社会の様々な問題点や課題を明らかにする報道は、これまでのジャーナリズムでもごく普通に目にしてきた。
だがそれにとどまらず、その問題点や課題の〝解決〟に向けた道筋までを報じていこうという新しい取り組みがある。
「ソリューション・ジャーナリズム」と呼ばれる動きだ。
この動きに中心的に取り組む米国のNPOが、「ソリューション・ジャーナリズム」を実践するための48ページのハンドブックを公開した。
テーマの見つけ方から編集者への売り込み方、取材の仕方や原稿の書き方、さらにソーシャルメディアでのプロモーションの仕方まで、本当に丁寧に説明がしてある。
このハンドブック自体が、ジャーナリズムの〝課題解決〟に向けた「ソリューション・ジャーナリズム」の体裁になっている。
●取り組みの中心人物たち
ハンドブックを出したのは2012年に設立された米NPO「ソリューション・ジャーナリズム・ネットワーク」。
ジャーナリストのデービッド・ボーンステインさん、ティナ・ローゼンバーグさん、コートニー・マーチンさんの3人が共同設立した団体だ。
ボーンステインさんは、『社会起業家になりたいと思ったら読む本 未来に何ができるのか、いまなぜ必要なのか』『世界を変える人たち―社会起業家たちの勇気とアイデアの力』などの著作で知られる、社会起業の専門家だ。
ローゼンバーグさんも『クール革命―貧困・教育・独裁を解決する「ソーシャル・キュア」』の著書などで知られるピュリツァー賞ジャーナリスト。
マーチンさんも、フェミニズム、アクティビズムの活動などで知られる存在だ。
ボーンステインさんとロゼンバーグさんは、ニューヨーク・タイムズのオピニオンページに「フィックス」というコーナーを持ち、「ソリューション・ジャーナリズム」の実践に取り組んでいる。
この動きの、まさに中心人物たちだ。
活動資金はビル&メリンダ・ゲイツ財団、ナイト財団などから得ているようだ。
●「ソリューション・ジャーナリズム」とは何か
では、「ソリューション・ジャーナリズム」とは何か? ハンドブックでは、こう定義している。
社会問題への取り組みについての、綿密で説得力のある報道。
さらに、説明はこう続く。
問題を明らかにすることはもちろん重要だ。だが、問題と併せて、人々がその解決にどう取り組んでいるかを報じれば、インパクトは格段に増すことになる。
そして教育を例に、こう述べる。
例えば教育記者が、貧困層の子どもたちの教育に、公立学校がいかに失敗し続けているかという痛烈な記事を書くとする。私たちは、その記者が、あらゆる生徒たちの教育に成果をあげている学校の例、その学校がどのようにそれを実現しているのか、についても報じれば、よりインパクトを持つことができると信じている。
確かに、社会に不具合がある、問題が起きている、という「指摘型」の記事は一般的に目にする。
さらに専門家のコメントを添えて、「幅広い議論が必要」「解決に向けた取り組みが必要」といったアイディアや方向性を見通すことも多い。
ただ、それではなかなか具体的な変化に結びつかない、というのが「ソリューション・ジャーナリズム」の考え方だ。
具体的な取り組みを取り上げて、それがうまくいっている理由、うまくいっていない理由を吟味する中で、問題解決への手がかりを提供する、という枠組みのようだ。
●「ソリューション・ジャーナリズム」ではないもの
一方でハンドブックでは、「ソリューション・ジャーナリズム」ではないもの、についても線引きをしている。
まずありがちなのが、ジャーナリスト自身が何らかの問題解決策を提示することが「ソリューション・ジャーナリズム」だとの誤解。
そうではなくて、問題解決に取り組む動きを取材することが「ソリューション・ジャーナリズム」なのだという。
さらに、PRや権利擁護団体(アドボカシー)の活動とも違う、と指摘する。
「ソリューション・ジャーナリズム」は特定のモデルや組織、アイディアを擁護することとは明確に別物だ。ソリューションの話題を取材するジャーナリストは、アイディアや手法を探ることと、特定のアジェンダを後押ししたり特定の人々を支持したりすることは、分けて考える。
さらに、「ソリューション・ジャーナリズム」ではないもの、の具体例を列記していく。
「世界を救うために高給をなげうったヒーローの物語」「問題を一気に解決する新たなテクノロジーなどの〝銀の弾〟」「あるNGOの取り組みの紹介だけ」「シンクタンクの提言どまりの〝シンクタンク・ジャーナリズム〟」「実効性はないが、感動はある物語」
なるほど。
●三つのメリット
ハンドブックでは、「ソリューション・ジャーナリズム」を実践することのメリットを3点にまとめている。
1:良質なジャーナリズム
解決への取り組みも含めた、より広い視野で問題をとらえることで、より正確で完成度の高い良質なジャーナリズムになる。
2:読者とのエンゲージメント(つながり)の向上
問題解決へのプロセスを示すことで、より読者の関心を引きつけ、ソーシャルメディアでの共有を促すことにもつながる。
3:インパクトを持つ
単なる両論併記ではなく、問題への様々な具体的アプローチを示すことで、社会的な議論を建設的に前に進めることができる。
●とっかかりと実践
では、「ソリューション・ジャーナリズム」にはどのようにアプローチすればいいのか。
関連する分野の論文、研究者、さらに統計データの分析などが最初のとっかかりになる、とハンドブックは言う。
とりあげる問題が決まれば、その問題解決に実際に取り組んでいる当事者たちを取材する。
各種財団のプログラム担当者の話をきく。
担当の専門分野があれば、その分野の専門家たちの意見を聞く。
そして、成功例と失敗例の対比、失敗例から学べる建設的な教訓、失敗にいたった原因、などを導き出していく。
●着目点と注意点
「ソリューション・ジャーナリズム」はデータジャーナリズムと相性がいいようだ。
データジャーナリズムの講座で、まず最初に教わるのは、「負の外れ値(ネガティブ・アウトライアー)」に着目することだ。
例えば、交通事故死や犯罪発生率に関する地域別の統計データがあれば、突出して事故死や犯罪が多発している地域に着目し、その原因を取材していく。あるいは、ある時から事故死や犯罪が急増していれば、変化の前後で何が起きていたかを探っていく。
おそらくそこには地域が抱える問題とニュースがある。
だが「ソリューション・ジャーナリズム」では、その反対、「正の逸脱値(ポジティブ・デビアント)」に着目するのだという。
マイナスではなく、プラスの方に突出しているケースの洗い出しだ。
「自殺の発生率が最低の街」「過去10年で投票率が最も上昇したのは」「待ち時間が最も短い病院」「十代の喫煙防止に最も成功した地域」「低所得層の患者に対して予防医療に最も成功しているのは」
これらの背後には、問題解決の取り組みがあり、そこにはニュース価値があるはず、との想定だ。
ただ、その裏返しの注意点もある。
ある取り組みによって、問題がすべて解決した、これが解決の決め手、と手放しで報じてしまうことだ。データによる裏打ちを必ず行い、中立的に扱う。
状況は常に変化し、万能の解決策などない、とわきまえる。対立する意見も併せて紹介する。
さらに「誰が(WHO)」よりも、「いかにして(HOW)」に焦点をあて、他の事例でも援用可能なポイントを整理する。
●編集者へのアピール、ソーシャルメディアへのアピール
「ソリューション・ジャーナリズム」の企画を、編集者にどう売り込むか?
これも3点に集約している。
1:つまりどういうこと?
その問題は読者の生活にどんなインパクトがあるのか? 背後に横たわる問題は?
2:なぜ今?
そのニュースのポイントは何で、なぜ今報じる必要があるのか?
3:なぜ私?
自分のバックグラウンド、専門性、業績などから、その問題を自分が報じる必然性。
確かに、この3点がきちんとアピールできれば、大概の企画は通るだろう。
そして、記事掲載後のソーシャル施策。
・関連するテーマのハッシュタグを忘れない
・記事で取り上げた関係者のソーシャルアカウント
・ソーシャルでは特に、関連する写真も重要。
・記事中の発言やデータの引用も効果的
●実践例
ハンドブックではさらに、ニューヨーク・タイムズの「交通安全対策をスウェーデンに見習うデブラシオ市長」や、このNPOとシアトル・タイムズが提携して取り組んだプロジェクトの一環である「講義より実習:飛び級学級の新たなアプローチ」など、「ソリューション・ジャーナリズム」の実践例を紹介。
それぞれの記事で、逐条的に、記事の組み立てを解説してくれる。
「ソリューション・ジャーナリズム」だけでなく、記事の書き方そのものの勉強にもなる。
ジャーナリストはもちろん、マーケティングやPRの分野でも参考になるかもしれない。
(2015年1月18日「新聞紙学的」より転載)