南シナ海ほぼ全域の領有権を主張する中国の九段線は「国際法に違反する」として、フィリピンが仲裁を求めていた裁判で、オランダ・ハーグの常設仲裁裁判所は12日、「中国が主張する歴史的権利に法的な根拠はない」と、フィリピン側の主張をおおむね認める判断を示した。これにより中国の領有権主張は国際的にますます認知されなくなるが、今後も力の支配を続けることは確実だ。焦点は中国がフィリピンに近いスカボロー礁の埋め立てを始めるか、フィリピンと米国の新政権がどう対応するかに移る。
そもそも中国はこの裁判への参加を拒否し、答弁書も出さなかった。「どんな判決でも受け入れない」と予防線も張っていたこともあり、フィリピンの「勝訴」は予想されていた。
中国が唱える「古代から中国の領土」「疑う余地のない主権」という主張は、スローガンに過ぎず、大した裏付けがあるわけでもない。にもかかわらず南シナ海に九段線なる点線を引いて8割以上を自分のものだ、と強弁する。地図を見れば明らかにフィリピンやベトナムの方が距離的にも近く、無理筋の主張ということは当の中国自身も意識していたのではないか。勝ち目が薄いことを意識すればこそ、裁判所への答弁書の提出を拒んだのだろう。
一方、提訴後の3年間に、中国は7つの岩礁を急速な勢いで埋め立てた。不利な判決が出る前に既成事実を積み上げてきたということだろう。
中国は2002年、東南アジア諸国連合(ASEAN)との間で南シナ海における「紛争の平和的解決」「事態を激化させる行動の自制」を誓う「行動宣言」に署名した。最近の埋め立ては、宣言違反といえるが、中国は気にするそぶりもみせない。
「航行の自由は認める」というのが中国の公式見解だが、これも嘘だ。私は新聞記者時代の2014年8月にフィリピン・パラワン島から漁船をチャーターして南シナ海のスプラトリー(南沙)諸島に向かったが、中国海警の大型船に途中で見つかり、追いかけまわされた。浅瀬に逃げ込むことができなかければ、沈めらていた恐れが強い。フィリピンやベトナムの漁船は南シナ海のあちこちで、こうしたいやがらせを受けている。
もともと国際的取り決めや国際法を順守する意思のない中国である。今回の判決によって従来の態度を変えることはありえない。直前まで南シナ海で大規模演習をしており、示威活動をエスカレートさせることもありうる。
支配強化の次の一手は、スカボロー礁の埋め立てか、南シナ海上空の防空識別圏設定ではないかと私は推測する。
スカボロー礁はフィリピン・ルソン島の西約220㌔にあり、もともとフィリピンが排他的経済水域内として実効支配していたが、2012年、中国の監視船が自国漁民の保護を名目に奪い取った。この事件が提訴のきっかけとなった。
スカボロー礁は南シナ海で中沙に位置する。中国はすでに西沙(パラセル)諸島の永興島(ウッディー島)を要塞化し、南沙で7つの岩礁を埋め立てている。スカボロー礁を埋め立てれば、南シナ海を面として抑え、中国の内湖化することが可能になる。
中国がスカボロー礁の埋め立てに乗り出すかどうかは、米国の出方次第だろう。南沙で7か所もの大規模埋め立てを短期間に済ますことができたのは、オバマ政権のぬるい対中政策の結果でもあった。昨年9月の米中首脳会談で、習近平主席が南シナ海問題で一切の妥協を拒んだときに初めて、ことの重大さに気づいたオバマ政権はイージス艦をおっとり刀で派遣して「航行の自由作戦」を試みたが、Too late Too littleの観はぬぐえない。
共和党候補のドナルド・トランプ氏が当選すれば、中国は埋め立てを始めると私はみる。民主党のクリントン氏なら出方を探るだろう。
先月末に就任したフィリピンの大統領ロドリゴ・ドゥテルテ氏の対応も今後のカギを握る。提訴を決めたアキノ大統領と同様、自国主権に関しては筋を通すのか、経済支援を見越して中国との宥和を選択するのか。
ドゥテルテ氏は「判決がフィリピンに有利なものであっても中国とは対話する」と話しており、一方の中国も経済協力をてこにアプローチを強めている。国民に広がる対中ナショナリズムと経済的利得の間でどういった判断をするか、本人も決めかねている節があり、予断を許さない。
安倍政権はフィリピンに巡視艇を供与、自衛隊機を貸与するなどアキノ政権に大きく肩入れしてきた。その巡視艇は紛争の海の最前線に出ていくことだろう。それが沈められることがあれば、日本はどう対応するのか? 米軍の動きを含めて注視する必要がありそうだ。