「産む・産めない」「育てる・育てられない」。家族の絆の葛藤を描いた映画『朝が来る』、河瀨直美監督インタビュー

「家族は作られるものであって、いろいろな形があっていい」。自身も養子として育ったという河瀨監督に話を聞いた。
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イメージ写真
D-BASE via Getty Images

43歳の誕生日の朝。私は「このまま、子どもを産まない人生を送るのかもしれないな」という思いが、「子どものいない人生を送るんだ」という覚悟に変わった。

 

これまで「未婚・子なし」コンプレックスを抱えながら、様々な人と「結婚すること」「産む・産まない」について話を聞いてきたが、ちょうど、前述のような「覚悟」を抱くようになった頃、河瀨直美監督の最新作『朝が来る』が公開されることを知った。

 

直木賞受賞のベストセラー作家・辻村深月氏の同名小説を原作とした、映画『朝が来る』のあらすじは以下の通りだ。

無精子症が原因で不妊治療をするも、実の子どもを持てなかった栗原佐都子、清和夫妻(永作博美、井浦新)は「特別養子縁組」を斡旋するNPO法人「ベビーバトン」代表の浅見(浅田美代子)と出会い、養子を迎える決心をする。

一方、14歳の片倉ひかり(蒔田彩珠)は恋人の子どもを身ごもり、ベビーバトンを通じて、自ら生んだ子どもを栗原夫妻に託すことになる。そして、子どもを手放したひかりの人生にはその後、大きなうねりが待ち受けていて――。

実の子どもを持てなかった夫婦と、実の子どもを育てられなかった少女の葛藤、家族のあり方を描く、ヒューマンドラマだ。

 

私はこの作品と出合って、「子どもを産む・産まない」を超えた「子どもをもつ、もたない」という選択肢があることにあらためて気づいた。

家族とは当たり前だが、血の繋がりだけで作られるものではないと。

 

監督の河瀨直美氏に、子どもを産む、持つことについて、そして家族について聞いた。

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河瀨直美監督
米田志津美

――未婚で、子なしの私はこの作品を見ていて、正直「やっぱり子どもがいないと家族は幸せじゃないのか」と苦しくなる場面もあったのですが……。

私は子どもがいないと幸せではない、なんて全然思っていないです。私自身、産みの母は妊娠中に父と別れ、出産直後に私は子どもがいない大伯母夫婦に預けられ、10歳の時に養子縁組をしています。だから、家族は作られるものであって、いろいろな形があっていいと思っていますし、そういう気持ちでこの作品も作っています。

 

――子どもの有無と幸せって、関係があると思いますか?

それは人によると思います。

確かに栗原夫婦は養子縁組で子どもを育て幸せな家族を作っているのかもしれないけれど、出産したひかりという子どもがいる片倉家はさまざまな苦労があるわけです。

養子縁組を斡旋するNPO法人の代表を務める浅見さんは、自身の子どもはいないけれど、作品の中で「(子どもは)ほしかったかな、でもいまは(ペビーバトンにたくさんの妊婦さん達が集まってきて)それが本当の娘みたいで、逆に子どもがいっぱいいるなって感じですごい幸せだったな」「子どもたちみんなが幸せになりますように」と素敵なことが言える。そんな浅見さんを私は幸せだと思っています。

逆にひかりは、子どもを産んだことによって不幸性を背負うことになる。

映画のなかでは子どもを持つ人だけが幸せとは描いていませんし、私としてもそうは思っていません。

先ほども申し上げましたが、私自身が養子縁組の経験者ですし、子どもの有無だけではなく、家族には多様性があると考えていますから。

 

――家族の多様性とは、例えば具体的にいうとどういったものでしょう?

LGBTQの方たちのように婚姻制度から除外されてしまっている人たちだったり、血が繋がっていなくて、「氏」も違っていたりしても、一緒に暮らしていれば家族と言えるのではないでしょうか。たとえば、認知症の方たちがグループホームで暮らしている日々、施設で育たなくてはならなくてはいけない孤児たちも、家族といえるかもしれないですよね。血の繋がりではなく、共に暮らす人たちがそうだと思えば、家族なのではないでしょうか。

 

それこそ、あなたが結婚しないという道を選んだ人がいれば、結婚していない人たちがたくさん集まってシェアハウスのように、ともに暮せば家族になるのかもしれない。

誰かと比べるものでもなければ、誰かが「家族とは」を定義するようなものでもない。変容していってもいいと思いますし。

 

――「女に生まれたからには子どもを」というようなことをいう人は、未だ社会にいますし、政治家が失言をしたりすることも多いですが。

自分はそういう考え方の人とは違う考えを持っていると思っていればいいかな。そうすることで、また別の世界が広がってゆきますから。「世の中VS自分」ではなくて、自分が世の中を変えていける存在なんだと感じていてもいいのかなと思います。

 

――「子どもを産むこと」「子どもを育てること」の違いのようなものがものすごく対照的に描かれているような印象があったのですが、両者に違いはあるとお考えですか?

物理的な違いはもちろんあると思いますが、母性とか愛情とかは変わらず存在すると思います。子どもにとっては近くにいる人が自分を大切にしてくれる存在で、安心する空間を提供してくれる――それを家族と呼ぶとすると――、それが実の子でも、そうでなくても、変わらないと思うんですね。

 

作品の中でも、特別養子縁組によって母になる覚悟をした佐都子は、やってくる命を清和と共に育む覚悟をしたわけです。その覚悟の上にある愛情で日常が綴られていくのだと思います。清和も同じように、栗原家はみんなが人として尊重する関係を築いているんだと思います。

 

一方で、14歳で身ごもったひかりのいる片倉家の両親は、実の子だからこそ、ひかりの人生に食い込んでいって、身ごもったことで傷ついたり、葛藤したりしている彼女にきつい言葉をなげつけてしまうという事があると思います。

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河瀨直美監督
米田志津美

――もうひとつ印象的だったのが、作品の中で養子縁組をするにあたっての条件として、夫婦どちらかが仕事をやめなくてはならないというものがあったことでした。現在の日本の状況を考えると、そういう条件があった場合、女性が仕事をやめるという選択をせざるを得ないケースが多いと思います。

フランスでも「日本ではどうしてそうなの?」と疑問をもたれていて、実際、日本の現状がそういう事だと言わざるを得ない。

私は現在の実情を、リアリティを持って表現していくことを大切にしているので、作品の中でもそのように描きました。

私自身、女性で映画監督をしていて、子どもを育むと言うのは相当無理をしないとできないことだと思います。自分が無理をするというよりは、周りに迷惑をかけないと成立しないなと思う部分があります。それを迷惑ととるか、一緒に乗り越えると考えるかによって様々だと思いますが、いずれにしても価値観がパートナーと同じじゃないと乗り越えられないなとは思います。

 

世代によっても大きく変わってくるものなのではないでしょうか。例えば私たちの世代だったら、下の世代に私たちと同じような思いをさせたくないなと思ったり、男の子にも、「男の子だからそんなことしなくていいよ」ではなく「家族だからみんなで分担してやろうよ」と教えたりするとか。

 

――河瀨監督自身はどんな家族を作っていきたいなと思っていますか?

私自身は養子として育ちましたし、血の繋がりだけで認識される“ 家族 ”というよりは、同じプロジェクトを進めるスタッフも“ 家族 ”だと思っています。いずれにしても一緒にいても心地がいいとか見ている方向が一緒というのは幸せなことですよね。

 

『朝が来る』

10月23日(金)公開

【監督・脚本・撮影】河瀨直美

【原作】辻村深月『朝が来る』(文春文庫)

【共同脚本】髙橋泉

【出演】永作博美、井浦新、蒔田彩珠、浅田美代子、中島ひろ子、平原テツ、駒井蓮、田中偉登、佐藤令旺、利重剛

【製作】キノフィルムズ・組画

【配給】キノフィルムズ・木下グループ

【コピーライト表記】©2020『朝が来る』Film Partners

 

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映画『朝が来る』より
©2020『朝が来る』Film Partners