放射線風評被害といかに闘うか:相馬市の学校の試み

風評被害に関して、幾つかの原因が議論されている。不安に影響するのは地元紙の購読であったという。「県は国からの復興予算を獲得するために被害をアピールせざるを得ない」状況で、地元紙は県の発表をそのまま報じることが影響するという。まさに、構造的問題だ。どうやって対抗すればいいだろう。
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福島県相馬市での活動を続けている。年が明けてから、相馬市内の中学校で放射線の授業を行っている。市内の中学校を一つずつまわり、各学年を対象に一限ずつ授業をする。一つの中学で三限の授業をすることになる。

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この授業を始めたきっかけは、立谷秀清・相馬市長からの依頼だ。「相馬市では全小中学生に内部被曝検査と外部被曝検査を実施した。共に問題のないレベルなのに、大勢の子どもたちが不安を抱いている。生徒に直接、説明して欲しい」と言われたからだ。

確かに、立谷市長の言うとおりだ。相馬市では市役所が主導して被曝検査を進めている。内部被曝に関しては、2012年8月から12月にかけて、中学生以下1135人に対して検査を実施したが、1131人が検出感度以下だった。内部被曝が検出された4人も10ベクレル/キロ以下だ。問題ない。その後も、検査を継続し、全生徒に検査を受けるように勧めている。その後のデータは近々に発表されるそうだが、「状況は変わらない(坪倉正治医師)」という。

外部被曝についても同様だ。相馬市は全小中学生に線量計をわたし、外部被曝を評価している。相馬市が目指す基準は年間1.6ミリシーベルトだ。2011年は、中学生以下4010人中、140人が基準値を超えたが、2013年は基準値を超えた子供はいなかった。雨や雪により自然放射線のレベルが低下したこと、および除染が効いたのだろう。内部被曝、外部被曝の何れにおいても、この状況が続けば、健康被害は生じ得ない。

ところが、2013年1月に坪倉正治医師が市内の全中学校で、放射線の講義を行い、その後アンケート調査を行ったところ、全体の4分の1の生徒が相馬市で生活することに不安を感じ、4割の女生徒が「結婚の際、不利益な扱いを受ける」と回答した。これこそ、風評被害と言っていい。

風評被害に関して、幾つかの原因が議論されている。震災後、相馬市で活動した杉本亜美奈氏(東大院・医学系研究科国際保健政策学専攻)の調査によれば、不安に影響するのは地元紙の購読であったという。オピニオン誌『選択』1月号によれば、「県は国からの復興予算を獲得するために被害をアピールせざるを得ない」状況で、地元紙は県の発表をそのまま報じることが影響するという。まさに、構造的問題だ。どうやって対抗すればいいだろう。

相馬市は教育委員会と連携し、学校教育の中に放射線対策を導入している。この結果、悉皆調査が可能となり、被曝状況について確定的な情報を得ることが可能になった。従来の希望者だけの検査で問題となるサンプリングバイアスを、克服しつつある。

ここで問題となるのは、相馬市が入手した情報を、如何に住民に伝えるかである。市役所のホームページや医学論文、あるいはメディアが報じるだけでは、効果は限定的だ。そこで、相馬市が注目したのが学校教育だ。

直接、中学生に授業をしてみて、私もこの方法は有効だと感じだ。中学生は学年毎に成長段階が大いに異なる。学年を分けて、授業を行うのが特に有効だ。また、地域によって事情は全く違う。一般的に、海辺の学校では放射線への関心は低い。関心は、津波被害と荒れ果てた故郷の復活、さらに学校の存続自体にある。ただ、このような学校に、一人でも原発周辺地域からの転校生がいれば空気も変わる。授業内容も変えなければならなくなる。要は、生徒に併せ、我々が柔軟に対応することが重要だ。

チェルノブイリ事故で内部被曝がピークに達したのは、原発事故後10年目である。油断と、特定の食物への蓄積が進んだためだという。放射線対策は長期戦だ。長期戦を戦うには、住民の理解が欠かせない。現地では、そのための方法が模索されている。相馬市の試みは、学校教育が一つの有望な方法であることを示している。私も協力したいと思う。

*本稿は、『医療タイムス』誌での筆者の連載で発表したものを、加筆修正したものです。