GW明けに理化学研究所からの調査結果発表がありました。
疑義のあったNature論文2本について、それ以上の調査はしないこと、Nature Articeについては取り下げ勧告が為されました。今後、研究不正を行った者に対する処分や再発防止策の検討が為されることになります。
21頁にわたる調査報告書は、きちんとした証拠を挙げつつ厳密な論理展開で不正を認定し、不服申立て者側の意見を退けていると思われました。この報告書の中で新たにわかった事実(日経BPの宮田氏による記事でいうところの「隠し球」)は、当該Nature Articleの原稿が、Cell誌、Science誌にも投稿されており、その査読評価プロセスにおいてすでに「電気泳動データの切り貼り」が指摘されていた、ということでした。それら投稿論文の原稿ファイルなどの物的証拠が提出されなかったために詳細は不明ですが、査読コメントがなぜ、2014年にNature掲載となった論文の原稿作成に活かされなかったのか、大いに疑問が残ります。査読コメントは、単に批判するだけでなく、匿名の査読者が当該論文を「良くするため」に行われるものであり、それが次の投稿に活かされていないということが不思議であり残念でなりません。また、科学者としてはLetter論文の方にも種々の疑義があるまま放置されて良いのかと感じます。まぁ昔なら、再現性が無ければそのまま見捨てられ風化していくのだと思いますが。
これらNature論文のオーサーシップについてはこちらを参照。
科学コミュニティーとしては、今後の防止策についてより真剣に考えるべきと思います。過日も取り上げましたが、平成18年に文科省からはすでに「研究不正防止のためのガイドラインについての報告書」が提出され、昨年末からその「見直し」が検討されているところです。
研究不正の対応は、大きく分ければ「不正を予防するための方策(教育・意識啓発・その他のしくみ)」と、「起きてしまった不正に対応するための方策(告発・調査機関の設置など)」になります。個人的には前者の方が長期的な観点からより重要であると思い、その中には初等中等教育からの倫理啓発、タイピングの基礎の習得時に行うべき「引用のエチケット」教育、科学ジャーナルの投稿・査読システムの改善、研究業績評価におけるハイインパクトジャーナル偏重の是正などが含まれると考えます。
ただし、今回のSTAP細胞事件だけでなく、生命科学・医学系において多数取り上げられている現状を鑑みると、喫緊には、いわゆる米国における「研究公正局Office of Research Integrity(ORI)」などの組織を設置するのかどうか、という問題があります。すでに拙ブログで述べましたが、米国は1980年代の研究不正多発を受けて、ORIが設置されたという経緯があり、ただし、現状ではその活動としてはeducationの方に重きが置かれているようです。研究不正対応の「第三者機関」は「あった方が良いよね」という認識で捉えるべきではなく、誰がその任務を行うのか、その力が強くなるということは国家が科学の自由に制限をかけることになっても良いのか、という大きな問題があります。
日本分子生物学会では、研究倫理委員会を中心として、昨年に行った会員アンケートや年会におけるフォーラムをもとに研究不正対応の提言をまとめる予定ですが、ぜひ、本ブログのコメント欄を利用して、ご意見をお寄せ下さい。
(2014年5月11日「大隅典子の仙台通信」より転載)