STAP細胞問題から見えた市民と科学者の乖離――前編

世間をあっと言わせ、たちまち時の人に。蓋を開けてみるとなんだかはっきりしないものだった。科学と社会が抱える様々な問題が浮き彫りになったSTAP細胞フィーバーですが、今後の展開に目が離せません。
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世間をあっと言わせ、たちまち時の人に。

蓋を開けてみるとなんだかはっきりしないものだった。

科学と社会が抱える様々な問題が浮き彫りになったSTAP細胞フィーバーですが、今後の展開に目が離せません。その寸評は様々なサイトでなされているのでそちらに譲るとして、ここではともすると誤解されている科学とは何か、科学的とはどういうことか、科学における作法とはどういったものかなどについておさらいしておきたいと思います。

その上で改めてSTAP細胞論文のどこに問題があるのかを考えていただきたいと思います。

筆者も科学者の一員です。

科学者という人種は、まだ明らかになっていない自然界の摂理を探求すべく活動しています。よって、UFOは存在するかなど、どんなに突拍子のない事項であっても、自然界について理解しようとする営みは全て科学に含まれることになります。

ただし、UFOの有無を検証することが科学であるためには、科学的な手続きをふむ必要があります。ここを勘違いしたり、意図的に誤ったりすると、水に言葉が理解できるとか、トリチウムを水素に変換するとか言い出す人たちが出てきてしまいます。

■科学的な手続きとはどういうものか?

まず大前提として科学では「〜は無い、〜はあり得ない」という証明は基本的にできません。たった一つの反証の例が発見されるだけでその理論は崩れてしまうからです。科学で言えるのは「現在の証拠では〜は無い」というところまでです。白いカラスは現在までに見つかっていないとは言えますが、一羽でも発見されればその瞬間から白いカラスは存在するというのが科学的な事実となります。科学的な事実を一変させてしまうような発見を英語ではblack swan eventと言います。

このように科学はあくまでも流動的なものであり、100%確定していることは何一つ無いということに注意が必要です。科学を盲信するのは危険であるとも言えるでしょう。時に常識を覆すような発見がなされてきたことで科学は飛躍的に発展してきたのです。

しかしこれをいいことに「白いカラスが存在する可能性を否定できないから、カラスが全て黒いというのは誤りだ」という主張は科学的ではありません。そのような仮説を立てることはなんら問題ありませんが、白いカラスがいることはその説を唱える研究者が科学的に証明する必要があります。この辺がよく勘違いされている科学における重要な点です。STAP細胞だって当然あるかもしれませんが、その存在を主張するのであれば科学的に証明しなければならないのです。

それではここで言う科学的とはどういうことでしょうか?科学と科学でないものは明確に線を引くことが可能です。科学では、

1, 仮説をたてる

2, 仮説を裏付ける証拠(理論や実験結果)を収集する

3, それらの証拠が自説裏付けていることを吟味する

4, 仮説が正しい場合は論文として発表する

5, 科学コミュニティなどからの反論に対して、自説が正しいことのさらなる証拠、改定された理論により反論していく

6, 第三者が説の正しさを再現実験や、その他の理論によって確認していく

7, 科学的な手続きでは反論が成り立たないレベルまで成熟して初めて人類の共通智となる

という大変長く、厳しい道を必ず経なければなりません。近年ではあまりにも科学的知見が小さい物から大きい物まで数多く発見されていることから、ステップ5以降までいくような研究は少なくなっています。論文出しっぱなしで終わりです。科学コミュニティに強いインパクトを与えるような研究であればあるほど感心を示す研究者も多くなり、反論が多く寄せられることになります。

■科学と似て非なる物―疑似科学―

科学とは言えないいわゆる擬似科学ではステップ2以降を一切無視することが多いです。仮説を裏付ける証拠として提出されているものが自分の都合のいいデータだけであったりします。

「ありがとうと紙に書いて見せたら綺麗な結晶ができて、ばかやろうと書いた紙を見せたら汚い結晶ができた」という実験結果が得られたとします。なるほどこの二つの実験結果からは水が文字を認識できるという仮説が成立しそうです。ここで科学的実験として成立させるためには少なくとも以下の対照実験を行う必要があります。

1, 全く同じ実験を数回繰り返して毎回、少なくとも誤差範囲を超える確率で同じ結果が得られることを確認する

2, 何も見せないとどうなるのかを観察する

3, 場所、時間などを入れ替えても再現することを確認する

4, 第三者が同じ操作をして実験が再現できれば完璧

仮説が正しいことを証明するためには考えられる様々な仮説から、あらゆる要因を排除した実験系を組んで、再現すること、結果に矛盾しないことを確認する事が重要です。百歩譲ってSTAP細胞がたまたま一回だけできたとしても、それが再現できないうちは科学として認められません。

また疑似科学でよく使われるのが特許です。特許を取得と言われると何だか論文より凄そうな気がするかもしれませんが、正直特許の審査は科学的に正しいかよりも、新規性があるかに主眼が置かれていることから、科学的に正しくないようなものもゴロゴロあるのが現状です。永久機関や常温核融合は通らないそうですが、特許の内容に対して科学者が反論することはまずしません。例え異性を魅惑する香水の特許があったとしても、だからと言ってヒトにフェロモンが効くということにはなりません。

■全く関係ない実験結果、無意味な実験結果も科学では認められない

「ヒ素含有量が高い湖で採集した微生物のDNAはリンの代わりにヒ素を使っている」という主張の 証拠として、DNA抽出物のヒ素含有量のみを提出してきてもそれでは不十分です。きちんとDNA分子にヒ素が共有結合していることを証明する実験をしなければなりません。

そのDNA分子は不安定で単離できないとかいう反論をしてきたらそこで科学的には死にます。検証できないのは科学ではなく、そこをなんとかする新たな方法論なりを開発する義務は説を主張する側にあります。

今回のSTAP細胞問題もそうですが、どうも生物がらみの科学では異分野に比べて捏造など不適切な論文が多い気がします。化学でここまで大きなスキャンダルは聞いたことがないのは、化学では比較的第三者の再現実験が容易であることや、化学の論文で提出を求められる証拠が捏造しにくいという事情があるのかもしれません。

■インターネットが科学のパラダイムシフトを引き起こす?

以前水素化ナトリウムでベンジルアルコールの酸化反応が起こるという、ちょっと本当かいなという論文が権威あるJournal of American Chemical Society誌に掲載されたことがありました。これには世界中で大きな反響があり(?)、こちらのサイトでは実際に再現実験を行うなど多くの投稿があったほどです。

結局この論文は撤回されましたが、どこに問題があったのかは闇の中です。(後日談がありまして、当該論文の著者は再度Tetrahedron誌に同様の論文を投稿しています。結局酸素酸化だったようです。また、別の著者による似たような論文がTetrahedron Lett.誌に掲載されています。)

STAP細胞問題でも論文の内容に関する議論にインターネットが大きな役割りを果たしています。次々に論文の問題点が明らかになって行き、再現実験の不成功に関する投稿が次々になされました。これは過去の伝統的な科学の在り方が大きな変革期を迎えていることを示しているように思えます。

では科学において最も重要視される論文とは一体どんなものでしょうか?一般の方にはさっぱりわからないと思いますし、誤解されていることもたくさんあるようです。長くなってきたので科学論文のお作法については次回にご紹介させていただきたいと思います。

Author: ペリプラノン

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(2014年3月19日「Chem-Station」より転載)