シリコンバレーや東京にできない「地方スタートアップ」の戦い方とは

京都という地方都市で、ベンチャー・キャピタルの仕事に携わらせて頂いて1年余りが経過しました。そんな短い経験ながら自分が見てきた「地方でスタートアップする現実と可能性」について、今回は触れてみたいと思います。

編集部注:この原稿は藤原健真氏(プロフィール)による寄稿である。藤原氏は京都大学のベンチャー・ファンド(2号ファンド)の運営を行うみやこキャピタルのベンチャー・パートナーで、シリコンバレー発の起業家育成プログラム&スタートアップ・アクセラレーター「ファウンダー・インスティテュート関西」(FI関西)の運営者だ。FI関西の取り組みについては、過去にTechCrunchでも取り上げている。(関連記事:卒業率わずか25%、シリコンバレー発の「マジでガチ」な起業家育成プログラムがすごい

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■スタートアップにおける地方創生

「地方創生」というキーワードを新聞やテレビで最近よく目にするようになりましたが、スタートアップにおける地方創生と聞いて、みなさん何を想像するでしょうか?

人によっては、地方に移住して起業することを想像される方もいるでしょう。モノ作りや農業など、地方の強みを後押しする助成金のことを想像される方もいるでしょう。すでに地方でスタートアップされている方は、地元での雇用創出がそれにあたるかもしれません。

京都という地方都市で、ベンチャー・キャピタルの仕事に携わらせて頂いて1年余りが経過しました。そんな短い経験ながら自分が見てきた「地方でスタートアップする現実と可能性」について、今回は触れてみたいと思います。

まず始めに簡単な自己紹介から。

京都のお隣、滋賀の高校を卒業後、18歳で単身渡米。カリフォルニア州立大学でコンピューター科学を専攻し、卒業後は株式会社ソニー・コンピューターエンタテインメントに入社。エンジニアとしてゲーム機PlayStationの開発に3年ほど携わりました。

その後、アメリカ留学時代の仲間たちと一緒にITとハードウェアを扱うベンチャー企業を東京で数社創業。そこではいずれもCTOという肩書きでした。30代後半に差し掛かるタイミングで、生まれ育った関西に戻ることを決意。結婚を経て家族を持ち、京都に根をおろすことになりました。

そんな折、京都大学のベンチャーファンド(2号ファンド)の立ち上げの話を頂いたのが、今から2年前の2012年の冬。それ以来、自分がいま所属するベンチャー・キャピタルである、みやこキャピタルに籍を置かせて頂いています。

実は関西に戻った当初は、現在のような活動をやろうとは考えておらず、ましてやVCの仕事をするとは想像もしていませんでした。一方で、関西のスタートアップを取り巻く環境に対する理解が深まるにつれて、アメリカ西海岸や東京にあって、関西に足りないものが明確に見えてくるようになりました。

関西には尖った人材や優れた技術がたくさん存在しているにも関わらず、それらがベンチャー企業の創出や強みに十分に活かされていない。この現状をなんとか改善したいという想いが、今の自分のモチベーションになっています。

■地方でしか出来ない戦い方を実践する

さて、今回のタイトルである「地方でスタートアップする現実と可能性」ですが、いわゆる「地方都市に第2のシリコンバレーを作ろう」といった類いの話ではありません。むしろ、その逆で「シリコンバレーや東京に出来ない戦い方を地方で実践しよう」といった内容に近いかもしれません。

色々な戦い方がある中で、自分がいま最も注目しているのが、大学で産まれた技術を使って事業を立ち上げる大学発シーズの活用です。同じような言葉に「大学発ベンチャー」というものがありますが、こちらは大学に所属している研究者や学生が会社を作るというイメージが強いため、あえて自分は「大学発シーズの活用」という言い方をするようにしています。

ご存知の通り、関西を含む地方には多くの大学や教育機関が存在していますが、日本では大学発シーズを使ったベンチャー企業の成功事例は、海外に比べてまだまだ少ないように思います。

海外ではスタンフォード大学の教授自らが出資して学生に起業させたGoogleなど、自分たちの生活の身近なところに、その成功事例の影響が及んできています。なぜ、日本ではこういった成功事例が少ないのでしょうか。

■投資先に見る「大学発シーズ」の活用事例

現在弊社で投資・支援させて頂いているベンチャー企業に、京都大学のiPS細胞技術を使ったiHeart Japanという会社があります。みなさんもご存知のiPS細胞ですが、その中でも特に心臓疾患に対する次世代医療を実現しようとしているバイオ系ベンチャー企業です。

バイオ系ベンチャー企業はR&Dにかかる時間や費用が、通常のベンチャー企業のそれよりもかなり大きいことから、大学発シーズの活用事例としてよく挙げられます。同社もまさに京大発のシーズを活用することで、他のベンチャー企業にはない強みを得て事業化を試みています。

では、バイオの専門家でないと大学発シーズは活用できないのかと言えば、そうでもありません。同じく先日、東京大学のベンチャー・キャピタルであるUTECを含むVC3社で共同投資させて頂いたお金のデザインは、ITx金融という分野で大学発シーズを活用しようとしています。

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FinanceとTechnologyをあわせてFinTech系ベンチャー企業などと呼んだりしますが、同社は京都大学教授で資産運用研究者の第一人者である加藤康之先生の協力を得て、これもまた他のベンチャー企業にはない強みを自社サービスに取り入れようとしています。

さらにもう1社、弊社で支援させて頂いているIT系ベンチャー企業のNOTAも京都大学の石田・松原研究室との共同研究や協業を行っています。同社はGyazoという静止画・動画の瞬間共有サービスを運営しており、現在世界中で800万人のユーザーを抱えています。Gyazoの開発メンバーの多くは現役京大生や京大卒業生で構成されていて、コアメンバーとして慶應義塾大学の増井俊之教授も参画されています。

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上記の3社は、弊社の支援先ということで今回紹介させて頂きましたが、共通しているのは何かしらの形で大学発のシーズや大学の人材を活用して自社の強みにしている、ということです。と、ここまで言うと「優れた技術を大学で見つけて事業化すれば強みにつながるのか」と安易に結論づけされる方もいますが、それでは一昔前の技術・知財先行型大学発ベンチャーのムーブメントと何ら変わりありません。

■お金を払ってくれる人がどれだけいるのか

大切なのは、その技術を使って産み出されるプロダクト・サービスに対して、お金を払ってくれる人がどれだけいるのか、という視点で大学発シーズを見るということだと思います。逆にお金を払ってくれる人がいなければ、どんなに優れた技術も事業としては継続できなくなり、結果、世の中にインパクトを与えることもできません。

スタートアップの世界ではProduct-Market Fit(顧客が抱える問題を正しく解決して、顧客から対価が得られている状態)の是非が非常に重要ですが、大学発シーズを利用したベンチャー企業においても、今後はこの考え方が日本でも当たり前になるのではないでしょうか。

では翻って、こういった顧客目線でのプロダクト・サービス開発を今まで散々実践してきたのは誰かと言えば、それはやはり起業家であって、スタートアップであるわけです。そして起業家とスタートアップは、アメリカ西海岸や東京だけでなく、当然地方にもたくさんいます。しかし、地方にいる起業家やスタートアップの中には、なぜかアメリカ西海岸や東京と「同じような戦い方」をされる方が意外に多いのも事実です。

これが今回のタイトルである「地方でスタートアップする現実と可能性」の『現実』の部分です。つまり、自分の住んでいる土地の強みを最大限活かせていないのではないか、という主張です。

■地方のスタートアップは観光ビジネスと同じ

地方でスタートアップするということは、観光ビジネスを立ち上げることと似ていて、その土地でしか得られないリソースを使って差別化なり勝負するということだと考えています。

人口たった150万人の地方都市である京都に、なぜ年間5,000万人もの観光客が訪れるのかといえば、それは京都にしかないものがそこにあるから来るわけです。それと同じ考え方を地方のベンチャー企業にも当てはめれば、他社がマネできない『圧倒的な』強みを取り入れられるのではないでしょうか。

これまで1年に渡って多くの研究者の方々や、起業検討中の学生の方々とディスカッションさせて頂きましたが、おおむね彼らの課題は共通していたように思います。それは「事業化を支援してくれるベンチャー経験者が身近にいない」というものです。

一方で、地方のスタートアップの方々に話を聞くと「大きな事業につながりそうなネタがない」「ネットだけで実現できるサービスにはそろそろ限界を感じている」「ビジネスも人材も東京一極集中で地方は不利」といった声が多くあったように思います。

これが、後半の『可能性』につながる話になります。この可能性とは、地方におけるアカデミアとスタートアップの間のギャップのことを指しており、これを埋めることが地方にしかできない戦い方の1つになるのではないかと考えています。

これまで、地方のスタートアップはあくまで自前主義で、大学との共同研究などというものは大企業がやるもの、と考えていた節があったように思います。自分が話をさせて頂いた研究者の方々の中には、「自分は気象学の専門家だが、ビッグデータが得意なIT専門家がいれば事業化の可能性がさらに高まるのに」といった声もあり、なぜスタートアップはこういう所にもっと積極的に出て行かないのかと思うことが多々ありました。

あえて語弊を恐れずに言えば、ウェブブラウザやスマホの中だけで起こせるイノベーションは、もうほぼ限界に達していると自分は考えています。実際問題、現在リリースされているIT系サービスはどんどんニッチなってきており、コンシューマー向けサービスに至っては、もはや広告費をどれだけ投入できるかという勝負に集約されているところもあります。最近のIoTムーブメントは、そういった「ネットサービスの行き詰まり感」を反映しているところもあるのではないでしょうか。

■アカデミアとスタートアップが一緒になる方法

ズバリ、次の3つだと考えています。

1、アカデミアでの起業家教育

2、起業を志す人が集まる場所

3、成功事例

1番目の起業家教育については、例えば京都大学ではGlobal Technology Entrepreneurship Program(GTEP)という名前で今年の秋から本格的な起業家教育プログラムを開始しています。いわゆるMBAのような座学ではなく、プロトタイプ(試作品)を作り、実際の市場で仮説検証と顧客開発を行い、最後のデモデーで成果を披露するというGTEPのやり方は、民間のスタートアップ・アクセラレーターのそれに近いものがあります。

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GTEPは、文部科学省のEDGEプログラムの一環で、京都大学の他にも大阪大学、立命館大学、奈良先端科学技術大学院大学、滋賀医科大学、大阪府立大学などの地方大学でも同様のプログラムが開催されることになっています。

2番目の人が集まる場所は、関西で言えば2013年4月に開業したグランフロント大阪と同時に開設された大阪イノベーションハブ(通称OIH)が間違いなくそれにあたるかと思います。OIHでは、ほぼ毎日ハッカソンや起業に関するイベントが開催されています。福岡で言えば、最近オープンしたスタートアップカフェが、その機能を担うものと期待されています。

ということで、1番目と2番目はどの地方でも意識の高い人がトップダウンでやれば実現できる類いのものですが、3番目の成功事例だけは、これは関係者全員でゼロから作り出すしかありません。自分が拠点にしている関西は、すでに1番目と2番目はクリアしているため、いよいよ3番目の成功事例をこれから作り出すフェーズに入りつつあります。

大学発のシーズや大学の人材を活用して、世の中に大きなインパクトを与えるベンチャー企業が1社創出されれば、冒頭で述べた日本での成功事例の少なさはおのずと解消されてくると考えています。そして、そう遠くない時期にそれが達成されると感じています。

いかがでしたでしょうか。もちろん大学発シーズを活用することだけが、地方での唯一の戦い方ではありませんが、その土地にしかないリソースを使って差別化を行うという意味では、参考になったのではないかと思います。

日本の活力は地方から。ぜひ実現していきましょう。