哲学者の中沢新一さんと國分功一郎さんがみる小平市の住民投票―「日本を蝕む地方分権というDV」

5万人の声は、このまま捨てられるのか。50年前に決まった都道建設計画を問うた東京都小平市の住民投票。5月26日に投票は行われたが、投票率が35.17%で成立要件の50%に満たなかったとして、市は開票していない。しかし、投票者数は5万1010人。小平市民の3人に1人はこの問題に関心を寄せ、自らの意思を表明したことになるにも関わらず、条例が失効する8月末に投票用紙は廃棄されるという。市に住民の声を聞いてほしいと活動してきた市在住の哲学者、國分功一郎さんは、中沢新一さんらと6月13日、国交省に対し、住民投票の結果が明らかになるまで建設計画の事業認可を与えないよう求めた。国と地方自治体と住民。この問題を通じ対話してきた2人の哲学者が指摘する日本の“病い”とは?
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Chika Igaya

 5万人の声は、このまま捨てられるのか。50年前に決まった都道建設計画を問うた東京都小平市の住民投票。5月26日に投票は行われたが、投票率が35.17%で成立要件の50%に満たなかったとして、市は開票していない。しかし、投票者数は5万1010人。小平市民の3人に1人はこの問題に関心を寄せ、自らの意思を表明したことになるにも関わらず、条例が失効する8月末に投票用紙は廃棄されるという。市に住民の声を聞いてほしいと活動してきた市在住の哲学者、國分功一郎さんは、中沢新一さんらと6月13日、国交省に対し、住民投票の結果が明らかになるまで建設計画の事業認可を与えないよう求めた。国と地方自治体と住民。この問題を通じ対話してきた2人の哲学者が指摘する日本の"病い"とは?

■住民の声を聞かない「地方分権」という権力

 この日、東京・永田町を訪れたのは、住民投票を求めるなど活動してきた住民グループ「小平都市計画道路に住民の意思を反映させる会」メンバー、それを支援してきた國分さんと中沢さんだ。国交省への要望書の提出と担当者との面会は、みどりの風、阿部知子代表代行の紹介で行われた。しかし、国交省の担当者は、要望書は受け取ったものの、「国として地方自治体に口を挟む立場ではない」との態度だったという。

 面会後、会見で國分さんはその印象をこう語った。

 「国交省の方は、地方自治という言葉を何回も使われていて、地方自治を大切にされていることはよくわかりました。でも、実際に地方では首長と役所がきわめて強い力を持っていて、地方自治という言葉が本来の地方自治、あるいは地方の住民による自治を阻害しているように思えました。住民は何もできませんが、住民投票をやった以上、開票しないのはどんな意見の人もおかしいと思うでしょう。まずは開票。もちろん、僕自身の考えとしては、開票だけじゃなくて、もっと別の方法で住民の意見を聞いてくれなければ困ると思っています」

 國分さんとこの問題について対話してきた中沢さんも、「今、一番問題になっているのが、地方分権なんだとよくわかりました」と話す。

 「つまり、国の力を弱くして小さい政府を作り、地方分権もすすめようとしています。東京も大阪も分権、分権としきりに言いますが、本質がよくわかりました。税金を集めているのは国ですが、その決定権は地方に寄越せ、国は何も言うな、住民も何も言うなという恐ろしい地方分権という権力機構ができつつあるだなと僕は怖くなりました。東京都が伏魔殿みたいになっていて、住民の意見は反映させない、国の意見も聞かない。そういう地方分権がこれから横行しようとしている」

 同じ問題は、東京都に限ったことではないという。

 「大阪だって、大阪府や大阪市の人たちが手放さず、参院議員や衆院議員にならない理由がよくわかります。国会議員に力はない。これから地方分権なんて恐ろしい権力システムが発達して道州制になる。道州制になった時、今度はこれが国より大きな権力を持つことになる。ひとつの問題点がはっきり現れてきた。今、地方分権が非常に危険なシステムとして発達しつつあるといことです。今回、国交省の人がみんな逃げ腰なんです。指導もできないという。地方の時代に国が指導を入れるのかと言われてしまうから。でも、住民の意見を聞かない地方分権なんてシステムが発達していったら、日本は崩壊じゃないですか」

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国交省の担当者に要望書を手渡す住民グループと中沢さん(右から1人目)と國分さん(右から2人目)

■「コミュニケーション」が処方箋

 國分さんや住民グループは、住民の声を聞いてほしいと市に訴えてきた。署名を集め、住民投票を実現させたが、小林正則市長や市議会から課せられたハードルは投票率50%超えという高いハードル。住民グループは投票用紙を情報公開するよう投票日翌日に請求したものの、市の選挙管理委員会は「公開できない」と決定。これを受けて、さらに6月10日、異議申し立てを行ったばかりだ。また、6月3日に都知事あてに国への事業認可申請を取り下げるよう求める要望書を提出したが、これも聞き入れられなかった。

 他にも、小平市長あての署名活動や6月23日に投開票が行われる都議選の立候補予定者に都道建設計画と住民投票に関するアンケートを実施している。しかし、こうした動きに対し、小平市や東京都の動きは鈍い。

 中沢さんは現状をこう分析する。

 「ドメスティックバイオレンス(DV)と同じ構造になっていますよね。家の中で行われることは、口が出せない。暴力をふるわれても何も言えないし、警察になんとかしてくださいと訴えても、家の中でなんとかしてくださいという状態なんです。東京都や小平市がやることは、クローズなので国の私たちは手が出せないというわけです。となると、これは日本全体が陥っている病気です。地方の政府から住民を守るための国が必要になっている。小さい政府を目指していくという新自由主義的システムの中で起きている副作用だと思います」

 では、どのような"処方箋"が必要なのだろうか。中沢さんは重ねて語る。

 「DVへの対処として、社会が家族との間でコミュニケーションを実現していかないといけない。もっと大きな規模で陥っているこのDVに対しては、ひとつは国という社会の力がもっと健全に働いていかければないといけない。それから、住民というもうひとつの社会が、地方行政との間にコミュニケーションを実現しなければいけない。僕らが求めているのは、このコミュニケーションを実現しましょうということです」

 今後、住民グループでは住民監査請求を検討している。6月30日には、國分さんや中沢さんに加え、クリエーターのいとうせいこうさん、社会学者の宮台真司さんが参加するシンポジウムも計画中だ。小平市に対して声を上げた5万人の意思を無駄にしないために、さまざまなアプローチで取り組んでゆくという。「今、この国が陥っている病のひとつの典型例です。都道建設計画にとどまらない問題として、広く訴えていきたい」と國分さんは話している。

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