一昨日、久しぶりに時間がとれたので、施設にお世話になっている母に会いに行った。
ちょうどその日は妹も時間がとれたらしく、父を連れ出して簡単な昼食をとり、僕、嫁、妹、父の4人で施設に向かった。
母は前回よりしっかりしていた。
前回来た時は、椅子に座り込んで身体を傾け、顔を下に下ろしたままで、あまり笑顔もなかった。
今回は、顔は少し前を向き、時々笑顔を見せた。
あいかわらず、幻想と現実のごちゃまぜになった世界で生きている。
「大丈夫、車なんて待たせていないよ」と言うと、「あ、そうか。それなら良かった」と自分の考え間違いをすぐに受け入れる。
「この部屋暑いって言ったら、大阪ガスの人が来て、ガスの配管せなあかんって。それは、ここの料金に入ってへんから有料やって」と母。
あるいは、
「毎晩、あんたらがそばで話してるのが聞こえるんやけど、こっちからいくら声をかけても、なんで答えてくれへんねん」
「そら、答えへんわ。誰もおらへんねんもん」と妹。
妹が、大きな、僕の拳ほどのあんこ餅を持ってきていた。
母の細い身体でそんなものが食べれるのかと心配したら、妹が小さく切ってやった餅をひとつひとつ苦労して箸でつまんで口に運び、時間をかけて全部平らげた。
母は転んで足をひどく骨折した。その時のボルトが何本も足に入っているのだが、細くなった頼りない足から、そのボルトの端が突き出ている。皮も薄くなって、いまにも皮を破って出てきてしまいそうだ。
この施設に来た時は誰かに支えてもらえばなんとか立ち上がれたのだが、もう立ち上がれなくなっていた。
トイレが近い。そのことをいつも気にしている。
「大きなパッドをしてもらっているから、がまんできひんでも大丈夫やろ。それに、毎晩、15分おきに、トイレに連れて行ってもらったりしてへんで。係のひとに聞いたけど、夜中はほとんどコールはないって。トイレのことばっかり考えすぎてるから、そんな風に錯覚してるだけや。誰にも迷惑かけてへんから、安心し」と妹。
妹は車椅子の隙間に落ちた食べ残しをティッシュでとってやる。
鼻くそが出ていると言ってとってやり、鼻毛が出ているからと言って、ハサミで切ってやる。
「散髪してもらって、顔も剃ってもらったんやね。すっきりして、顔色ええわ」と妹。
「でも、ひげ残っているやろ」と母。
どれどれ、妹は安全カミソリも持参してきていて、それで母の剃り残しのひげを剃ってやる。
僕は、母の狂気をはらんだ眼を見て、途方に暮れる。
そして、僕の視線は、窓の外に逃げ、バルコニーの木が、満開の朝顔の造花で飾られていることに気がつく。
妹は、母だけでなく抱えきれないものを抱えている。
僕も仕事を放り出すわけにはいかず、嫁には同じく施設にお世話になっているお父さんがいる。
近くに住んでいる父は、施設に行きやすいようにとタクシーチケットまで渡したのに、なぜか母の元へは全然行かない。
少し元気になってくれていたので嬉しかった。
が、皮肉なことに、しっかりすればするほど、母は重くなる。
何がしたいと母に訊ねると、皆で美味しいものを食べに行きたいという。
母が車に載っていることに耐えれる時間で行ける範囲に、母を連れ込んで用を足せる大きなトイレを備えたお店があるだろうか。
妹はそんなところはないと言う。
ほかにしたいことは?
「会いたい」
「誰に?」
「あんたらや」
「そやからこうして来てるやん」
「みんなが集まるんて、1か月に1回ぐらいやんか。もっと会いたい」
子供の頃、砂に山をつくって真ん中に棒を立て、交互に砂を取り除いていって、棒を倒したら負けという遊びをよくやった。
僕という砂山とそこに立っている命。となりには、母の砂山。
母の砂山は僕のより相当小さく、命の棒は傾いている。
時は僕と母の間の砂を毎日取り除いていく。
そのたびに、どちらの山からも砂が崩れ落ち、山が小さくなる。
突然、なんの脈略もなく、母がはっきりと言った。
「いちろう、あんた、人生に後悔はないか?」
部屋は爆笑となった。
急に、人生を語らせるなよ。
そして、帰りの車でぼんやりと考えた。
「人生に後悔はないか?」
そういえば、その問を、母の頭がまだしっかりしている頃に、一度、聞いてみてみるべきだった。
そんなぶしつけな問をすることなど思いつきもしないほど、彼女の人生は、僕にとっては単に「母」であり、「母」そのものであった。子供にとっての「母」は、後悔などしない。
母の人生には、後悔はあったのだろうか。
photo by jay mantri
(2014年7月28日「ICHIROYAのブログ」より転載)