には、66万件もの申請がだされたが、ドナルド・トランプ大統領が国家非常事態を宣言した3月13日以降、さらに激増した。3月15日から21日までの1週間で330万件、翌週28日までの1週間で686万件、次の4月4日までの1週間で660万件に及び、3週間で1676万件の新規申請があった。一時帰休や解雇などで米国の失業率は、現状でも13%前後にまで高まっているのではないか、と見られている。

 

電話はパンク状態

長期安定雇用が長年の慣行だった日本では、すぐに解雇とはならないが、実際には影響が出始めている。時給で働くアルバイトやパートの場合、店が閉まれば、仕事はできず、自動的に所得を失う。

3月末に総務省が発表した労働力調査の2月分によると、非正規職員・従業員は2159万人。全体の雇用者の38%を占める。2月はまだ前年同月比0.1%の増加だったが、4月末に発表される3月分以降は、新型コロナの影響が数字に表れてくるだろう。その際、真っ先に職を失うのはアルバイト(477万人)やパート(1059万人)ということになる。

政府は緊急事態宣言を出した7日に、108兆円の緊急経済対策を閣議決定。収入が大幅に減った世帯などに、1世帯あたり30万円を給付することや、収入が半分以下に減った中堅・中小企業に最大200万円、個人事業主に最大100万円を支給することとした。

当初はGDP(国内総生産)の1割、つまり50兆円規模と言われていたが、リーマンショック時を大きく上回る60兆円以上を求める声が上がっていた。結局政府が決めた108兆円は、もちろん過去最大規模の経済対策だ。

それでも問題は残る。支給までの時間だ。

安倍晋三首相は世帯向けの30万円については、5月中にも給付すると明言したが、企業への200万円や個人事業主への100万円がいつ届くのか分からない。しかも「最大」という条件が付いているので、審査をして金額が決定されるまでに、相当な時間がかかるとみられる。中小企業庁には問い合わせの電話が殺到しており、電話はパンク状態になっていると報じられている。

政府の緊急事態宣言を受けて、東京都の小池百合子知事は、4月10日に休業要請する対象業種を発表、11日から実施される。当初は全面的に休業を求める予定だった百貨店やホームセンターについては、生活必需品売り場などを要請対象から外すほか、居酒屋を含む飲食店は営業時間を朝5時から夜8時までとする。

休業要請したのはネットカフェやパチンコ店、クラスターが発覚したスポーツクラブやライブハウスなどにとどまった。休業に協力した事業者には50万円を支給する方向。要請業種を絞った理由を、国民生活への配慮や経済への影響回避としているものの、背景には営業補償の経費が賄えないという懐事情があるようだ。

米国では3月末に法律を発効させ、大人1人に対して1200ドル(約13万円)、子どもには500ドル(約5万4000円)の現金給付を決め、すでに支給作業が始まっている。夫婦と子ども2人の家庭ならば、3400ドル(約37万円)を受け取れることになる。英国などでは、休業した店舗の従業員給与を支給するなど、大規模な補償に乗り出している。

日本では当初から「公平性」を前提に現金給付の制度設計を行っており、所得の減少や売り上げの減少といった基準を設け、本当に困ってからでないと給付が受けられないという状況に陥っている。

 

〈財務官僚の真骨頂ですね〉

参議院議員の渡辺喜美氏は、4月9日のフェイスブックへの投稿で、今回の政府の緊急経済対策を厳しく批判している。

〈非常事態宣言を遅らせてまで練りに練ったはずの緊急経済対策は、見かけの事業規模(図体)108兆円とデカいのですが、GDPギャップの解消に効く「真水」は、20兆円にも届かない感じです〉

〈財投の「融資」や納税「猶予」で真水を「ケチる」YYKは、「戦略は細部に宿る」を旨とする財務官僚・霞ヶ関の真骨頂ですね〉

と皮肉っている。表面上の数字しかわからない政治家を、財務省が手のひらの上でコロコロ転がしているというのである。

平時ならば政治家も国民に見栄えの良い数字だけで満足しただろう。だが、死活問題になっている中で、どれだけ「真水」が国民に出て行くか、が焦点になっている。

国家財政が大赤字でも毎月きちんと給料を受け取れる霞が関の官僚には、残念ながら民間企業の資金繰りや、貯蓄のない庶民の暮らしは分からないのだろう。中小企業経営者や個人事業主がどれだけ従業員の給与を支払うことに苦労しているか、いかに月末や期末を乗り越えることが重要か、思いを巡らすこともないに違いない。

今、何よりも重要なのは、店舗や企業を潰さないこと。人々の生活を破綻させないことだ。そのためには、月末の資金繰りを現金給付で支えることが必要だ。個人も同様、月末の支払いは少なくない。家賃の支払いも迫ってくる。

政府は、1世帯当たり2枚の布マスクを配布することを決めた。評判は散々だったが、背景には考えた末の戦略があるという。

平時では売れない布マスクを製造業者に作らせるために政府がすべて買い上げ、配布するときに行列ができてクラスターを発生させることがないよう、日本郵便の全戸無差別配達サービスを使う。

そうしたサービスで全世帯に届くならば、現金給付についても、政府発行の小切手を全世帯に郵送することもできるし、書留で現金を送ることもできそうだ。

雇用調整助成金にせよ、今回の給付金にせよ、受けようと思えば、役所に書類を提出し、審査に通らなければならない。残念ながらそんな悠長に構えている時間はない。また、審査のために窓口に長蛇の列を作らせることもできないだろう。 

世帯への現金給付の対象者が一部に限られている中で、生活を支えるには、冒頭のタクシー会社のように全員解雇するのが正しいかもしれない。だが、すべてのタクシー会社が解雇を決断すれば、交通インフラとしてのタクシーは姿を消してしまう。

新型コロナの蔓延はいつか必ず終息する。その時に多くの企業が潰れ、失業者が溢れるなど、経済システムが瓦解していたら、経済の回復はおぼつかない。

磯山友幸 1962年生れ。早稲田大学政治経済学部卒。87年日本経済新聞社に入社し、大阪証券部、東京証券部、「日経ビジネス」などで記者。その後、チューリヒ支局長、フランクフルト支局長、東京証券部次長、「日経ビジネス」副編集長、編集委員などを務める。現在はフリーの経済ジャーナリスト。著書に『2022年、「働き方」はこうなる』 (PHPビジネス新書)、『国際会計基準戦争 完結編』、『ブランド王国スイスの秘密』(以上、日経BP社)、共著に『株主の反乱』(日本経済新聞社)、『破天荒弁護士クボリ伝』(日経BP社)、編著書に『ビジネス弁護士大全』(日経BP社)、『「理」と「情」の狭間――大塚家具から考えるコーポレートガバナンス』(日経BP社)などがある。

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(2020年4月13日フォーサイトより転載)