TBS報道への疑問:中南米は「混迷」しているか?

特集で取りあげた事象の中には、どうみても混迷と結論づけるには相応しくないものもあった。
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4月24日放送のTBS「サンデーモーニング」は、「風をよむ」のコーナーで、珍しく中南米を取りあげた。「ラテンアメリカの混迷」と題し、最近の同地域の事象を例に、その「混迷ぶり」を特集したのであるが、むしろ日本メディアの中南米報道のあり方自体が「混迷」していることを、図らずも露呈したように思われる。

それは、中南米地域が日本の報道過疎の状態に置かれ、日々の掘り下げた報道や分析もなされないまま、突如ニュースがかたまって出てくると理解不能状態に陥り、すべてを「混迷」と一面的に括ってしまうような報道のあり方である。はたして本当に中南米は「混迷」しているのか。

ブラジル株式市場は活況

そもそも特集で取りあげた事象の中には、どうみても混迷と結論づけるには相応しくないものもあった。

4月19日、90歳になるフィデル・カストロがキューバ共産党大会で行った演説は、自らの死が迫っていることを率直に述べ、革命世代が政治舞台から姿を消すことを明言した記念碑的な演説だった。そしてそれは、アメリカとの国交回復に伴い資本主義経済に呑み込まれることへの危機感の下で、自身の死後もキューバが社会主義の理念を失わないようにと、革命後の世代に託する遺言に等しいものだった。

8月のリオデジャネイロ五輪開幕を間近に控えたブラジルで行われている、ルセフ大統領の議会での弾劾審議は、日本人には政治的混迷と映る最たるものだろう。会計操作の疑いでの大統領弾劾の決議が17日に下院で可決され、上院に審議の場を移すことになり、五論開催時にルセフ大統領が大統領として臨めない可能性が高まった。

これは、五輪に寄せる国民的な思い入れが薄く、最高の国際イベントを前に政治休戦をするという文化のない国で、与党を中心とする大規模汚職の露見と、不況に見舞われた国民の不満を背景に起きている政治闘争である。

政権側は「議会のクーデター」と非難するが、ルーラ前大統領を官房長官に据えたことが疑惑隠しと受け取られ逆効果となった。とはいえこうした政治闘争は、少なくとも民主体制のもとで手続きを踏んで行われているということを理解しなくてはならない。

ブラジルの株式市場もルセフ大統領の弾劾を織り込む形で上昇している。弾劾をめぐり対立が国内を二分する形で進んでいるため、ルセフ労働党政権の後に安定した政権が誕生し、税制・雇用・物流コストが物価高に結びつく「ブラジル・コスト」の改善など長年の課題に取り組むことができるかは定かではないが、政権交代によって左派政権の経済運営が変更されるのを期待してのことだ。 

「反フジモリ」が問われるペルー大統領選

次に番組で取りあげられたのは10日に行なわれたペルーの大統領選挙だ。この「中南米の部屋」で事前に筆者が予想したように、日系3世のケイコ・フジモリ候補が首位で折り返し、6月5日の決選投票に臨むことになった(3月25日「ペルー大統領選:『フジモリの娘』に立ちはだかる『反フジモリ感情』の壁」参照)。

得票率約40%と第2位のクチンスキ―元首相(21%)に対して圧倒的優位の支持を取り付けた。投票を前に急速に頭角を現した左派のベロニカ・メンドサ候補は18.78%と決選投票には食い込めなかった。中道右派同士の決戦となり、市場経済を軸とした経済政策は主たる争点とはならない。

決選投票では父親のフジモリ元大統領に対する評価がマイナスに働く中、固い反フジモリ感情の壁をケイコ氏が崩せるかが焦点で、5年前の選挙と同様に接戦が予想される。現地報道では、最新の世論調査(DATUM)でも、クチンスキ―氏が辛うじて1%の差で有利ともみられている。どちらが勝ってもおかしくない情勢だ。

だが、有力候補者の立候補取り下げで後味の悪さを残した選挙過程に加え、ほぼダブルスコアの大差をつけて勝利したケイコ候補が決選投票で敗れるようだと、選挙結果への信頼感に影響を及ぼすことも考えられる。

またケイコ候補の「人民勢力」党は同時に行われた議会選挙で、一院制議会130議席のうち71議席と過半数を占めている。クチンスキ―政権が誕生した場合には少数与党(20議席)となるわけで、政権運営に大きな課題を残すことになる。2000年以降のポスト・フジモリ期において、政権与党はいずれも過半数を獲得することができず、政党間の暗黙の合意の中で政権運営がなされてきただけに、「人民勢力」党の過半数確保は、政治システムに新たな不確定要素が加わったことを意味する。

「エクアドル地震」と「ベネズエラ経済」

次に番組で取りあげられたのは、16日にエクアドルの北部海岸部を襲った大地震である。熊本地震とほぼ同時に地球の裏側で発生したマグニチュード7.8の地震で、24日現在で犠牲者数は654人に上る。海岸部はエクアドル経済の中心地であるだけに、バナナ産業やエビ養殖業に大きな影響が出ることが予想される。石油価格の下落で経済運営に課題を抱えたコレア政権をさらに苦境に立たせたことは確かである。反米政権として発足した政権は、震源地近くのマンタ空軍基地から米軍を追放したつけを復興において払わざるをえないだろう。

ベネズエラの経済の破綻は、終息が見えないだけに、たしかに混迷の度を深めている。番組で触れられていたように、電力供給が追いつかないため、金曜日を休業とするとの政府の決定は、その深刻さを物語るものだ。昨年末の議会選挙で、反対派が絶対多数を議会で獲得したものの、反対派との合意による国内対立の収拾と経済再建の動きはまったく見られない。

石油価格の下落により今年度マイナス10%に及ぶと予想される経済低下、3桁のインフレの高進、差し迫ったデフォルトの危機と、破局的な局面が確実に近づいている。産油国の減産合意の取り付けに必死で奔走しているが、体制の存続を救うウルトラCはないであろう。  

「パナマ文書」でパナマは危機に陥るか?

そして番組の最後に、いわゆる「パナマ文書」である。これは租税回避地として知られたパナマやカリブ地域で、パナマの法律事務所から関連文書が漏えいしたものだが、「パナマの混迷」とは程遠いものと言わざるを得ない。この問題が、パナマ運河拡張工事で年間6%の成長を遂げるパナマ経済に甚大な影響を及ぼし、国際金融拠点としての将来を危うくするとはとても思えない。

番組の出演者からは、ビデオで出演した専門家の発言をなぞる形で、歴史的に資源開発に依存した産業構造の問題点が指摘された。それはそれで最近の経済低迷の背景を説明するにはもっともな点であり、人材育成や技術開発でのイノベーションが重要であることは、「中所得国の罠」から抜け出すために各国が取り組むべき宿年の課題である。

だが、多くの発言が超富裕層の節税という先進国の視点に立った「パナマ文書」に集中するものであった。岸井成格毎日新聞特別編集委員が最近来日したウルグアイのムヒカ前大統領(「最も貧乏な大統領」)と、米キューバ正常化交渉に果たしたフランシスコ・ローマ法王に言及し、将来への希望を託するとのコメントを出して若干バランスがとれた形だが、番組としては極めて一面的で、ラテンアメリカの情勢理解をミスリードする内容となった。 

目に付いた事象をただ並べても......

北米自由貿易協定(NAFTA)の中でメキシコは、自動車産業を中心にバリューチェーンを築き、資源開発に依存した産業構造を脱している。そのメキシコとともに、堅実なマクロ経済運営の下でグローバル経済との統合を進めるペルー、コロンビア、チリの4カ国が「太平洋同盟」を結成して市場統合を進め、3~4%の堅調な経済実績を誇っている。

対照的に混迷を深めつつあるのは、グローバル化に背を向け保護主義の下でばら撒き政策を行なってきたベネズエラやエクアドルなど反米左派政権であって、昨年末のアルゼンチンの政権交代はそこから脱出を図る強い兆しと見ることができる。先に見た通り、ブラジルの大統領弾劾もそうした方向性が見て取れる動きでもある。だが、今回の番組を見てもそうした現実は全く伝わらない。

アルゼンチンのマクリ大統領の名前が「パナマ文書」にも出るなど課題が無いわけではないが、政権就任後、矢継ぎ早に経済政策を転換し、2月には米ファンドとの間でデフォルト問題の解決に合意し、4月19日には、2001年のデフォルト以降15年ぶりに初の起債(165億ドル)を米市場で実現するなど、アルゼンチンは国際金融界への復帰を実現したばかりである。

破綻国家が続出する中東の混迷ぶりと比べて中南米の安定度はまったく比較にならない。中南米地域は1人当たりの所得が1万ドルと新興国でも高位に位置し、民主的制度が政権交代の基本となっている安定した地域である。この点を踏まえた情勢の分析や報道が求められる。目に付いた事象をただ並べて「混迷」と一括りにしても、得られるものは少ない。

遅野井茂雄

筑波大学大学院教授、人文社会系長。1952年松本市生れ。東京外国語大学卒。筑波大学大学院修士課程修了後、アジア経済研究所入所。ペルー問題研究所客員研究員、在ペルー日本国大使館1等書記官、アジア経済研究所主任調査研究員、南山大学教授を経て、2003年より現職。専門はラテンアメリカ政治・国際関係。主著に『21世紀ラテンアメリカの左派政権:虚像と実像』(編著)。

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(2015年4月29日フォーサイトより転載)