役柄は“憎めない父”なのに... 朝ドラ『スカーレット』の父親が“憎めてしまう”理由

残念ながら現時点では視聴者にあまり愛されていないキャラもいます。
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俳優の北村一輝さん
時事通信社

朝ドラ“憎めない父”と似て非なる『スカーレット』の憎めてしまう父親像

主演の戸田恵梨香の演技力や、随所に笑いを盛りこみつつ、ホロリとさせる脚本などが好評の朝ドラ『スカーレット』(NHK総合)。しかし、魅力的なキャラクターが多数登場しているなか、残念ながら現時点では視聴者にあまり愛されていないキャラもいる。北村一輝演じるヒロイン喜美子の父・川原常治だ。北村一輝が悪いわけではないし、役柄はいわゆる「憎めない父」だ。しかし、この常治の言動に対して、ネット上では「腹立つ」「クソ親父」などの呟きがたびたび噴出している。本来は「憎めない父」のはずなのに、「どうしよう、ちょっと憎めてしまう」と時おり思ってしまうのは何故なのか。

■近年の朝ドラでは少数派となった頑固で亭主関白な「昭和の父」

 近年、朝ドラでは、『なつぞら』の育ての父・藤木直人や、『半分、青い。』の滝藤賢一、『ひよっこ』の沢村一樹、『とと姉ちゃん』の西島秀俊、『ごちそうさん』の原田泰造など、優しい父親が多数を占めるようになっている。

 しかし、朝ドラの父親といえば、かつては戦争で父親不在のパターンか、「頑固な父親」のパターンに大きく二分されていた。その点、『スカーレット』の常治は、自分勝手で頑固で亭主関白な、いわゆる「昭和の父」だ。近年では少数派だが、頑固な父として『わろてんか』の遠藤憲一や、『あさが来た』の升毅などが挙げられるだろう。

 頑固おやじの場合、ヒロインが突き進む道で大きな壁となることで、ヒロインの内的動機をさらに強め、エネルギーを噴出させるためのきっかけとして機能している場合が多い。女性が仕事をすることが認められなかった時代には、父親という壁を乗り越え、ヒロインたちが羽ばたいていくのが定番だからだ。そして、こういう場合の父親は、物語を進める上でも必要で、頑固でも、話が通じなくとも、視聴者に憎まれない。

■『あさが来た』や『わろてんか』との違いは“ダメ親父”要素の強さ

 では、なぜ常治は違うのか。ひとつには、同じ頑固者でも、真面目で仕事熱心な『あさが来た』や『わろてんか』の父と違い、“ダメ親父”要素が強いことが挙げられるだろう。

 家族への愛情は深いが、山っ気があって、いろいろな商売に手を出して失敗してきたのは、大泉洋演じる『まれ』の夢追い人の父と一緒。しかし、大泉洋は頑固でも亭主関白でもない。常治は、「困った人を見捨てておけない人の良さ」は良いが、酔っぱらっているシーンが多過ぎるために、お金がないのは、父親のお酒のせいに見えてしまう。

 信楽に残りたい喜美子を大阪に働きに行かせ、給料の前借りに来たり、大阪での仕事がようやく一人前になってきた頃に、母が倒れたというウソをついて帰省させたりと、その言動はかなり自分勝手。

 オート三輪を購入したものの、張り切って足をくじいて仕事に行けず、借金がふくらみ、その返済に、喜美子が美術の学校に通うために貯めていたお金をあてて、信楽に帰ることになる展開も、やはり「憎めない父」と笑うには、相当の度量が必要だと思われる。

■塩梅が難しい「頑固で亭主関白な父」と「ダメな親父」のハイブリッド

 真っすぐに「頑固で亭主関白の父」なら腹も立たないし、単に「ダメな親父」なら脱力感もある。しかし、常治の場合は、従来の「頑固で亭主関白な父」と「ダメな親父」のハイブリッドなだけに、ちょっと厄介だ。真面目に仕事一筋に生きてきた父親に「女だから」という理由で認めてもらえないなら、「それも時代」と視聴者も納得できるが、常治の場合は、「酒をやめれば良いんじゃ?」とどうしても思ってしまう。

 この「頑固で、ダメ男だけど、憎めない父」というハイブリッド型は、塩梅が非常に難しい。朝ドラで一番の成功例は小林薫が演じた『カーネーション』の父・善作だろう。ちょっとしたことで怒り、家族には威張り散らしているが、根は小心者で、外面は良い。仕事熱心だが、商売下手で、幼少時はヒロイン・糸子に集金を手伝わせ、「お前が男だったら」と何度も言っていた。しかし、いざ糸子が洋裁師を志すようになると、断固反対。この父と娘の戦いは長期に渡ったが、それでも「クソ親父」と視聴者が思うことは少なかった。

「酒ばかり飲んでいて、商売下手で、家族に威張り散らしていて、小心者」なのは『カーネーション』も『スカーレット』も同じ。根は家族思いで愛情深いのも同じ。しかし、決定的に違うのは、実は妻、つまりヒロインの母の存在ではないだろうか。お嬢様育ちで、駆け落ちしたという設定は『カーネーション』の母親・麻生祐未も『スカーレット』の母親・富田靖子も同じ。おっとりしていて天然というのも、同じ。

 しかし、『カーネーション』では、神戸の裕福な実家がたびたび登場することで、お嬢様として育った背景がわかり、「おっとり」に説得力がある。また、亭主関白の善作の言いなりに見えて、「へえへえ、すんません」と適当に受け流している図太さが、糸子に対する父の攻撃の盾となり、糸子や視聴者の心強さになっていた。夫の悪いところを理解したうえで、深い愛情を持っていることも感じられた。

 しかし、『スカーレット』の母の場合、喜美子が美術の学校へ行くための貯金をしていたとはいえ、それが喜美子の救いにはなっていない。何より「ダメ夫」に対する客観的な目線がなく、そこをかつては衝突ばかりする次女が、最近では三女が“キャラ変”してまで一生懸命果たそうとしている。

 もちろん常治も家族への愛は深いわけだが、自分勝手な言動を妻が流したり、諫めたりすることなく、イエスマンに見えてしまうだけに、娘たちが不憫に思える場面が多い。それを不甲斐なく感じる視聴者は多く、ネット上では「クソ親父」とともに「クソ親」「クソ両親」とも時おり呟かれている。

 要素だけを取り上げると似たところの多い『カーネーション』と『スカーレット』の父だが、残念ながらまだいまのところ「憎めちゃうかもしれない父」常治。今後の展開で「憎めない父」として魅力を大いに発揮してくれることに期待したい。
(文/田幸和歌子)

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