昆虫の体内に棲みつき、昆虫にとって欠くことのできない役割を果たしている共生細菌。自然界で別々に暮らしていた昆虫と細菌が、長い進化の過程を経て、互いに不可欠な存在になったのだ。しかし、そのような関係に至った仕組みはまだ分かっていない。この謎に迫る重要な発見がNature Microbiology の創刊号で報告された。自然界で現在進行中の共生進化の過程を捉えることに、日本の研究チームが成功したのだ。
深津 武馬、細川 貴弘
―― いろいろな生物が、体内に微生物を共生させているのですね。
深津氏: 体内に細菌を共生させる現象は生物界に普遍的に見られます。例えばヒトの腸管には数万種、1000兆個以上もの細菌が棲んでいて、その重さは1kgを超えると言われています。
多くの昆虫では、共生する細菌の種類が1〜数種程度に限定されていて、宿主昆虫と共生細菌はしばしば高度な協力関係を築いており、細菌なしでは昆虫が生きていけない場合も少なくありません。これは共生細菌が宿主昆虫の生存に必須な生理機能などを担っているからです。一方で細菌の方も、昆虫の体内環境に高度に適応しています。共生進化の過程でゲノムが縮退して、単独では外界で生きていけない細菌も多いのです。
―― 昆虫の共生細菌は、昆虫の体のどこにいるのですか?
深津氏: 体表面、腸内、細胞内などさまざまです。高度な生物機能を担う共生細菌では、昆虫の体を構成する細胞の中にまで入り込んでしまっているものも珍しくありません。
今回の研究で私たちが用いたチャバネアオカメムシは腸内共生で、腸管の後部に盲腸のような小さな部屋がたくさん並んでいて、その中に共生細菌が収納されています(図1)。共生細菌は母親から子へ垂直伝達され、幼虫の生育に必須なのですが、その受け渡しのやり方が面白い。母親は産卵のときに細菌入りの分泌物を卵の表面に塗りつけます。孵化した小さな幼虫は直ちに卵表面をなめてこれを吸いとります。幼虫はこの行動を一生懸命に行い、生存に必須な共生細菌を獲得するのです。
チャバネアオカメムシを研究に用いた理由はいろいろあるのですが、まず、卵表面をホルマリンやエタノールで殺菌して共生細菌の伝達を妨ぐことで、共生細菌のいない虫を簡単に作ることができるという利点があります。また幼虫が共生細菌を経口摂取することを利用して、他の共生細菌、遺伝子操作した共生細菌、いろいろな環境細菌などを飲み水に混ぜて与えることができ、その影響を評価することも可能です。
図1
a チャバネアオカメムシ。柑橘などさまざまな農作物の害虫として知られる。
b 腸管後部の黄色い領域には多数の共生細菌のつまった小さな袋状の部屋が4列にならんでいる。
c 光学顕微鏡で見た共生細菌。
d 茶色く見えるのが孵化幼虫で、卵殻の表面に塗布された共生細菌を吸っている。
―― 今回の研究では、共生細菌の進化プロセスを明らかにされたそうですね。
深津氏: はい。カメムシ類と微生物の共生関係の研究で経験豊富な細川貴弘(ほそかわ たかひろ)君(当時、深津ラボの特別研究員)が、南西諸島のあらゆる島嶼(とうしょ)を含む日本全国津々浦々を歴訪し、カメムシ類の共生細菌を精力的に調査したのです。その過程で、次々と興味深い現象を発見しました。従来の考えを覆すような数々の仮説の提示にも至りました。そしてそれらについて、細川君が膨大な量の実験を行い、妥当性を検証しました。
今回の研究の結論を一言で言うと、チャバネアオカメムシの日本野外集団では、環境細菌から必須共生細菌への進化が現在進行形であるということです。カメムシの体の中でしか生きていけない必須共生細菌、カメムシの体の中でも環境中でも生きていける共生細菌、カメムシの体の中で生きていく能力を潜在的に持っているけど通常は共生していない環境細菌などが、日本列島のカメムシ集団中に共存しているのです。このような状況が昆虫自然集団で見つかったのは初めてのことで、大変に驚きました。共生の起源を探る上で重要な洞察を与える発見であると考えています。
南の島のチャバネアオカメムシ
―― どのようにして発見されたのか、詳しく教えてください。
細川氏: 2008年頃のことなのですが、南西諸島の各地で採集したチャバネアオカメムシの共生細菌を調べていた際に、同じ島で得られたカメムシなのに、個体によって検出される細菌が異なる場合が続出したのです。従来の考えでは、特別な腸内器官に入っている共生細菌は、同種のカメムシなら同一であるはずなのに、それに反する状況です。いったい何が起こっているのかと知りたくなったのがそもそものきっかけです。
日本列島全域から42集団448個体のチャバネアオカメムシを収集して、詳しく調べていく過程で、次から次へと驚くような発見が続きました。
計6種の細菌が見つかったのですが、うち1種は日本本土の全てのカメムシ個体に感染、もう1種は南西諸島の大部分の島で高頻度に感染、残りの4種は南西諸島のみで低頻度に感染していました(図2)。卵表面滅菌を利用して、親と異なる細菌を孵化幼虫に感染させたところ、どの共生細菌に感染したカメムシも正常に育ったため、これら6種の共生細菌はカメムシにとっての必須な機能を同様に果たしていると推定されました。
図2
日本各地のチャバネアオカメムシ集団における共生細菌6種(A〜F)の分布。本土で見られるのはAのみ。南西諸島ではBが高頻度、C〜Fが低頻度で共存。
―― この6種類の細菌が、ダイナミックな進化過程を反映しているのですか。
細川氏: そう考えられます。さらに実験したところ、最初の2種の共生細菌はカメムシ体内でしか生きられませんが、残りの4種は通常の培地上で簡単に培養できることが判明しました。宿主の生存に必須な共生細菌は一般に培養困難であるという、従来の常識とは異なる結果でした。
そこで、体外で培養可能ということは、これらの共生細菌は自然環境中にも存在しているかもしれないと思いました。そして調べてみると、確かにそうだったのです。表面滅菌卵から孵化した無菌のカメムシ幼虫をシャーレに入れ、南西諸島で採取した土壌試料に曝露したところ、大部分は幼虫のまま死にましたが、数%は成虫まで育ち、それらは培養できるタイプの共生細菌を腸内に獲得していたのです(図3)。本当に衝撃的な実験結果で、ダイナミックな進化過程にあることを実感しました。2011年頃のことです。
図3
石垣島で採取した土壌にチャバネアオカメムシ幼虫(表面滅菌卵から生まれたもの)を触れさせると、一部の幼虫は共生細菌を獲得して生育できるようになる。
―― 昆虫と微生物の強固な一体化が起こる前の段階が発見されたということですね。
深津氏: そうです。共生細菌が昆虫の体外でも体内でも生きられて、昆虫が死んだら環境中に戻っていく。また、昆虫の方も、環境中から細菌を獲得できるという、いわば環境細菌と必須共生細菌をつなぐ中間段階のような共生細菌の存在を実証したわけです。
細川氏: その後、論文としてまとめるためにさらに数多くの調査、実験、解析を重ね、2015年にようやく投稿することができました。
深津氏:Nature Microbiology に投稿することにしたのは、米国の学会に招待されたときに同誌の編集長も参加していて、この雑誌の創刊を知ったからです。幸い、2016年の創刊号で発表することができました。
フィールドワークからゲノム解析まで
―― 共生細菌が担っている、チャバネアオカメムシの生存に必須の役割は何なのでしょう?
細川氏: それはこれからの研究課題で、今まさにゲノム解析や機能解析を進めているところです。
今回のチャバネアオカメムシの研究は、共生の起源を探る重要な第一歩になります。今後は野外集団を経時的にモニターするとともに、環境条件の影響や、共生細菌種間の競争などについて詳しく解析し、明らかにしていくつもりです。
―― 論文が発表されたことで、研究の競争も激しくなるでしょうね。
深津氏: あまり心配していません。私たちは非モデル生物を用いており、実験系の独自性が高いので、追随は容易ではないでしょう。とはいえ、こういう研究が可能であると示したことで、他分野からも同様のアプローチが出てくることを期待します。
この研究において、細川君はとてつもなく膨大な労力を要する大量の操作実験を行いましたが、それを可能にしたのは彼の研究への情熱と献身はもちろんのこと、研究対象を知りつくしたフィールドワーカーとしての高い能力です。日本のどこにいつ行き、どう探せば目的のカメムシに出会えるかを熟知し、それぞれに最適な飼育系を試行錯誤の上に確立していく。その上で難培養性微生物を対象とした各種の解析技術、次世代シーケンサーを駆使したゲノム解析などにより、ゲノムから集団までを俯瞰した共生進化の理解が可能になったわけです。
―― 共生細菌の研究は、近年急速に進展してきている分野なのですね。
深津氏: ほとんどの共生細菌は宿主体外で培養できず、かつては認識すら容易ではありませんでした。1980年代のPCR法の開発によって検出や系統解析が可能になり、さらに近年の次世代シーケンサーの登場によって全ゲノム配列を解読して全代謝系の記載や生理機能の推定もできるようになり、研究がさらに大きく展開しました。
―― 深津ラボの研究者は、フィールドワークや動物の観察から、分子生物学的研究やゲノム解析まで、全て手掛けるのですね。
深津氏: それが理想ですし、ラボの多くの人たちはそれを実践しています。共生細菌の機能解析の入り口として今やゲノム解析は必須ですが、生化学、生理学、遺伝学などを駆使した実験的検証なしに本物の理解は得られません。新しい面白い研究テーマはたいていの場合、自然界に見られる生物多様性の詳細な観察や記載から浮かび上がってきます。生き物丸ごとの操作実験からゲノムレベルの解析まで、利用可能なアプローチは全て利用するのが研究に取り組む上での誠実さであり、また醍醐味だと思います。
インタビューを終えて
カメムシの採集方法を細川博士にうかがうと、昼はカメムシが好きな植物、夜は電灯など明かりの近くで、昆虫網を振るとのこと。そして飼育においては、今回のチャバネアオカメムシの場合、朝、世話をするのだそうです。それというのも、夜行性のため「夜は活発に飛び回り、大変なことになるんです」と笑いながら、チャバネアオカメムシの入ったシャーレを見せてくださいました。
深津博士は虫好きが高じて、大学時代はアルバイトでお金をためては亜熱帯の島を彷徨し、昆虫との遭遇に時を費やしたそうです。その後大学院で共生微生物を紹介する本に出会い、これまで親しんできた昆虫の小さな体内や細胞内に、豊かな微生物の世界が隠れていたのかと驚愕。昆虫と微生物の共生を研究するきっかけとなったのだそうです。
聞き手 藤川良子(サイエンスライター)。
Nature Microbiology掲載論文
Article: 自然昆虫集団における環境細菌から絶対相利共生細菌への進化
Nature Microbiology1 : 15011 doi:10.1038/nmicrobiol.2015.11 | Published online 11 January 2016
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