火星の表面に液体の水が流れている証拠の発見。小惑星に着陸して帰還した「はやぶさ」。油井亀美也さんが滞在する国際宇宙ステーション「ISS」......。宇宙開発は私たちの夢とロマンをかき立てる。一方で、巨額の費用がかかるだけでなく、国家の威信や軍事とも関わる分野だけに、これまで立役者は各国の政府系機関や国際組織だった。
その分野で、ここ数年、民間企業の動きが目立ってきた。ビジネスとして「もうけ」のメドがたっているのはまだ一握りにとどまる。だが、それでも「宇宙商戦」の舞台に躍り出ようとする挑戦者たちがいる。米国と日本のベンチャーを中心に、10のビジネスを紹介しよう。
1. お値段は100万円から――格安の人工衛星開発
これまで、大型の人工衛星は開発費が数百億円もかかっていた。だが、ITの進化はこの分野にも「価格破壊」を起こした。
米国シリコンバレーのベンチャー「アクイラ・スペース」。31歳のCEO、クリス・ビディーは「僕らは部品を組み立て、衛星として動くようにする『システムの統合屋』なんです」と説明する。
〈写真:アクイラ・スペースのCEO、クリス・ビディーと組み立て中の衛星〉
どういう意味だろうか。
簡単にいうとは次のようなことだ。従来の大型衛星は専用の部品を使うため、コストも高かった。だが、CPUやセンサーでも、携帯電話や自動車向けに使われている「既製品」なら値段も安い。そういった部品を「流用」して組み合わせることで、コストが格段に低い衛星も作れるようになったというわけだ。10センチ四方の超小型衛星なら100万円台から作れるという。
社員は17人で大半が20代。オフィス兼製作場には、連日、世界各地から視察者が訪れる。取材した記者はビディーにこう言われた。「昨日は君も知っている日本企業の人も来たよ」
超小型衛星の使い道として想定されているのは、宇宙から地表を撮影し、地球を観測する「衛星リモートセンシング」での活用。市場の伸びが期待されている。
2. 衛星の「星座」から農業をアシスト
では「衛星リモートセンシング」はどうビジネスになるのか? 米国のベンチャー「プラネット・ラボ」が狙うのは農業だ。
米国には広大な農地が広がる。農家にとって作物の育ち具合を把握するのは簡単ではない。そこで登場するのが衛星で撮った画像だ。上空から観測すれば農地の様子がリアルに分かる。そうした情報をいかせば、肥料や水の量を調整したり、収穫量の予想をより正確にしたりすることができるようになる。
衛星画像といっても、これまでの大型衛星だと特定の地点を短時間に何度も撮るのは難しく、コストもかさんでしまう。だが、たくさんの衛星が次々にその地点を通り過ぎれば、たくさんの画像をとることができ、1枚当たりの価格も下がる。
そのために追求されているのが、「コンステレーション」(星座)という手法だ。数10~100基程度の超小型衛星をあらかじめ軌道に乗せ、一体的に運用する。プラネット・ラボはすでに約50基を軌道に乗せた。
5年前に3人で出発したプラネット社は、いま社員125人に成長。業界を代表する企業に育っている。
3. ロケット打ち上げも価格破壊
「万全の準備で待ち構えていたのに、残念な結果に終わってしまった。よりによって私の誕生日にね」
今年6月、宇宙ビジネス界の有名人、イーロン・マスク氏(44)はボストンでの講演会でこう残念がった。その前の週に、自身が率いる「スペースX」社のロケット打ち上げが、失敗してしまったからだ。
マスク氏ITは事業で成功後、「火星移住」を目指して02年にスペースX社を設立。わずか6年で、民間資金によるロケット打ち上げに世界で初めて成功した。
ロケットの構造をシンプルにし、民間の部品を使うことで、1回の費用は72億円にまで引き下げた。今年6月こそ失敗したものの、それまでは18回連続成功している。使い捨て機体の再利用も目指しており、実現すればコストはさらに100分の1以下になる可能性があるという。「宇宙へ向かうコストを下げ続けられれば、火星に街ができてもいいはずだ」。描く夢は雄大だ。
4. 宇宙のゴミをかたづける――新手法でビジネス化めざす元大蔵官僚
地球の周りは放置された衛星やロケットの破片などの「スペース・デブリ」(宇宙のゴミ)で満ちている。猛スピードで軌道を回り、ぶつかればすさまじい破壊力だ。映画「ゼロ・グラビティ」を見た人なら、その怖さをご存じだろう。
「デブリが切実な問題だという分析は山ほどあるが、現実的な解決策はない。起業するならこれだと思った」と話すのはアストロスケール社を設立した岡田光信氏(42)だ。元は大蔵官僚だったが、民間ビジネスの躍動感にひかれ、6年前にIT企業を起こした経歴を持つ。
デブリ掃除の新手法は論文を読みあさって着想した。「マザー」と呼ぶ母艦がデブリに近づき、「ボーイ」と呼ぶ子機を発射。ボーイの前面には接着剤がついており、それでデブリにくっつき、もろともに大気圏に落とす。いわば「抱きつき心中」方式だ。
〈写真:母艦「マザー」から発射される「ボーイ」〉
17年には軌道上での実証実験を始める予定にしている。
5. ホリエモンは「1億円の小型ロケットを」
日本で宇宙を目指す起業家といえば、ホリエモンこと堀江貴文氏もその一人だ。北海道大樹町に設立したインターステラテクノロジズでロケット開発を進める。
狙っているのは「1億円ぐらいで好きな周回軌道に打ち上げられる小型ロケット」。超小型衛星を作っている人たちに需要があると見るからだ。
いずれは有人ロケットを作って、誰でも宇宙にいけるようにしたい、とも。「投資してもらうために、儲かる枠組みをつくる。それが僕の役割です」
6. ステーションまで1席7630万ドルに値上がり。NASAがロシアに支払う
国が宇宙開発をビジネスに活用にしているのがロシアだ。
油井さんも乗ったソユーズ宇宙船は定員が3人。任務のある宇宙飛行士が2人しか乗らない場合もあり、「空気を運ぶぐらいなら、人を乗せて稼ごう」とばかりに、空いた座席を外貨稼ぎに使う「宇宙旅行ビジネス」が実行されている。
米国の宇宙旅行会社と組み、2001年にアメリカの実業家を2000万ドルで運んだのをはじめ、計7人の民間人が宇宙旅行を楽しんだ。英国の歌手サラ・ブライトマンは5200万ドルで契約している(実現は延期)。
2011年にスペースシャトルが引退したため、人を運べる宇宙船はソユーズだけになっている。その後、国際宇宙ステーション(ISS)に宇宙飛行士を送るときには、米国のNASAでさえ、ロシア宇宙庁にお金を払っているのが現状だ。ISSに向かう宇宙飛行士の搭乗費用は14年の契約で7630万ドル。3年前から2割以上値上がりした。
7. 1200万円で宇宙旅行?
ソユーズのような本格的な宇宙旅行までは行かなくても、せめて「無重力を体験してみたい」という夢を持つ人は少なくないだろう。そこに注目した民間企業による「宇宙旅行」もビジネスになろうとしている。
例えば米国の「エックスコア・エアロスペース社」。記者が米西部・モハベ砂漠の中にあるこの会社の建物を訪ねると、スペースシャトルに似た全長8.5メートルの宇宙船「リンクス」の姿があった。
まだ作りかけだが、操縦士と乗客の2人乗り。4基の一体型ロケットを使い、最高マッハ2.9のスピードで高度103キロの宇宙空間に達する。そこで6分間、無重力状態を楽しみ、40分かけて地上に戻る「宇宙弾道旅行」だ。
お値段は1人10万ドル(約1200万円)と安くはない。それでもすでに300人以上が申込金を払っているという。創業者のジェフ・グリーソン氏は「宇宙への輸送はもうかると示すことが我々の使命だ」と記者に語った。
〈写真:組み立てが進むエックス・コア社の宇宙船「リンクス」。右下は完成予想の模型〉
民間企業による宇宙旅行は現在、5社以上が参入。ただ、やはり心配なのは事故の危険性だ。昨年10月英国のヴァージン・ギャラクティック社の宇宙船が試験飛行中に墜落して、乗員2人が死傷。「宇宙旅行の実現は数年遠のいた」と見る専門家もいる。
8. 身近になる「宇宙葬」
地上の生を終えたら宇宙の星に――とまでは行かないが、遺灰を宇宙に打ち上げる「宇宙葬」は実は身近になってきている。米国企業「セレスティス」社は、1997年以来、希望者の遺灰を金属カプセルに詰め、人工衛星に詰め込んで地球を回る軌道に乗せている。これまでに4回成功し日本人4人を含む692人を宇宙に埋葬した。お値段は遺灰1グラムで約60万円という。年内に予定されている次の打ち上げでは168人の定員が埋まりつつあるという。
2013年設立の米「エリジウムスペース」社も安値を売りに新規参入。年内に初打ち上げを予定しているという。
ちなみに打ち上げた人工衛星は、いずれは大気圏に突入し、燃え尽きるという。
9. 巨額のリスクをカバーする「宇宙保険」
ロケットの打ち上げに失敗すれば民間企業にとっては大きな痛手になる。それをカバーするのが「宇宙保険」だ。この分野の日本の最大手、東京海上日動火災保険によると、世界の宇宙保険市場は約7億ドル(約84億円)という。
90年代後半~00年代前半は、打ち上げ失敗や衛星の故障が相次ぎ、保険会社にとっても「暗黒時代」だったが、05年以降は、「比較的もうかった」という。
宇宙ビジネスが盛んになるとともに、新技術をもった民間企業が次々参入する時代。宇宙のリスクの見極めはさらに難しくなりそうだ。
10. ゼネコンも参入する宇宙エレベーター。「2050年に完成」?
宇宙と地上を長さ10万キロのケーブルで結び、人や物を安く安全に運ぶ「宇宙エレベーター」。大手ゼネコンの大林組が3年前、2050年に完成を目指すという構想を発表した。
高度3万6000キロメートルの軌道上からケーブルを赤道直下に垂らす(バランスをとるため、宇宙に向けても約6万キロのケーブルを伸ばす)。ケーブルを伝って時速200キロの昇降機で地球と宇宙を往復しようというアイデアだ。
想定する建設費は約10兆円。採算がとれるのか? 航空工学の博士号を持つ大林組の石川洋二氏は「完成すれば圧倒的な安さであらゆる宇宙ビジネスを独占することができる」と話す。
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以上、10の宇宙ビジネスを紹介した。もちろん、宇宙開発では、国や国際組織でないと取り組めない領域も依然大きい。軍事技術との兼ね合いで、民間を遠ざけている分野も存在する。その中で宇宙ビジネスはどこまで可能性を持っているのか。また「コスト」の意識は宇宙開発にどう影響しているのか。「はやぶさ」開発者の川口淳一郎さんのインタビューを含め、詳しくはGLOBEの特集「宇宙商戦」をお読み下さい。